金髪お嬢様、捕まる?


「あの女……確か、草薙の生徒会長だったろ。何でそんな奴がこんな場所にいるんだ?」


 怪訝そうな表情を浮かべながら、田頭は雪乃を連れてきた男に問い掛ける。


 すると、その問いに対して、男は得意気に口を開いた。


「いやですね、外の見張りをしてたらこの女が一人で何やらこそこそとしてましてね。それで怪しいと思って、少しばかり脅してから捕まえたんですよ。そしたら何とびっくり、草薙学園の生徒会長だって言うから、これは使えるって思ってここまで連れて来たんです」


「ほう、なるほどな……」


 田頭はそう口にすると、顎に手を当てて考え込む素振りを見せた。


 そして数秒後に「よし」と言ってニヤリとした笑みを浮かばせると、部下である男に向けて指示を飛ばす。


「その女はこっちに連れて来い。人質にするぞ!」


「はい!」


 田頭に命令された男は雪乃の腕を掴み、強引に引っ張っていく。


 その事に雪乃は小さく悲鳴を上げるが、男は無視して彼女を連行していく。


 そしてその光景を次郎は困惑とした様子で見ているしかなかった。


(どういう事だ……何で、四条がこんな場所にいるんだ……?)


 どうして彼女がここに居るのか。次郎には理解出来なかった。


 次郎の記憶では、雪乃と最後に会ったのは今日の放課後。帰り際に彼女から何かを頼まれ、それに関わりたくなかった次郎が断わり、それを智也に丸投げをしたという流れだ。


 それなのにも関わらず、雪乃はこの場に一人でいる。周りには智也の姿は確認出来ない。八田野高校の男の証言からして、彼女が一人でいた事は明らか。その事が次郎には不可解で仕方がなかった。


 そしてもう一つ、次郎には不可解に思う点があった。


(四条の奴、どうやってこの場所を突き止めた……)


 次郎はそれが不思議でならなかった。確かに雪乃もこの襲撃事件について調べていた。そして次郎に対して関わるなと釘を刺してもいた。


 しかし、次郎が事件に深く踏み入ってまで調べ上げた情報を、彼女はどの様にして掴んだのか。


 だが、雪乃は次郎と違って目立つ様な事をしていない。その事から考えても、雪乃が今回の件を真相まで調べ上げるのは無理がある。


 次郎が悩んでいる間にも事態は進んでいく。男に連れられた雪乃は田頭の前に突き出される。その雪乃の姿を見て、田頭は満足そうに笑う。


「はっ、何で草薙の生徒会長様がこんなところにいるのか知らねぇが、まぁいい。丁度良かったぜ。お前を人質にすれば、山田次郎の野郎は簡単に手出し出来なくなるだろうよ」


 雪乃を目の前にして、田頭は愉快そうな声音で話す。その言葉を聞いて、雪乃は怯えた様子で体を震わせた。


「ひっ……」


「ははっ、怖いのか? 安心しろよ。別にお前の事を痛めつけたりはしないさ。ただ、最大限に利用させて貰うだけだ」


 雪乃は恐怖で顔を青ざめさせる。その様子を見て、田頭は嗜虐的な笑みを浮かばさせた。


 その二人の様子を次郎は呆然と眺めている事しか出来ずにいた。


 そして田頭は雪乃の身柄を部下の一人に任せると、次郎に視線を向ける。


 次郎の姿を視界に捉えた田頭は不敵な笑みを浮かべる。そしてゆっくりと次郎の方へと歩み寄っていった。


「さて、山田次郎。あの女を助けたかったら、どうすればいいか分かるよな? これ以上の手出しは禁止だ。黙って俺らに殴られろ」


 次郎の傍まで来た田頭は勝ち誇った笑みを浮かべながら、次郎に要求を告げる。


 その要求を耳にした次郎は歯噛みする。


「……おい、田頭。四条は……あいつは、俺と何の関係も無い。巻き込むんじゃねえ。だから、あいつを放せ」


「はっ、この状況で随分と強気じゃねぇか。だが、知ったこっちゃねえな。それにそもそも、こんな場所までやって来ておいて無関係は無いだろ。まぁ、安心しな。俺らの気が済めばあの女はちゃんと開放してやるよ」


「……」


 次郎の要求を田頭は鼻で笑い飛ばし、周りの男達も自分達の優位性を悟ってか、下卑た笑みをその顔に浮かべていた。


 そしてその態度に次郎は苛立ちを覚えた。しかし、今の次郎には何もすることが出来ない。


 下手に手を出せば、雪乃に危害を加えてしまうかもしれない。そう考えるだけで、次郎は動くことが出来なかった。


「や、山田君! わ、私の事は良いですから逃げて下さい!」


 そんな次郎の様子を見て雪乃は必死に訴えかける。その雪乃の言葉に次郎は苦悶の表情を浮かべる。


 ここで逃げれば自分は確かに助かる。だが、それは同時に雪乃を見捨てる事と同義。そんな事を出来るはずが無かった。


 だからといって、このまま大人しく田頭達の良い様にされる訳にもいかない。次郎は何とか打開策が無いかと考える。


(くそっ……どうすれば……)


 タイムリミットが近付く中、次郎は一向にして打開策を思いつく事が出来ない。その焦りが次郎を次第に追い詰めていく。


 そして遂に、田頭は次郎の眼前にまで迫ると、彼の胸倉を掴み上げて拳を振り上げた。


「とりあえず、これまでの恨みをきっちりと晴らさせて貰うぜ。散々と俺の事をコケにしやがって……覚悟は出来てるんだろうな?」


 田頭は次郎の事を睨みつけながら、怒りの籠もった声で告げた。


 その表情には憎悪の感情が浮かんでいて、彼がどれだけ次郎に対しての恨みを募らせているかを物語っていた。


「……」


 しかし、次郎は無言のまま田頭の事を見下ろす。その次郎の瞳からは強い意志が感じられ、田頭は思わず気圧されてしまう。


「く、くそっ、そんな目をしたって無駄だ! あの女がいる以上、お前は俺達に手も足も出せないんだからなぁ!!」


 次郎の鋭い目つきに怯みつつも、田頭は負けじと自らを鼓舞するかの様に叫び返す。


 その田頭の言葉を次郎は否定出来なかった。実際、雪乃が人質に取られてしまっている今、次郎には抵抗する術は無かった。


 そしていよいよ、田頭は次郎に向けて拳を振るおうとする。


「山田次郎!! 俺が今まで味わってきた痛みを、お前も味わいやがれえっ!!!!」


 雄たけびを上げながら、田頭は次郎の顔にその拳を叩きこもうとする。


「やめてぇっ!!」


 その瞬間、雪乃の悲痛な叫び声が響き渡る。


 そして―――




「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」


 男の絶叫が辺りに木霊する。それと同時に男は地面に倒れ伏した。


「あ?」


「えっ?」


「は?」


 その叫びを聞いてか、田頭は、八田野高校の男達は、そして―――田頭に殴られる寸前であった次郎も間の抜けた声を漏らす。


 その場にいたほぼ全員が、突然の出来事に理解が追い付いていなかった。


 ―――ただ一人を除いて。


「何……だと……?」


 次郎はそうした疑問の声を、田頭に胸倉を掴まれたままで口にした。そして目の前で起きた出来事に驚きを露わにする。


 それもその筈、何故なら――


「……な、何を……何を、しやがったんだ!? 女あああっ!!!」


 田頭が拳を振り上げた状態のまま、血走った目で叫ぶ。その視線の先にいるのは、雪乃だった。


 雪乃は恐怖に怯えていた先程までとは打って変わって、その端正な顔に冷徹な笑みを浮かべていた。


 そして雪乃の直ぐ近くには、彼女の身柄を抑えていた男がうつ伏せになって倒れている。


 男は白目を剥き、口から泡を吹いていた。一目見ただけでも気絶をしていると分かる。


「……」


 その様子を見ても、雪乃は相変わらず冷たい笑みを浮かべたまま何も言わない。


 理解の追い付いていない状況に、田頭は動揺を隠せないでいた。思わず掴んでいた次郎の胸倉を放してしまい、そして彼女がいる方にへと向き直した。


「お、お前……一体、何をしたんだよぉっ!?」


 田頭は震えた声音で雪乃に問い掛ける。その問いに対して、雪乃は口元に人差し指を当てて妖艶に微笑む。


「うふっ、秘密ですよ」


「なっ……」


 雪乃の答えに田頭は絶句してしまう。そんな田頭の様子を雪乃は楽しげに見つめる。


 そして田頭は雪乃の笑みに得体の知れない恐怖を覚え、思わず一歩後ずさってしまう。


「な、何なんだ、この女は……。ま、まるでさっきとは別人みたいじゃねえか……」


 田頭は顔を青ざめさせ、恐怖を滲ませた表情を浮かべる。


 その言葉は周りの男たちも同様だった。皆一様に雪乃の変貌ぶりに驚愕していた。


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