金髪不良、ピンチを迎える


「てめぇ、もう生きて返さねえぞ!!!」


 八田野高校の男の一人が叫びながら拳を振り上げる。だが次郎はその攻撃をあっさりとかわすとカウンター気味に彼の腹を蹴り飛ばした。


 腹部を蹴られた男は痛みで体をくの字に曲げると同時に地面に倒れ込む。そんな彼に構わず次郎は他の連中にも攻撃を加えていった。


 次々と襲い掛かる男達に応戦をしながら、次郎は冷静に状況を分析していく。


(ちっ……こいつら別に、そこまで強くは無い。一人一人は何とでも対応が出来る。が……如何せん、数が多過ぎる!)


 襲い掛かって来る男達を返り討ちにしていく次郎だったが、その表情にはあまり余裕が無く、少し焦りの色が浮かんでいた。


 いくら次郎が喧嘩に強かろうと、数の不利を覆すまでには至らない。それでも、最初に確認をした十人ほどであればギリギリ何とかならなくも無かったのだが……それ以上の人数を相手にするのは流石に骨が折れる。厳しいものがある。


(どういう事だ……こいつら、数がいつの間にか増えていやがる)


 迎撃をしながら次郎は内心で舌打ちをする。最初は十人ほどしかいなかった筈の八田野高校の男達が、今では倍に近い数に膨れ上がっていたのだ。


 その光景に次郎は疑問を覚えるが、その理由は直ぐに分かった。


(増えた理由―――いや、駆け付けてきた理由は、あれかっ……!)


 次郎は向かってきた一人の顔面に拳を叩き込んだ後に、ある場所にへと視線を向けた。


 それは隅にある窓ガラス。正確に言うならば、少し前に田頭が鉄パイプを投げつけて割った窓がある場所である。


「あの時の音で、ここ以外にいた八田野の連中が駆け付けて来たのか」


 次郎は苦虫を噛み潰したような顔でそう呟く。その通りだった。窓が割れる音を聞きつけてか、それともその後に発した田頭の大声で叫んだのが呼び水になったのか、とにかく他の場所にいた八田野高校の生徒が続々と集まって来たのである。


 その結果、今の状況は出来上がってしまった。しかも駆け付けてきた面々はそれぞれが武器を手にしていた。ナイフの様な刃物は持ってはいないが、角材にバット、そして鉄パイプと、凶器になり得る物を持っている。


 対する次郎はたった一人。武器は己の身体のみで他は無し。圧倒的に不利な状況であった。


「あっはっはっはっはっは!! どうした、山田次郎!! さっきまでの威勢はどこに行ったんだぁ!?」


 勝ち誇った様に笑う田頭の言葉に周囲の男達も同調する様に笑い出す。


 それに対し、次郎は不愉快そうな表情を浮かべるが、田頭に向けて何かを言う事はしなかった。


「本当に無様だなぁ!! えぇっ!? 俺に偉そうな事を言っておいて、結局はお前も同じじゃねぇかよぉ!! 数の不利も理解出来ないただの間抜けだ!!」


 田頭は次郎に煽るような口調で言葉を投げ掛ける。


「昔から言うだろ。戦いは数だってよぉ!! 意気揚々と俺達のアジトに乗り込んでくれたが『飛んで火に入る冬の虫』とは正にお前の事だなぁっ!!」


 その言葉に次郎は小さく溜め息を漏らす。そして侮蔑の笑みを浮かべてみせた。


「やっぱり馬鹿だな、田頭。正しくは『飛んで火にいる夏の虫』だ。それに、こんな言葉だってあるぞ。量より質だってな」


「はっ、勝手に言ってろよ。負け惜しみにしか聞こえないぜ? あーははははははっ!!」


 次郎の反論に田頭は全く聞く耳を持たずに嘲笑する。


「さあて、そろそろ終わりにしてやるよ。この人数相手にお前一人でどうにか出来る訳が無いんだからな」


 そう言いながら、田頭は周りの仲間に指示を出す。すると、男達は次郎を取り囲む様にして距離を詰め始めた。


 まるでスクラムを組んだかの様な密集した円陣形を取る八田野高校の連中。その様子に次郎は僅かに眉をひそめた。


 田頭は次郎に対して既に勝利を確信しており、その口元には薄らと笑みを浮かべていた。


 しかし、次郎のその眼光は鋭いままであり、この状況でもまだ諦めてはいなかったのであった。


 そして、その次郎の瞳はしっかりと田頭の事を捉えており、彼は不敵な笑みを浮かべる。


 その様子に田頭の背筋に嫌な予感が走る。そして次の瞬間――彼は田頭がいる方向に向けて、一直線に走り出した。


「なっ!?」


 次郎がとったその行動に、田頭は驚きの声を上げる。


(数的不利なら、まずは頭を叩くのが定石……!)


 迫りくる次郎に八田野高校の男達も直ぐに反応する。


 囲っていた円陣を解いて次郎を迎え撃つべく、各々の得物を彼に向かって突きつけ、そして構える。


 真っ先に次郎を迎え撃つのは、田頭と次郎との直線上の間に立っていた男。彼は持っていた獲物である金属バットを力一杯に振るう。


 だが、次郎はそれを紙一重で避ける。同時に相手の懐に入り込むと、渾身の一撃をその腹部に叩き込んだ。


「おらぁっ!!」


「ぐおっ……!?」


 次郎の拳をまともに受けた男は、声にならない悲鳴を上げながらその場に崩れ落ちる。


 その隙に次郎は男の横を搔い潜り、狙いである田頭に向けて再び駆け出そうとする。


 だが、他の男達も黙って見ているだけではない。そんな次郎の前に今度は二人の男が立ち塞がった。


 彼らは次郎の行く手を阻むと同時に、それぞれが持つ武器を彼の身体目掛けて突き出してくる。


「このぉっ!!」


「喰らいやがれっ!!」


 二人の男達は叫びながら次郎に攻撃を仕掛けてきた。一人は鉄パイプを、もう一人は角材を振るって。


「ちっ!」


 次郎は二人を視界に捉えると、まずは鉄パイプを持った男の横薙ぎの攻撃を身を屈めて回避する。


 しかし、屈んだところをもう一人の角材でによる攻撃が真上から襲い掛かってくる。それを次郎は両腕をクロスさせて防いだ。


「ぐぅ……っ!!」


 角材による打撃を腕で受け止めた次郎。その衝撃に思わず顔を歪める。


 痛みで痺れる感覚を覚えながらも、次郎は直ぐに反撃へと移る。彼は角材を持った男の手首を左手で掴んだ後、空いている右手で男の顎に渾身のアッパーを叩き込む。


 その強烈な一撃を受けた男は脳震盪を起こしてしまい、意識を失って地面に倒れてしまう。その男には見向きもせずに次郎は次の標的に視線を向ける。


(次だ……!)


 鉄パイプを持っていた男が、次郎の事を睨み付けている。そして鉄パイプの先を次郎に向けて突きによる攻撃を敢行する。


 その攻撃に対して次郎は身を引いて避けようとするが、それよりも先に鉄パイプが次郎の左肩を捉えた。その瞬間、次郎の口から小さな苦悶の声が漏れ出る。


(痛っ……)


 次郎は微かに表情をしかめさせる。鉄パイプで殴られた事で、ジンとした鈍い痛みが走った。


 だが、その程度のダメージで次郎は怯まない。直ぐに次の行動に移る。


 次郎は目の前の男の腹に前蹴りを放った。その攻撃に男は対処出来ずに直撃を受けてしまい、そのまま後ろに飛ばされる。


 これで3人の男を倒す事に成功する。しかし、それでも敵はまだ多い。田頭にへと更に近付こうとするが、その前に別の男達が立ちはだかる。


「おらぁっ!!」


「くっ……」


 次郎はバットを振り回してきた男の攻撃を避ける。その動きに合わせて、また別の男が鉄パイプを振り下ろしてくる。


「ふっ!!」


「ぐあっ!?」


 次郎は鉄パイプの攻撃を左腕で受ける。鉄パイプの重さが乗った一撃を、次郎は何とか耐える事が出来た。


 しかし、その一撃によって生じた痛みに次郎の顔が少し歪む。その一瞬の隙を突かれ、他の男達が次郎に向けて飛び掛かる。


 このままではマズいと判断をした次郎は、距離を取るべくバックステップを行う。囲まれたままであればそれも叶わなかったが、円陣を解いて田頭の周りに集まった事もあって、その包囲網から脱出する事が叶った。


 包囲から抜け出した次郎は、一旦その場に立ち止まる。そして周りに目を配らせ、敵の数を改めて確認する。


 八田野高校の生徒は田頭も含めてまだ10人以上が健在している。その事実に次郎は小さく舌打ちをする。


 しかし、次郎は諦めずに思考を巡らせる。この状況を打破する為の方法を必死に考える。


「ははっ、どうだ? ビビらせやがって。まぁ、これが現実だ。お前は俺には勝てないんだよ」


 次郎の様子を見つめながら、田頭が愉快そうな笑みを浮かべる。その顔には勝利への確信が見て取れた。


 その田頭の言葉を耳にしながら、次郎は何か手は無いのかと考え続ける。


 と、そこへ―――


「田頭さん! 朗報っすよ、朗報!!」


 一人の男子生徒が興奮した様子で田頭の元に駆け寄ってきた。


 その男子生徒は息を切らしながらも、田頭に向かって嬉しそうに話し始める。


「さっき外で良いもん見つけたんすよ。へへっ」


「あん? 良いもん? 何だよ、それは。というか、今は山田次郎の奴を追い詰めている最中なんだがよ?」


 その男子生徒の言葉に田頭は眉をひそめさせた。今まさに、自分が追い込んでいる状況だというのに、一体何を言っているのだと思ったからだ。


 しかし、その男子生徒は田頭のそんな気持ちなどお構いなしといった様子を見せる。


「だからですよ。あれを見てくださいよ」


「あぁっ!? ……って、おい。アレは」


 その男子生徒に言われて田頭は彼の指差す方向に目を向けてみる。すると、そこには八田野高校の生徒が一人。そしてその男に連れられてもう一人―――


「なっ……!?」


 その人物を見た次郎は驚愕の表情を浮かべた。何故ならそれは―――


「何で、四条がここに……?」


 男が連れてきたのは四条雪乃だった。彼女は男にナイフを首元に突きつけられ、不安げに瞳を揺らしており、心細そうにしていた。

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