金髪不良の本領発揮


「おい、聞いてんのかよ。もう勝負あっただろ。大人しく降参しろよ」


「……」


「だんまり、か。本当に何が目的なんだ。お前は一体何がしたいんだ」


 次郎は男に対して呆れたように溜め息を漏らす。ここまでしても、男はまだ余裕のある表情を見せていた。


「……はは、今のは中々に効いた。まさか、こんなに強烈なのを喰らうとは思わなかった」


 男は蹴られた箇所を手で押さえながらも、相変わらずの調子で話を続ける。その様子に次郎は思わず舌打ちをした。


「ちっ、ふざけた野郎だ。そんな状態でよく喋れるな」


「いや、そんな事は無いさ。結構ギリギリな感じだぞ。それぐらい、さっきの蹴りは効いたな。今も何とか立ててはいるが、正直言ってそれだけで精一杯な状態だ」


「だったら、何でそんな余裕な態度を取れるんだよ。お前だって分かってんだろ。お前が俺に勝てる見込みなんて無い。そして俺はお前を逃がす気なんて無い。今直ぐ警察に突き出してやるよ」


 次郎は鋭い目つきで男を睨みつける。その瞳からは明確な敵意が見て取れた。


 しかし、それでも尚男の表情に変化は見られない。それどころか、より一層笑みを深めていった。その光景を見て、次郎の背筋に冷たいものが走る。


「さっきからへらへらと笑いやがって。何が可笑しいんだ。お前、頭でもおかしくなったのか」


「別におかしくはなってはいないさ。至って正常だよ。ただ……そうだな。強いて言うならば、まだ自分の勝ちを確信しているお前の姿が滑稽に見えてな。つい笑ってしまった」


「……あ? どういう意味だよ、それ。俺を馬鹿にしているのか? これまでのやり取りでお前の実力はもう粗方把握している。そして、手負いになったお前がここから逆転できる可能性なんかある訳ねぇだろうが」


 次郎は男の言葉に不快感を露わにする。男の発言は次郎にとって侮辱以外の何ものでもない。だからといって、男に対する怒りで我を忘れるという事は無かった。


 冷静さを欠いてしまえば男に逃げられてしまうかもしれないからだ。その事を理解しているからこそ、次郎は自身の感情を押し殺す。


「……まぁ、確かに。俺の実力は大体バレてしまっているようだし、その点は素直に認めるしかないな」


「だったら、大人しく捕まれよ。もう無駄に抵抗しない方が身のためだぜ」


「はっ、それは聞けない相談だな。誰がお前なんかに捕まるものか。これから負けるお前なんかにな!」


 男はそう言い放つと、一気に駆け出して次郎に接近する。その動きは先程よりも素早く、それでいて力強いものだった。


「くっ、この野郎! 往生際が悪いんだよ!」


 次郎は咄嵯に反応して迎え撃つ体勢を取る。拳を強く握り締めて振りかぶる。


「さっさとくたばりやがれっ!!」


 次郎が叫ぶと同時に男は勢い良く殴り掛かる。両者の距離が瞬く間に縮んでいく。


 そして互いの攻撃が相手に届く直前、次郎は僅かに違和感を覚えた。


 その正体が何なのかは分からない。だが、それでも次郎は直感的に悟っていた。このままでは不味いと。


 次郎はその感じたものを信じて瞬時に判断をする。男に向けていた攻撃を直前で止め、そのままサイドステップをして回避を行った。


 その結果、次郎の頬を掠めるようにして男の拳が通り過ぎていき、そのまま空を切る。


「くっ!」


「っ!?」


 次郎は苦悶の表情を浮かべるが、同時に男は驚愕の表情を浮かべる。今まで余裕の表情を浮かべていた男が初めて見せた動揺だった。


 そして次郎は本能の赴くまま背後にへと視線を向けた。そこには別の男が金属バットを振り被ってこちらに向かって来ている姿があった。


 その男は次郎と男の戦いを隠れて見ていた人物。金髪男の仲間であった。仲間である男は、次郎と男の一対一の状況に漬け込んで奇襲を仕掛けてきたのだ。


 だが、次郎はそれにいち早く気付き、反応して避けた為、攻撃は当たらずに済んでいた。


「ちぃっ、外したか。避けんじゃねえよ、クソが!!」


「いきなり襲い掛かってきた奴に言われたくはないな。というか、これが余裕こいていた理由かよ。最初から2人で挟み撃ちにするつもりで動いていたという事か」


 そう言いながら次郎は忌々しげに男達を睨む。


「大方、八坂の奴らもこの手にやられたってか。目立つ奴が囮になって、隙が出来たところを別の奴が襲撃する。単純だが効果的なやり方だ」


「ちっ、何で気付いたんだ。完璧に不意を突けたと思ったんだけどな」


「途中までは気付かなかったさ。だけど、最後の最後で勘づいた。ギリギリだったが、何とかなったな。あと少し遅かったら、やられていたかもしれん」


 次郎は冷や汗を流しながら答える。もしもあの時、男の金属バットによる一撃を避けていなかったら、自分は確実にやられてしまっていたと。


「へぇ~、やっぱり只者じゃねぇな。でも、これで終わりだぜ。2人掛かりでやれば、流石にお前も無理だろ」


 奇襲を仕掛けてきた男がそう口にして、手に持つ金属バットを次郎に向けて構える。金髪の男も落ち着きを取り戻したのか、また余裕そうな表情で次郎の事を見据えていた。


「さあて、これで形勢逆転だな。さっきの借りを返させて貰うぜ!」


 金髪の男がニヤリとした笑みを浮かべると、次郎の腹部目掛けて蹴りを放つ。その蹴りは重く鋭いもので、まともに喰らえば内臓へのダメージは免れない程の威力を秘めていた。


 普通なら躱すか喰らってしまうかの攻撃。しかし、それでも次郎はその場から動かずに蹴りを受け止め、金髪の男の足を掴んで離さなかった。


「は?」


「ふんっ」


 次郎は驚きのあまり硬直する男を力任せに投げ飛ばす。男は受け身を取れず、地面に叩きつけられた。


「ぐあっ!?」


「お、おい、何やってんだ!」


「まずは1人……だな」


「こ、この野郎がぁ!!」


 次郎の挑発的な言葉に激昂して、もう一人の男が金属バットを次郎目掛けて振り下ろす。その速度は先程よりも速く、そして力強いものであった。


 しかし、次郎はその攻撃を難なく避けると、男の懐に入り込み鳩尾に膝蹴りを叩き込む。その衝撃に男は膝から崩れ落ち、持っていた金属バットを手から取り零してしまう。


「ごふぅっ!?」


「これで2人。何が2人掛かりでやればだ。手ごたえが無さ過ぎるぞ」


「こ、この野郎がぁ!!」


 崩れ落ちた男に代わり、立ち上がり復帰してきた金髪の男が次郎に殴り掛かる。その動きは怒りで冷静さを失っているのか、先程と比べて明らかに鈍かった。


 次郎はその動きをしっかり見極め、カウンターとして相手の顎に掌底打ちを決める。その一撃に男は堪らず意識を失い、その場に倒れ伏す。


「今度こそ、これで終わり……いや、違うか」


 男達を無力化した事を確認すると、次郎は警戒心を解かないままに周囲を注意深く観察する。すると、路地裏の入り口の方で誰かが慌てて走って行く足音が聞こえた。


「逃げた……か。2人目が出てきたからには、恐らく3人目も隠れているかと思っていたが、どうやら当たりみたいだったな。纏めて襲い掛かってくる事も想定していたけど……まぁいい。とりあえず追うか」


 次郎は逃げ去った人物を追うべく走り出す。その後ろには気絶している男達が居たが、それを気にする事も無く、放置したままであった。


「あいつが逃げた先に手掛かりがあるはずだ。逃がさないぜ。絶対にな」


 そう呟き、次郎は倒れた男達はその場に放置をし、逃げる男の後を追って行った。

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