金髪不良とクラスメイト


「ん……?」


 次郎が肩を落としたその時、金属製の扉が開く鈍い音が屋上の空間に鳴り響く。


 屋上にある唯一の出入り口とも言える扉の開く音、その音に反応した次郎は顔を上げると、そこには一人の女子生徒が立っていた。


 如何にもギャル風な見た目の彼女は、赤み掛かった茶色の髪をショートに揃えており、身長は一五〇センチほどと小柄である。


 しかし、その顔立ちは同年代の少女達よりも大人びた雰囲気を持っており、可愛いというよりは綺麗といった言葉が似合う容姿をしていた。


 そして威嚇する様に吊り上がった目尻に、左目の下にある泣き黒子が特徴的である。


 彼女は扉を閉めると、次郎の存在に気が付かないまま、つかつかと端にある金網のフェンスまで歩み寄る。


 それからフェンスに対して背中を向けると、そのまま体重を預けて寄り掛かる体勢となった。


「はあーっ」


 そして大きな溜息を吐き出すと、空を見上げてぼんやりとし始めた。


 そうした彼女の行動を次郎が遠目で眺めていると、見上げていた彼女が視線を元に戻した際に、その目が次郎の姿を捉える。


 その瞬間、彼女の眉間に皺が寄った。


「……あんだよ、山田じゃん。っていうか、先客がいたのかよ……」


 そして不機嫌そうな表情を浮かべると、再び溜息を漏らす。すると今度は舌打ちをした。


「で、あんた。こんな所で何してる訳? あたしには関係ないけどさ」


 その声は少しばかり刺々しいものであった。しかし、次郎はそれに臆する事無く口を開く。


「別にいいだろ。俺がどこで何をしてようが俺の勝手だ。お前にとやかく言われる筋合いはねえよ」


「は? 何その言い方。マジムカつくんだけど」


「それはお互い様だろ。全く、一々突っかかってくるんじゃねぇよ」


「うっさい。黙れ、このチンピラ風情が」


「あ? なんだと、こら」


 売り言葉に買い言葉で、二人の雰囲気は剣呑となっていき、喧嘩腰になっていく。


 お互いに睨み合う状況の中、次郎はそうした空気に疲れたのか、一つ溜息を吐いた。


 そして呆れた様子で彼女に話し掛ける。


「止めだ止め。お前と喧嘩―――いや、口論したところで何の得にもならないからな。時間の無駄って奴だ」


「ふん。それはこっちの台詞だっての。大体、そっちが喧嘩吹っ掛けてきたんでしょ。マジでウザいんですけど」


「はいはい、悪かったよ。俺が全面的に悪い。これで良いか?」


「心が籠ってない。誠意が感じられない。はい、やり直し」


「許してください。すみません。反省してます。申し訳ございません。……これで満足か?」


 棒読み口調で淡々と謝罪の言葉を述べる次郎に対し、彼女はつまらなさそうな顔をする。


「全然ダメ。もっと本気で謝りなさいよ。そんな適当に言ったところで、あたしが納得すると思ってるわけ?」


「……じゃあ、何だ。反省と謝罪の意味を込めて、これでも詰めたらいいのか?」


 次郎はそう口にした後、自分の右手小指を彼女の前に突き出した。


 そうした次郎の行動を見た彼女は、目を丸くしてからしばらく黙った後、疲れた様な溜息を吐きだす。


「はぁ……そういう意味じゃないんだけどね。まあいいわ。今回はさっきの謝罪の言葉で特別に許してあげる。感謝なさいよね」


「そいつはどうも」


 次郎はそう言いながら手を下ろすと、彼女との距離を詰めていく。


 そして彼女が寄り掛かっているフェンスに近付くと、彼女の隣に立つのであった。


 それを確認した彼女は、フェンスに預けていた身体を離し、その場にしゃがみ込んだ。


「で、結局のところ、あんたは何をしてたのよ。まさか、ぼーっと黄昏てたとか言わないよね?」


「まぁ、似た様なものだな。最近、ちょっと色々とあってな。偶には一人でのんびりとした時間を過ごそうと思っただけだよ」


「ふーん。てか、偶には一人で……って、別に山田っていつも一人じゃん。友達いないんだしさ」


「うるせえよ。余計なお世話だ。ほっとけ」


「ははは。冗談だってば。……まあ、あたしも似た様なもんだから、他人の事は言えないけどさ」


 彼女はそう口にすると、寂しげに笑みを浮かべた。


 その表情を見た次郎は一瞬、何かを言おうとして口を開こうとする。


 しかし、何も言う事は無く、代わりに溜息を吐きだして頭を掻くのであった。


 次郎と彼女。互いにそれぞれの事情を察している。というよりも、実を言うと二人はクラスメイトである為、互いの事をそれなりに知っている間柄であった。


 そして二人共、自分を取り巻く環境があまり良くない事も理解していた。


 だからこそ、こうして人気のない場所で時間を潰す事が多々あるのだ。


「……そういえば、峰岸。一ついいか?」


「うん? 何よ、急に改まって」


「俺の事をチンピラ呼ばわりするのだけは止めてくれ。一応、これでも信念を持って不良やっているんだから、その辺の奴らと一緒くたにされるのは我慢ならねえよ」


 その次郎の言葉を聞き、彼女―――峰岸智絵みねぎしともえは破顔する。そして、楽しげに笑うのだった。


「ぷっ。ははは。なに、その言い方。超ウケるんですけど」


「……おい。人が真面目に言ってるのに、馬鹿にしてるのか」


「違う違う。ただ、あんたが面白くてさ。つい、笑っちゃったのよ」


「はぁ……。もういいよ。勝手に笑ってろ」


 次郎は肩を落とし、溜息を吐き出すと、呆れた様に首を横に振る。


 智絵はその様子を眺めながら、また笑い声を上げるのであった。

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