惨劇の廃工場


「は……? あ、あいつ……殺しちまった、のか?」


 田頭が恐る恐るといった感じで、雪乃にそう尋ねる。彼女の答えを聞くのが怖い。そう思いながらも、聞かずにはいられなかった。


「あら、殺してなんかいませんわ。せいぜい気絶して頂いただけ。だって、この銃は殺傷能力なんてあまり無い、テーザー銃ですもの」


 雪乃は平然と答えた。まるで当然の事だと言わんばかりの口調で。


「て、テーザー……?」


「何だ、それ……?」


 聞き慣れない単語に、八田野高校の男達が首を傾げる。


 そして次郎も田頭もその単語に聞き覚えが無いのか、雪乃の言う事にただ戸惑っているだけだった。


 そうした反応を見て、雪乃は小さく息を吐くと、落ち着いた様子で彼らに説明する。


「テーザー銃とは簡潔に言えば、遠距離から撃てるスタンガンの一種ですわ。海外では警察の標準装備として使われています」


 雪乃はそう言いながら、倒れた男にゆっくりと歩み寄った。


「先端から電極を飛ばして対象に刺し、強力な電気を流して人体を一瞬で麻痺させ、相手を無力化する事が出来るのです。撃たれると凄まじい激痛に襲われますが、死ぬ事はありませんわ。まあ、使い方を誤れば死んでしまう場合もありますし、そもそも日本では銃刀法に違反をするので、本来は所持する事は出来ませんけれど」


 淡々と説明をしながら、雪乃は気を失った男の前に立つ。その顔は相変わらず微笑んでおり、その様子は男達を余計に不安にさせた。


「銃刀法違反って……じゃあ何で、お前は何でそんなもん持ってんだよ!?」


 男の一人が雪乃にそう尋ねた。その問いに、雪乃は再び溜め息を漏らすと、男に視線を向ける。


「護身用ですわ。携行性も高く、もしもの時に使えますので、常に持ち歩いていますの。最近は色々と物騒ですから」


「だ、だからって……そんなもんを俺達に使って、恥ずかしいと思わないのかよ!」


 雪乃の言葉に、男の一人がそう叫ぶ。他の者達も同じ気持ちなのか、彼女の事を睨んでいた。


 しかし、雪乃は臆するどころか、寧ろ笑みを深くする。


「恥ずかしい? どうして私が恥ずかしがる必要があるのですか?」


「な、何言ってやがるんだ、お前は! こんな事、許されると思ってるのかよ!」


「あら、貴方達こそ、何を言っているのでしょうか。こういった道具は使う為にあるのですよ。それに貴方達だって、武器を使って山田君を痛めつけ様としてくれたのでしょう? なら、それを言えた義理ではありませんよね」


 雪乃は男にそう告げる。その表情には、微塵も罪悪感など浮かんでいない。寧ろ、当たり前の事を言ったまでだと、そう思ってすらいる様に見える。


「こ、この野郎……」


 男達が怒りに顔を歪める。そして一人の男が前に出た。


「ふざけんじゃねえぞ、テメエ!!」


 大声で叫びながら、男は雪乃に殴り掛かった。しかし、雪乃はそれを冷静に、難なく避ける。そして彼女は今度は左手をスカートの内側にへと伸ばし、そこから短めの筒の様な何かを取り出した。


 雪乃は取り出したそれを手首のスナップを使い、先端を伸ばして展開をする。すると、短い筒のそれは警棒の様な形にへと変化をする。


「え?」


 男達の口から驚きの声が漏れ出る。雪乃がいきなり得物を抜いた事が信じられなかったのだ。


 しかし、雪乃は一切の躊躇も無く、その警棒を振るう。そして先端を男に対して突き刺したのだった。


「ごめんなさいね」


 それから雪乃はそう口にしてから、警棒の手元についているスイッチをカチッと押した。


「ぐあっ!?」


 男の悲鳴が上がる。それと同時に、男の身体がビクンと跳ね上がり、そのまま仰向けに倒れる。


「あが、あがが……な、何だよ、これ……!? か、身体が、し、痺れて、動かねぇ……っ!?」


 倒れている男が、身体の自由が利かない事に動揺を見せる。そして雪乃が男に近づき、しゃがみ込んでその顔を眺めるかの様に覗いてきた。


「非殺傷式のスタンバトンですわ。本当はもっと威力のある物が欲しかったのですが、それでは流石に死人が出てしまうので、この程度に抑えました。暫くすれば動けるようになりますよ」


「ひ、ひぃいいいっ!?」


 男の顔が恐怖に染まる。その瞳には涙が滲んでいる。その様子を見下ろしていた雪乃が、不意に口を開いた。


「あら、どうしましたの? 何故、泣いていらっしゃるの?」


「ひっ……い、嫌だ、来るなぁ……助けてくれぇ……」


 雪乃は優しく語り掛ける様にそう言うが、男にとってはその声が恐怖の対象にしかならなかった。


 今の彼からは、普段の強気な態度は完全に消え失せている。その目には怯えの色が宿っていた。


「あら、怖いのですか? ふふ、大丈夫ですわよ。私は貴方を殺すつもりはありませんから」


 雪乃はそう言いながら、男を安心させる様な優しい笑顔を浮かべる。その言葉に、彼は少しだけ落ち着きを取り戻した。


「ほ、本当か……?」


「はい、勿論ですわ。ただ、私は……山田君が受けた痛みを、何倍にもして貴方達に返したいだけ。だから、もう少し苦しんでくださいな」


 雪乃は無常にもそう断言をし、男が何かを口にする前に再びスタンバトンを彼に向けて突き刺し、そして放電をさせた。


「ぎゃあああーっ!!」


 電流による激痛に、男が絶叫を上げる。しかし、雪乃は決して手を緩めず、電撃を流し続ける。その様子を、田頭達は震えながらも黙って見つめる事しか出来なかった。


「がああっ!? あが、あががががが……!」


「あら、まだ意識があるのですね。流石は不良といったところでしょうか」


 雪乃がそう呟く。その口調からは、本当に驚いているという様子が伝わってくる。


「なら、まだ大丈夫ですわね。続けさせて頂きますわ」


「あがががががががががががが!!!!!!!!!!」


 雪乃が容赦なく攻撃を続ける。その度に、男は苦痛の混じった悲鳴を上げた。


「……」


 あまりの光景に、次郎でさえも彼女のそうした行動に唖然としていた。


 だがその一方で、雪乃の表情には全くと言って良いほどに変化は無い。


「が、ががががががががががががが……っ!」


 やがて、男は痙攣するだけで、何も喋れなくなる。完全に気絶をした様であった。


 それを確認した雪乃は、そこでようやくスタンバトンを離した。


「……さて、次はどなたですか?」


 雪乃が立ち上がり、田頭達に視線を向ける。その顔には、先程と同じ微笑みが浮かんでいた。


「あ、あ……」


 田頭達は恐怖に顔を歪ませ、その場にへたり込む。彼らは自分達のしでかしてしまった事の大きさに恐怖を覚え、後悔をしていた。


「な、なあ、もう止めようぜ……」


「そうだよ、こんな事しても意味無いって……」


「お、俺達、悪い事なんてしてないんだしさ、許してくれよぉ……」


 雪乃の言葉に、男達が弱々しい声でそう懇願する。しかし、そんな彼らの言葉を、彼女は一切聞き入れようとしなかった。


「貴方達が先に手を出したのでしょう? なのに、被害者面とは片腹痛いですわ」


「いや、でも……」


「罪には罰を。当然の事ですね。私の大切な山田君に、暴力を振るった事。それは大罪であり、それは万死に値します。なので――絶対に許しません」


 微笑みを絶やさずに、雪乃ははっきりとそう告げた。その目は、全く笑っていない。


「ひっ、ひいぃいいっ!?」


 その目を見た瞬間、男の一人が悲鳴を上げ、そして逃げた。その恐怖の波は伝播していき、他に二人の男が一斉にその場から逃げ出した。


「あっ! おい! 待てよ!!」


 そうした男達を田頭は呼び止めるが、彼らは聞く耳を持たない。我先にへと逃げ出していく。


「あらあら、逃げるのですか? 困りましたわ」


 田頭は男達の背中を見送ると、雪乃の方を見る。するとそこには、困っている様子など微塵も無い彼女がいた。


「可哀想な方々ですわね。―――何故、簡単に逃げ出せるとでも思っているのでしょうか?」


「……はぁ?」


 雪乃がポツリと漏らしたその一言に、田頭は首を傾げる。彼女の言っている事が理解出来なかったのだ。


「どう足掻いても、貴方達は逃げられないというのに」


 次の瞬間―――


「ぎゃ、ぎゃああぁっ!?」


 廃工場内に悲鳴が響き渡る。それも一度だけでは無く、二度、三度と悲鳴が上がる。


 それは次郎や雪乃、そして田頭達がいる場所から離れた位置から聞こえてきたものであった。


 その声に、次郎はもちろんのこと、田頭や他の男達もそちらを振り向く。


 特に田頭達、八田野高校の生徒達からすれば、その悲鳴は聞き覚えのある声であった。


 何故なら、それは―――先程、この場から逃げ出していった男達の声だったのだから。

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