金髪お嬢様、本性を現す


「……そうですか。分かりました」


長い沈黙の後、不意に雪乃が呟いた。その声は普段と変わらず落ち着いたものであった。


「貴方のお気持ち、とても良く理解しました」


「……そうか」


雪乃のその言葉に次郎は安堵した。それと同時に少しだけ肩の荷が下りた気分になる。


「分かってくれたのなら、助かる。なら、―――」


―――今後は俺に余り関わるな。次郎が雪乃に向けてそう告げようとした瞬間、








「―――あぁ、やっぱり素敵ですわ!」


雪乃が今までで一番とも思える満面の笑みを浮かべて次郎の言葉を遮ったのだ。


「……は?」


予想外の雪乃の反応に次郎は思わず呆気に取られてしまう。


「あぁ、何て素敵な方なんでしょう! 私が思っていた通りの、私の期待を裏切らないとても素晴らしい方ですわ!!」


「……はぁ?」


雪乃は次郎に向かって興奮した様子で捲し立てる。その瞳はキラキラと輝いており、うっとりとした表情で次郎の顔を眺めていた。


「え、ちょ、待て。どういう事だ?」


状況が呑み込めず次郎は混乱する。しかし、そんな次郎の様子に構わず雪乃は熱の籠った口調で語り続ける。


「私があれ程の熱意を持って告白をしたというのに、まさか自分の意思を一切曲げようともせず、ああまではっきりと私を拒絶するだなんて……貴方はどれだけ強い意志をお持ちの方なのでしょう。流石は次郎さん、惚れ直してしまいそう―――いえ、完全に惚れ直しましたわ♡」


雪乃は頬を紅潮させ、両手を合わせて身をくねらせる。その様は恋する乙女そのものといった様相であった。


「それに、あの時の真剣な眼差し。あんなにも強い視線を向けられて、私は……もう……♡」


「……」


次郎は絶句して固まっていた。目の前で繰り広げられる光景があまりにも衝撃的過ぎて、思考が追い付かない。


「ああ、次郎さん……♡ 好き好き大好き♡ とっても大好き♡ 愛してます、次郎さん……♡」


そんな次郎の事などお構いなしと言った具合に雪乃は自分の想いをぶつける。


高揚によって朱に染まったその頬に両手を当てて、恍惚な表情で次郎の顔を見つめる雪乃の表情はまさに恋に狂っている女の表情であった。


次郎は雪乃の豹変ぶりに唖然とするばかりであり、その表情は驚きに染められていた。


その変わり様に次郎の困惑の度合いは更に増していくばかりだ。


(……何だこれ?)


いつの間にか自分は夢でも見ているのだろうか。それとも、幻覚でも見ているのだろうか。


あまりの衝撃的な出来事を前にして、現実逃避をするかの様に次郎はふとそう思った。


「あら、次郎さん。どうかなさいまして? まるで鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をしていますけど」


「……」


「ふふ、可愛いですね。そんな所もまた魅力的ですよ」


「……」


「それとも、照れているのでしょうか? 次郎さんのそういう初々しいところも、新鮮で好きですわよ」


「……」


「あぁ、でも、そんな風に黙り込んでしまうのは寂しいですよ。折角の逢瀬なのですから、私は貴方ともっとお話とかしたいです」


「……」


「ねぇ、次郎さん。これからは貴方の口で、私に次郎さんの事を色々と教えて下さい。好きな食べ物や趣味、特技など何でも構いませんから」


「……」


「もう、さっきから黙ってばかりで……次郎さんの恥ずかしがり屋さん。大丈夫、ちゃんと全部受け止めますから。だから、安心して私に―――」


「ちょっと、待ちやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」


遂に我慢の限界が来たのか、次郎が大声で叫ぶ。その顔には怒りの色が浮かんでいた。


「おい、四条! お前、さっきから何を言ってんだ!?」


「はい?」


怒気を孕ませた次郎の声に雪乃はキョトンとする。その仕草は可愛らしいものだったが、今の次郎にはそんな事に気を留めている余裕は無かった。


「いきなり訳の分かんねえ事を言い出したと思ったら、今度は俺の話を聞かずに勝手に一人で盛り上がってんじゃねぇよ!! さっきまでのお前はどこに行ったんだ!? キャラ崩壊にも程があるぞ!!!」


荒々しく怒鳴り散らす次郎。それは誰が見ても分かる程に激高していた。


だがそれも無理のない事だ。何せ、先程までは話が通じていた筈なのに、急に雪乃が暴走し始めたのだから。


雪乃は次郎に詰め寄られるも、全く動じずに首を傾げる。


そして、暫く考える素振りを見せた後、ポンッと手を打った。


その反応を見て次郎は嫌な予感がした。そして、その直感は当たっていた。


雪乃は花が咲いたような笑顔を浮かべると、次郎の手を取り自分の胸元へと引き寄せた。


「……まぁ、そんなに怒鳴らずに落ち着いてください。次郎さんらしくありませんよ」


「お前がそれを言うかぁっ!!??」


穏やかな笑みを浮かべながら放たれた雪乃の言葉に、次郎は堪忍袋の緒が切れた。


「大体、お前! 何でそんなに嬉しそうにしてんだよ!? おかしいだろ、普通に考えて!!」


掴まれていた手を強引に振り払うと、次郎が雪乃を指差しながら問い詰める。


「何でと言われましても……次郎さんに告白をして、そして振られてしまったのですよ。なら、こんなに嬉しいことなんてありませんわ」


雪乃は次郎の剣幕に動じる事無く、平然と答えた。


「それはそれで問題だろうが! あんまり言いたくは無いが、俺はお前の告白を断ったんだぞ! なのにどうして喜べるんだ!?」


「何故、と聞かれると難しいのですけれど……強いて言えば、そうですね。愛ゆえにですね」


「どうしてそこで愛に結びつくんだよ!」


思わず突っ込みを入れる次郎であったが、雪乃は全く気にしていない。


寧ろ楽しげな笑みを浮かべており、その瞳には慈愛の色すら感じられる程だった。


「いいですか、次郎さん。私が貴方を好きだという気持ちは本物です。例えどんな障害があったとしてもこの想いは決して揺るがないものですわ」


「はぁ?」


雪乃は力強く断言すると、次郎の目を真っ直ぐに見据える。その瞳には確かな決意の光が宿っており、それが決して揺らぐ事の無いものである事が窺えた。


その余りにも堂々とした態度に次郎は何も言葉が出なかった。そんな次郎に対して、雪乃は再び満面の笑みを向ける。


「そして私が嬉しく思うのは、自分を曲げずにいてくれた事ですわ」


「いや、意味が分からん……」


「普通でしたら、状況に流されて告白を受け入れてもいい心境になるところを、それを貴方はしなかった。信念を貫き通してくれた。もし、あそこで私の想いを受け入れられでもしていましたら……私は正直、幻滅をしてしまうところでしたわ」


「……」


「本当に凄い事だと、心の底から思います。誰にでも出来る事ではありません。だからこそ、私は貴方の事をますます好きになってしまいました♡」


「……そいつはどうも」


次郎は力なく呟く。最早、反論する気力が湧かなかった。


「ふふ、照れてますね。可愛いです」


「うるさい。それよりも、いい加減に俺の話を聞いてくれ」


雪乃の言葉に、次郎はうんざりした様子で返す。その口調からは疲労感が滲み出ており、今直ぐにでも帰りたい気分だった。


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