金髪不良の苦悩の日々
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田頭達、八田野高校の生徒による襲撃事件が終焉を迎えて数日が経った。
草薙学園に通う襲われた生徒達も怪我がある程度は回復し、学園には再び平和が訪れた。
生徒達の中では襲撃事件の事は既に過去の出来事として処理され始めており、一般の生徒達は日常に戻りつつあった。
しかし、そんな中でも事件が起きていた頃と変わらない生活を送る者もいた。
そう。それは次郎である。彼は以前と同じく、周囲への警戒を怠る事も無く、日常の生活を送っている。
あれ程にまで痛めつけられたのだから、報復の可能性は限りなく低い確率ではあるが、また同じ様な事が起きない保証はどこにも無い。
そして今回の事件に関しては八田野高校が主犯ではあったが、次に問題を起こすのは八坂高校の可能性もあれば、身内である草薙学園の生徒ご起こす事も十分にあり得る。
だからこそ、学校生活においても常に気を張っておく必要があるのだ。
しかし―――
「はぁ…………」
重々しく、長々と、そして深々とした溜め息を次郎は徐に吐き出した。彼の心は酷く疲弊しており、その顔には疲労の色が濃く出ていた。
次郎が今いるのは草薙学園の校舎屋上。昼休みの時間となり、ある理由で教室に居辛くなった彼は一人でここに訪れていた。
この場所は生徒達の憩いの場として活用されているという訳では無く、ポツンと佇む給水塔と殺風景に広がるコンクリートジャングル、転落防止用の金網で出来たフェンスしか存在しない寂れた場所である。
ほとんどの生徒は教室や中庭で昼休みを過ごすか、もしくは学食へ赴いて食事を取る為、わざわざ屋上まで足を運んで昼食を摂ろうとする者はあまりいない。
その為、屋上には次郎以外の人の姿は無く、彼の耳に届くのは微かに聞こえてくるグラウンドで遊んでいる男子学生の声だけであった。
そして普段は誰も寄り付かないこの場所で、彼は一人黄昏れている。
「はぁ……」
もう一度、次郎は溜め息を吐いた。
その表情は酷く憂鬱としており、普段の彼を知る者からすれば異常とも言える状態だろう。
しかし、それも仕方の無い事であった。何故なら、今の次郎には悩みの種があったからだ。
それはクラスメイトである四条雪乃に関する事だ。彼が現行で抱えている問題のその全てが彼女を起因としていると言っても過言ではない。
まず最初に挙げられる問題は、雪乃が次郎に対して好意を寄せている事について。
先日に彼女から告白をされた事で、判明をしたこの問題についてはもうどうしようもない事なので、次郎が出来る事といえば現状維持で放置するしかない。
しかし、次郎としてはそれが何よりも辛い事であり、これからも苦手とする雪乃の好意を受け続けなければならないという事実に、頭を悩ませているのだった。
そして、もう一つの大きな問題が次郎を追い詰めている。
その問題が何かと言えば、それは雪乃からのアプローチの数々。そして過激さだ。
雪乃から告白をされて以降、今まであまり関わりの無かった彼女との距離感は一気に縮まった。その急激さ具合と来たら、まるで衝突事故と言わんばかりに凄まじいものであった。
例えば、雪乃は授業中に暇を持て余すと次郎に対して意味もなく手を振ったり、頬杖をつきながらチラリと次郎の方を見つめたり、たまに目が合うとニッコリと微笑みかけたりと、明らかにアピールをしてくる。
(うっぜぇ……)
しかも彼女の巧みな所は、決して周りには気付かれないタイミングで、次郎にだけ分かるように行動している事だった。
その度に次郎は気づかないフリをしてやり過ごすのだが、彼女の行為が止まる事は無い。寧ろエスカレートしている気さえする。
だが、これでもまだ序の口だというもの。雪乃の真骨頂というものは、ここからなのだ。
▲▲▲▲▲▲
「あら、次郎さん。奇遇ですね」
朝の登校時。次郎が校門を抜けようとしたタイミングで、何故かそれに合わせて雪乃が颯爽と現れて声を掛けてくる。
「あっ、ごめんなさいね。もう少しでぶつかるところでしたわ」
授業の合間にある休み時間にて。次郎が教室を出てどこかに行こうものなら、高確率で雪乃に遭遇する。時には待ち伏せをされる事もある。
「次郎さん、今日はお弁当もパンも買っていませんでしたよね。よろしかったら、私のお弁当を一緒に―――あっ、逃げてしまいました……」
昼休み。十割の確率で次郎を生徒会室へ連れ込み、二人で昼食を取ろうと誘ってくる。その度に次郎は用事があると告げ、もしくは黙って逃げる。
しかも、何故か次郎が弁当を持っていない事や、登校中にコンビニで買ってきている等の情報まで掴んでいる。どこで知ったのか不思議でならない。
「……」
放課後。次郎は自分の下駄箱に入っていたチラシを見て絶句をする。それは何と生徒会への勧誘チラシである。
『生徒会役員募集のお知らせ』とデカデカと書かれたそれには、生徒会活動の内容と恐らく雪乃の手書きによる『あなたも生徒会に入りませんか?』という文言が書かれていた。
次郎はチラシを一瞥すると、それを丁寧に折り畳んでいき紙飛行機にして飛ばした。その紙飛行機はふわりと飛んでいくと、そのままゴミ箱の中へと入っていった。
▲▲▲▲▲▲
こんな感じで次郎が嫌な予感を覚える程に、雪乃からのアプローチは過激さを増していった。題するなら『無限アプローチ編』とでも名付けようか。
最初は偶然だと思おうとしたものの、こう何度も続くとなると流石に偶然だと思えるはずも無く、確信的に行われている行動であり、最早ストーカーレベルと言って良いだろう。
「……」
しかし、次郎がいくら考えても対策や答えが出る筈は無く、また出たとしても対処出来る訳でもない。
思い切って完全に相手をしない様にしても、彼女は次郎の視界や意識の中に入り込んでくる。どうしようもないのだ。
ただ、次郎には一つだけ気になっている事があった。
雪乃は次郎の事を好きだと言った。では、雪乃が次郎の事を好きになったのはいつなのか。
そもそも次郎と雪乃はそこまで接点が無かったというのに、彼女はあれ程までに好意を向けてきている。
その好意の根幹部分が何なのか。そして切っ掛けは何だったのか。次郎にはそれが分からなかった。
「……考えていても仕方ねぇか」
結局のところ、考えた所で分からないものは分からない。ならば、今は考えるのを止めてしまおう。そう結論付けた次郎は、一旦その思考を隅に置いておく事にした。
そして悩みの種はもう一つある。それは以前から頻繁に何者かからの視線を感じる事だ。
次郎が歩いていればどこからともなく視線を感じ、誰かと話せば遠くから視線が送られている様な感覚がある。しかし、振り返っても視線の主の姿は無く、気配も消えてしまっている。
「気のせい、だよな?」
自分の勘違いであって欲しいと思うが、その視線が日に日に強くなっているのを次郎は感じる。まるで、獲物を狙う猛禽類の様な鋭い眼差しを。
「誰かが俺を狙っている……? まさか、そんな事がある訳無い……無いよな?」
否定したくても、その可能性を完全には拭えない。何故ならそれは、雪乃という存在を目の当たりにしているからだ。
しかし、視線の主が雪乃では無い事は次郎には分かっている。その確証はあった。その根拠とは、視線の質がまるで違うというものである。
今も尚、感じるその視線には感情があまり込められていなかった。無機質的であって事務的にも感じられる視線。
しかし、雪乃の視線には確かな想い、彼女からの愛情が込められている。その差は一目瞭然であった。
だから、次郎はその視線が雪乃のものでは無いと確信していた。
「何にせよ、警戒はしてないとだな……はぁ、こうも気苦労が絶えないのは勘弁して欲しいぜ。せめて、平穏に過ごさせてくれ……」
次郎は嘆きながらそう呟くと、大きく溜息を吐いてがっくりと肩を落とすのであった。
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