エピローグ
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「やぁ、次郎くん。おはようさん。今日はとっても清々しい朝だね」
「お、おう……」
翌日。田頭達との喧嘩の疲れをまだ残したままでいる次郎が教室に入ると、普段以上に他人行儀で話し掛けて来る智也の姿がそこにあった。
彼は何故か異様なまでに不自然な笑みをその顔に浮かべており、その頬は時折ではあるが引きついていた。その光景に次郎は嫌な予感を覚えながらも席に着く。
そしてその数秒後、次郎の予想は的中した。
「で、だ。次郎くん。ちょっと話があるんだけど……付き合って貰えないかな?」
智也はそう言うと教室の出入り口の方に指を指す。そうした提案に次郎は嫌そうな顔をして智也を見た。
「……いや、普通に面倒なんだが」
「まあまあ、良いじゃないか。せっかくの友人の誘いじゃないか」
「いや、だから……」
「異論は認めないぞ。さぁ、早く行こうじゃないか」
「……分かったよ」
智也の言葉に渋々といった様子で次郎は立ち上がる。
智也はそれを確認するとそのまま教室から出て行き、次郎はその後を追うように教室を出て行った。
そして二人が向かったのは校舎と特別棟とを結ぶ渡り廊下。そこは人の気配が殆ど無い場所であり、昼休みであればともかく、朝の時間帯であればまず誰も近寄らない場所である。だからこそ、この場所を選んだのだ。
「で、話って何だよ」
次郎が怪しむ様な声色で訊ねる。
「もしかして、昨日の恨み言か何かか?」
「いや、全然」
智也は短くそう口にすると、窓際まで移動してから振り返り次郎を見る。その口調は普段通りのものに戻っていた。
「じゃあ、何だよ。用件があるなら早くしてくれ。朝のホームルームまでそんなに時間が残されていないんだからよ」
次郎が少しだけ苛立ったような声でそう言うと、智也は大きく息を吸った後に真剣な眼差しで次郎を見据えた。
その瞳には決意の色が浮かんでおり、その雰囲気は今までの智也とは全く異なるものだった。
それを察して、次郎は小さく溜息を吐いてから身構える。どうやら真面目な話をするつもりらしい。
「なぁ、次郎。お前は俺の事、友達だって思ってるよな?」
「……いきなり何を言い出すんだ」
「友達だったら、隠し事なんてしないよな? 俺の質問に答えてくれるよな?」
「お前の質問の意味がまるで分からんが……聞くなら聞くでさっさと言ってくれ。時間が無いんだ」
次郎が鬱陶しいという感情を隠す事も無くそう告げると、智也はその言葉に小さく苦笑いを浮かべてから口を開いた。
「ああ、そうだな……。じゃあ単刀直入に聞こうか」
「おう」
「お前……雪乃ちゃんとはどこまでいったんだ?」
智也がその問い掛けを口にすると、次郎は思いっきり吹き出した。それから咳き込みながら呼吸を整えようとする。
「お、お前……いきなり何を……!」
次郎が苦しげに言葉を吐き出す。
「いやさ、雪乃ちゃんってお前の事が好きらしいからよ。どこまで進展しているのか気になってな。というか、言えよ。この裏切り者」
「は? 裏切り者? 何でそうなる……」
「だって、俺も雪乃ちゃんの事を狙っていたのに……そうしたらいつの間にか横取りされていたんだぜ。これを裏切りと言わずしてなんと言う」
智也は次郎を睨みつけながらそう言った。その表情は怒っているというよりも拗ねている様に見える。
「……あのなぁ。横取りとか言うが、別に俺と四条は何でもないぞ。というか、話が飛躍し過ぎだ。どうしてお前が四条が俺の事を好きだという事を知っているんだよ」
次郎が呆れた様にそう言い放つと、智也は大きな溜め息を吐き出して肩をすくめた。
「お前、昨日の放課後に雪乃ちゃんの誘いを断って俺に押し付けただろ」
「それは、まぁ、確かにそうだが……」
「で、お前が帰った後の事だ。雪乃ちゃん、かなり機嫌が悪くなっててな。しかも頼み事があるとか言ってたのにそれも無かった。生徒会室に移動してから終始無言でな。最悪の空気だったわ」
「お、おう……」
「で、俺は察しちゃったのよ。お前に頼み事っていうのは方便で、本当はお前と一緒にいたいって事をな。という訳で、次郎。雪乃ちゃんとどこまでいったんだ?」
「お前なぁ……」
次郎は額に手を当てて大きくため息を漏らした。
「さっきも言ったが、俺とあいつは……本当に何でもない。ただのクラスメイトの関係。それ以上以下でも無い」
「本当だろうな……」
「あぁ、そうだよ」
「本当に、本当だろうな? 嘘なんか吐いていないよな? こっそり告白されて付き合っていたりとかしないよな?」
「しつこいぞ。本当に何も無いし、嘘も言っていない。何なら、あいつの誘いは断って―――」
「ん?」
「あ」
次郎はしまったと思い、口を閉ざす。しかし、時既に遅かった。智也はその反応を見て、目を細める。
「おい、次郎。今のはどういう意味だ。詳しく聞かせてもらおうじゃないか。場合によっては、覚悟して貰う事になるけどな」
智也はそう口にしながら、ゆっくりと次郎の方へと歩み寄る。その足音を聞いて次郎の背筋には冷たい汗が流れ始めていた。
「い、いや、その、あれだ。ちょっとした言い間違い……」
「誘いを断った? という事は、お前……雪乃ちゃんに告白されたのか!?」
「だから、その、な。色々と事情があってだな……」
「しかも、お前から振りやがっただとぉおお! この大馬鹿野郎が!! っていうか、裏切り者があぁぁぁ!!」
智也は叫びながら次郎に掴みかかる。次郎は慌ててその手を振り払う。
「ちょ、待て。落ち着け。話せば分かる。落ち着いて、その拳を降ろせ。殴っても何も解決はしない。ほら、冷静になれ。な?」
「うるさい。お前は黙れ。死ねぇぇええええ!!!」
智也はそう叫ぶと、次郎の顔目がけて右ストレートを放った。次郎はそれを何とか回避する。
「あぶなっ!? お前、本気で殴り掛かって来たな!?」
「避けるんじゃねえよ! 男らしく殴られろ!」
「ふざけんな。そもそも、お前が変な事を聞くからこんな事になったんだろうが!」
二人は互いに罵声を浴びせ合いながら取っ組み合う。傍から見ると戯れている様にしか見えない光景だが、本人達は至極真面目にやり合っている。
そんな二人の下へ近づいてくる人影があった。
「あら、何をしているんですの?」
その聞き覚えのある声に、二人は動きを止める。そして、恐る恐るという感じでそちらに顔を向けた。そこには不思議そうな表情を浮かべている雪乃の姿がある。
「ゆ、雪乃ちゃん。こ、これはその、な?」
智也は慌てふためきながらそう口を開く。
「な、何でここにいるんだ……」
次郎も驚きを露わにして呟くように問い掛けた。雪乃は首を傾げる。
「何でと言われましても……。お二人がホームルームがもう直ぐ始まるというのに、まだ教室に戻って来られませんから探しに来たのですわ」
「そ、そうなのか……。それは悪い事をしたな」
次郎が申し訳なさそうに謝ると、雪乃は笑顔を見せた。昨日にあった事を思い出すと、次郎は何とも気まずい気持ちになってしまう。
「いえ、気にしなくても大丈夫ですわよ。それで……お二人共どうかなさいましたの? 随分と騒がしかったようですけれど」
「いやー……その、ちょっとじゃれてただけだよ。戯れていただけだよな。な?」
「お、おう」
智也が頭を掻きながら苦笑いをして答える。そして次郎もそれに追随をした。
「あら、そうでしたの。仲が良い事で羨ましいですわ。でも、時と場合を考えてくださいね」
雪乃が微笑ましそうに笑みを見せる。
「あ、ああ。分かった。悪かったよ」
「ごめん、雪乃ちゃん。次からは気を付けるよ」
次郎は冷や汗を流しながらも謝罪の言葉を口にする。智也も同様に頭を下げた。
「ふふ、それでは戻りましょう。遅刻してしまいますわよ」
雪乃はそう言うと踵を返して歩き出した。次郎と智也もそれに続く。
「あっ、そうでした」
不意に雪乃が振り返り、次郎に視線を向ける。
「次郎さん。今日も凛々しくて素敵でカッコいいですわ。今日も一日、よろしくお願い致しますね」
雪乃は満面の笑みを次郎に向ける。それに対して次郎は頬を引きつらせた。
「あ、あぁ……」
次郎はどうにかそれだけを返す。雪乃は満足げに頷くと、再び前を向いて歩いて行く。
「……次郎さん? 今日も素敵だ? おい、一体どういう事なんだ? 説明して貰おうじゃないか」
「……」
智也の質問に次郎は無言を貫いた。
「おい、答えろよ。どういう事だって聞いてんだよ。おい」
「……」
「無視すんなよ、おい!」
智也は次郎の肩を掴むと、前後に揺さぶった。次郎はされるがままになっている。
普段と変わり映えの無い日常。いつも通りの朝の風景。しかし、何かが変わってしまった事を次郎は理解しながらも、今後の苦難を思って嘆息を漏らすのであった。
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最後まで読んで頂きありがとうございました。これにて一章が終了となります。
次からは二章を展開していきますので、もし面白い、また続きを読んでみたいと感じましたら、励みになりますので、
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