二章
プロローグ
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夜も更けに更けた頃。とある邸宅内にて―――
「お疲れ様です、お嬢様。本日もお勤めご苦労様でございます」
スーツ姿の人物が相対する相手にそう告げると、恭しく頭を下げる。その先にはソファーに腰掛ける四条雪乃の姿があった。
ここは雪乃の実家、四条家の邸宅内にある一室。そして彼女の自室でもある。広々とした室内は一般家庭の家族であれば十分に生活が出来る程のスペースがある。
そして内装は大企業のご令嬢に相応しいと思える調度品で整えられている。壁には高そうな絵画がかけられており、床には高級感のある絨毯が敷かれている。
天井には煌びやかなシャンデリアが吊り下げられており、部屋の中を照らしていた。部屋の中には天蓋付きのベッドがあり、その横にはドレッサーが置かれている。
その他にも様々な家具が置いてあるが、どれもこれも一級品の物ばかりだ。その全てが高価な代物である。
そんな豪華な部屋の中で、雪乃は堂々と主として君臨をする。ゆったりと寛ぐその姿はそれだけで彼女の威容を感じさせる。
「僭越ながら、紅茶を御用意させて頂きました。どうぞ、こちらをお飲みくださいませ」
「ありがとう、相良。では、頂きますわ」
雪乃はスーツ姿の相手―――彼女の秘書である
相良は凹凸の少ないスラっとした体型をしており、スーツ姿がとても良く似合う人物である。雪乃程では無いが、相良も整った顔立ちをしており、それは美人に該当をする。そして青み掛かった艶やかで長い黒髪を後ろで束ねたポニーテールが特徴的であった。
「お味の方は如何でしょうか?」
「美味しいですわよ。相変わらず良い腕をしておりますのね。流石ですわ」
雪乃の賛辞に相良は笑顔で応える。
「勿体無いお言葉です。これを淹れたメイドの
「ふふっ、大袈裟ですわね。……けど、偶には貴方が淹れた紅茶も飲んでみたいものですわね。一度、やってみてはいかがかしら?」
「お言葉ですが、面倒臭いですので断固拒否します。ですが、どうしてもと仰るのであればティーパックのもので用意をするか、それか三行半を突き付けますがそれでもよろしいですか?」
「あら、残念。振られてしまいましたわね」
相良の言葉に雪乃はクスリと笑う。
「申し訳ありません。私は職務外の事は絶対にやりたくない主義ですので」
「別に構いませんわ。貴方のそういうところ、嫌いではありませんもの」
「ありがとうございます」
雪乃が微笑みながら言うと、相良もまた笑みを浮かべ感謝の言葉を口にした。それを見届けると雪乃は再びカップにへと口をつけた。
「それで相良。今日の報告を聞かせなさい」
「はい、承知しました。まずは――」
相良はタブレット端末を取り出して操作を行うと、画面をスクロールさせていく。
「例の事件についての経過報告からさせて頂きます。八田野高校の不良生徒による襲撃事件に関してですが、現在はお嬢様やその他諸々のご活躍により沈静化しています。首謀者の男も今回の一件でPTSDを発症したのか、事件後は嘘の様に大人しくなったとの事。また、彼の仲間達も同様に静観している模様。恐らく、彼らはもう二度と悪さをする事は無いかと思われます」
「そうですか。でも、相良。安心するのはまだ早いですわよ。時間が経ち、恐怖が薄れた時こそ、人はまた過ちを犯すというもの。だから、今後も引き続き警戒を怠らない様に」
「はい、心得ています。ですが、それに関しては問題ないかと。既に対策は打ってありますので」
「それは頼もしいわ。流石は相良ですね」
「恐れ入ります」
雪乃に褒められて相良は頭を深く下げる。
「では次に、お嬢様の部下―――護衛の者から苦情の声が上がっています」
「あら、苦情とは由々しき事態ですわね。一体、どういう事なのかしら?」
雪乃は眉根を寄せて疑問を呈すと、相良は淡々と説明を始めた。
「曰く、やれ休みが少ない。やれ給料が渋い。やれ休日出勤をさせられる。等々、不満を口にし、また周りに愚痴を零す始末。これにより、仕事の能率がやや下がり気味になっています」
「そうでしたの……。それで、その報告者の名前は?」
「はい。匿名希望の洞島祐一からの報告でございます」
「なるほど。分かりました。彼に対しての処罰はまた改めて考えましょう。それと、今後は私の方からも注意をしておかないといけませんね」
「お嬢様のお手を煩わせてしまって大変恐縮なのですが、どうかお願い致します。後、ついでに洞島の処分も検討しておいてください。あの男は私にとって鬱陶しい存在でしかありませんので」
相良が嫌悪感を露にして言うと、雪乃は苦笑いを浮かべる。
「えぇ、分かっております。貴方の気持ちは良く理解しておりますよ。ですが、彼は問題はありますがとても優秀な人材です。出来れば失いたくはないというのが本音です。まぁ、それもこれも全ては彼の態度次第という事で」
「承知致しました。お嬢様の慈悲深さには、この相良、感服するばかりでございます」
雪乃のそうした判断に、相良は深々と頭を下げる。
「では、これが最後の報告事項になります。これは直接、お目を通したいと思います」
相良はそう告げると、タブレット端末を操作して画面に表示された画像ファイルをタップする。そしてそれを雪乃にへと差し出した。それを受け取った彼女は、少しだけ驚いた表情を見せる。
「これは……」
「はい。これが本日の釣果……いえ失礼。収集結果となります」
相良はニヤリと笑みを浮かべる。タブレット端末に表示されていたのは全て、四条雪乃が愛して止まない存在、山田次郎が映った画像ばかりであった。
朝の登校時に眠気を抑えきれず欠伸をする画像。授業中で退屈そうに頬杖を突いている姿。昼休みに購買で買ったパンを片手に屋上で食事を摂っている様子。放課後に周囲を警戒しながら巡回をする凛々しい光景。
それ以外にも数十枚にも及ぶ、角度的にも盗撮まがいの画像がタブレット端末には保存されており、それを見た雪乃はご満悦な表情を見せた。
「相良、よくやりました。流石の腕ですわね。貴方を雇った甲斐が有りましたわ」
「勿体ないお言葉です。褒賞の為ならこの相良、何でも致しますので」
相良は雪乃に恭しく一礼すると、彼女もまた満足げに微笑んだ。
「あぁ、次郎さん。どの角度から見ても、本当に素敵ですわ。その全てが愛おしくて堪りません。ああ、早く次郎さんに会いたいですわ。明日が待ち遠しいですわね」
雪乃はそう呟くと、タブレット端末を胸に抱きしめながら熱っぽい吐息を漏らす。そんな彼女の様子を相良は特に表情を変えずに眺めていた。
雪乃の次郎に対する想いは、傍から見れば異常なものである。だが、当の本人である雪乃はそれを自覚していない。故に、次郎への愛が重いとも思っていない。ただ純粋に、愛しているから愛している。それだけの話である。
そしてそんな会話をされている事、ましてや隠れて画像を撮られて監視されている事など全く知らない次郎。
その事実を知った時、彼がどの様な反応を示すのか。それは誰にも分からない。
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