金髪お嬢様は金髪不良を逃がさない


 しかし、雪乃はそれを許さない。彼女は次郎に詰め寄ると、彼の腕に抱き着いて上目遣いで見つめてきた。その行動に次郎はギョッとする。


「……おい、四条。お前、何のつもりだ? 離れてくれないか?」


「お断りします。だってこうでもしないと、次郎さん逃げてしまうじゃないですか」


 そう言って雪乃は更に強く次郎の腕を抱き締めてくる。


 柔らかな膨らみの感触を服越しとはいえ感じてしまい、次郎は気まずそうにする。


「あ、あのなぁ……別に逃げたりなんかしないから、だから早く離れてくれ。頼むから」


「嫌です。それに……どうしても離れて欲しいのなら、先程の様に力尽くで私を振り払えば良いのでは?」


 雪乃は悪戯っぽく笑うと、次郎の顔を覗き込む。


「それは……」


 ばつが悪くなったのか、次郎は言い淀んで視線を逸らす。


 ちなみにだが、別に次郎が雪乃を振り払うのは難しくない。普段の彼であれば、簡単に引き剥がせるだろう。


 その証拠に、手を取られた際には強引に振り払う事が出来た。しかし、それが今は出来ない。


 何故なら、それは……華奢である雪乃の身体を強引に振り払う事に抵抗がある事と、少なからずは彼女の胸の感触を意識してしまっているからだ。


(こ、これはマズイ……。何がとは言わないが、非常によろしくない)


 雪乃に気付かれない様に、次郎は小さく深呼吸をする。そして、冷静さを取り戻そうと努めた。


「……なあ、四条。お前、少し落ち着け」


「あら、私は最初から落ち着いていますよ」


「嘘をつけ。さっきからテンションがおかしいだろ。どっちかと言えば最初からクライマックスだろ」


「そんな事はありません。いつも通りです」


 次郎の指摘に雪乃は真顔で答える。


「それよりも、次郎さん。これからはより一層、貴方とは縁の深い関係になりたいと思いますので、そこのところよろしくお願いしますわね」


 雪乃は笑顔で言うと、次郎に抱き着く力を更に強める。そのせいで次郎はより彼女の胸に意識が向いてしまい、余計に落ち着かない気持ちになった。


 しかし、ここで変に反応してしまえば、それこそ相手の思う壺だと思い、必死に我慢する。


 そんな次郎の葛藤を知ってか知らずか、雪乃は更に密着してくる。


「つきましては貴方との距離を狭める為に、私の事は『四条』と苗字では無くて『雪乃』と名前で呼んで下さいませんか?」


「嫌だ。断る。面倒だ。というか、今の時点でお前はもう十分に近いだろ」


「いえ、まだまだです。もっと近づきたいのです」


「勘弁してくれ……」


 次郎はげんなりとした表情で、雪乃を見やる。しかし、雪乃は引く気配は無い。寧ろ、先程よりも生き生きとしていた。


「そう仰らずに。ほら、練習ですよ。気軽に雪乃って呼び捨てにしてください」


「絶対に嫌だ。というか、いい加減に離れろ。これ以上は俺も容赦しないからな」


「まあ、それは怖いですね。では、名残り惜しい気もしますが……貴方がそこまで言うなら、ここまでに致しましょう」


 雪乃はあっさりと言うと、次郎から離れる。その瞬間、次郎は安堵の息を漏らす。


「ふう、やっと離れたか。全く、一体何なんだ。お前は……」


「何だ、と言われましても……ただ私は、次郎さんとスキンシップを取ろうとしただけですが?」


 雪乃は不思議そうな顔をして小首を傾げる。


「……そういうのは、他の奴とやってくれ。頼むから」


「それは無理なご相談ですわね。こんな事をしようと思う男性は、貴方以外におりませんもの」


「というか、お前な……もう一度だけ言わせて貰うが、俺はお前を振ったんだぞ。そろそろそれを理解したらどうだ」


「えぇ、理解しておりますわ。なので、私は諦めずに何度も次郎さんの事を口説き落とすつもりです」


 雪乃は自信満々に答える。その態度を見て次郎は溜息を吐いた。


「何度やっても、俺の気持ちは変わらないかもしれないんだぞ。だからさっさと諦めて、俺には二度と関わるな。それがお互いの為ってやつだ」


「いいえ、そんな事は決してあり得ませんよ。だって、私と次郎さんは結ばれる運命にあるんですから♡」


 次郎の忠告に対して、雪乃は笑顔で答える。その言葉には一切の迷いが無く、本心から言っているのだと分かった。


「……おい、四条。もう戯れは無しだ。これが最後だぞ」


 だからこそ、次郎は決意する。本気で雪乃を拒絶する事を。例えそれで彼女が傷つこうと突き放す事を彼は決めた。


 威圧する様に雪乃を睨みつつ、先程と同じ言葉を次郎は告げ様とする。


「いいか。俺とは二度と―――」


 次郎がそこまで口にした、その時だった―――




 バンッと大きな音を立て、乾いた銃声がその場に鳴り響く。突然の出来事に、次郎が音の鳴る方へと視線を向ける。


 そこには今まで棒立ちで佇んでいた黒人の男が、近くの木に向けて銃を突き付けているのが見えた。


 そしてガサガサと音を鳴らして木から枝が落下した。どうやらそれは、黒人の男が撃ち抜いた物らしい。


「え? は?」


 突然の奇行に驚く次郎であったが、そんな次郎を他所に黒人の男は片手で拳銃を乱射していた。それはもう一心不乱に。


「……」


 別に敵がいる訳ではない。黒人の男は何も無い空間、つまりは虚空に対してひたすらに発砲を続けていた。


「……おい、四条。あれ―――」


 そうした奇行について、雪乃に問い質そうとした次郎であったが、次の瞬間―――




 ダダダンっと、更に大きな音が近くで鳴り響く。それも先程と同様に銃声であり、しかもそれは黒人の男が発している銃声よりも音の間隔が短い。


 そちらの方向へ視線を向けると、そこには白人の男が上空に向けて銃を―――しかも、いつの間にか装備していたアサルトライフルを連射している姿が目に映った。


「……はぁ!? ちょ、待て! どういう状況だよ、これ!」


「おや、次郎さん。どうかされましたか?」


 混乱する次郎とは裏腹に、雪乃は落ち着いた様子で訊ねる。


「どうかされたかじゃねえよ! あの二人、いきなり訳の分からない行動を取り始めたぞ!」


「はい、そうですね」


「……は?」


 あまりにもあっさりと返事をした雪乃に、次郎は間の抜けた声で返す。


「はい、そうですね。確かに、次郎さんが仰られる通り、彼らは少しばかりおかしな行動をしています」


「は、はあ……」


「ですが、心配する必要は全くありませんよ。気にしなくて大丈夫です」


「いや、大丈夫って……」


「それよりも、次郎さん。何かお伝えしている途中ではありませんでしたか? その件に関して、詳しく聞かせてください」


 雪乃は笑顔で言う。しかし、その目には有無を言わせぬ迫力があった。


「……」


 そうした態度に思うところが無いわけでは無かったが、次郎は促されたのだからと自分を納得させ、途中になっていた言葉を再び口にする。


「あのな……これ以上、俺とは―――」


 そこまで次郎が口にすると、周囲の騒音は更にけたたましくなる。あまりの大きな音に、近隣に生息していた鳥や小動物が一斉に逃げ出していった。


 今度は何だと次郎が目を向けると、何と黒人の男と白人の男はそれぞれ拳銃とアサルトライフルを二丁持ちに切り替えていたのだ。そして切り替えて尚、同じ行動を起こしていた。


 弾切れを起こそうものなら弾を補充し、延々と打ち続ける二人。その顔には汗一つ無く、呼吸すら乱れていない。まるで機械の様に二人は射撃を繰り返していく。


「……」


 その様子を見て、次郎は思わず絶句する。一体何が起こっているのか、理解出来なかった。


 一つ言える事があるとすれば、それは……彼らは次郎が言おうとする事を邪魔している。それ以外に考えられなかった。


「なあ、四条。これは流石におかしいと思わないか。明らかにあいつらは普通じゃない」


「はい、その点は次郎さんの言う通りです。ですが、ご安心ください。彼らについては問題ありませんので」


「……どうしてそうなる」


「私がそう判断をしましたので、問題ありません。さぁ、次郎さん。話の続きをお願いしますわ」


 雪乃は笑顔で次郎に催促する。その表情からは絶対に引かないという強い意志が感じられた。


「……」


 次郎は考える。これでまた同じ言葉を口にしようものなら、彼らは一体どんな行動を起こすのか。


 これはもう邪魔をしているなんてレベルではない。明らかに次郎を脅迫をしている。その言葉を口にするなとばかりに。


 ふと、次郎が視線を二人の近くにいる洞島にへと向けると、彼は目で『諦めろ』と訴えながら、両手を合わせて謝っていた。


 ならば、自分が取るべき選択はたったの一つだけだ。次郎はそう思い至り口を開く。


「……これからも、よろしく、頼む」


 そう次郎が言い放った直後、周囲からの騒音がピタリと止んだ。


「はい、かしこまりました。では、次郎さんの望み通りに……末永く、よろしくお願い致しますわね♡」


 そして雪乃は満面の笑みを浮かべて答える。その様子を見つめつつ、次郎は心の中で叫ぶ。


(違うんだよぉ!!)


 と。


 だが、悲しい事にそんな次郎の叫びなど雪乃には届く筈も無かったのであった。


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