アロハ男の憂鬱
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「……さてと。情報収集はこんなところだな」
次郎が逃げた男を追い掛け始めたちょうどその頃。
昨日に次郎に接触をし、とある任務についているアロハシャツを着たサングラスの男はそう口にした後、一息吐く様にその辺のドラッグストアで購入した激安の缶コーヒーを口にする。
「……ふう。とりあえずこれで、早ければ明日までに解決出来るだろう。それにもう、お嬢にこれ以上嫌みも言われずに済む。ああ、本当に良かった……」
男は心の底からの安堵の気持ちを声に出して言う。その顔には深い疲労の色が浮かんでおり、それだけで彼がどれだけの苦労をしていたかが分かる。
「これでようやく俺の仕事は終わり。後は適当に関係者を片付けて、報告書を書いて提出すれば終了だ」
男は缶コーヒーを飲み干すと、そのままゴミ箱へと捨てる。そしてそのまま背伸びをして、凝り固まっていた筋肉をほぐしていく。
「それじゃあ今日は頑張った事だし、解決するのは明日にして、ゆっくり休ませて貰おうかな。明日に備えて英気を養わないと」
男はそう言って帰ろうとするが、その前にやっておかなければならない事がある。それは自らの上司に向けての報告である。
昨日はあまり芳しくない報告しか出来なかった男ではあるが、今日はそうでは無い。しっかりと情報を収集し、堂々と語る事の出来る結果を出してきたのだ。
だから男は、自信を持って今回の仕事の成果を報告する為に携帯電話を取り出し、連絡を取る。
コール音が響く中、男は電話の向こう側の相手が出るのを待ち続けた。
そして数秒後、相手が電話に出たのを確認した男は、意気揚々と話し始めた。
「もしもし、お……いえ、私です。お疲れ様です」
『はぁ……私? 誰?』
「……うん?」
男は携帯電話から聞こえてきた相手の声を聞き、怪訝そうな顔をした。何故ならば、自分が掛けた相手とは違う女性の声が聞こえてきたからだ。
「あの、すみません。間違えました」
そう言い残して、男は即刻に通話を切る。
「……おかしいな。確かにこの番号だったはずなんだけど」
もう一度確認するが、やはり間違い無く発信したのは上司の電話番号。なのに、別の女性の声がした。
「……まあいいか」
男は深く考えず、改めて上司に電話を掛ける。すると今度はコール音が響く前に、相手が通話に出た。
「もしもし、お……じゃなくて、私です」
『はぁ……またですか。どちら様ですかね? 生憎ですが、私という方をご存じないのですけど? 新手の詐欺か何かですか?』
「……」
男は電話越しに聞こえる相手の呆れた様な声に、思わず押し黙る。それから電話に出た相手についてある程度の見当がつき、彼は苦虫を嚙み潰した様な表情を浮かべた。
そしてその態度に相手は溜息を吐いた後に、苛立ちを露わにした声でこう言った。
『用が無いのなら、切ってもいいでしょうか。私は忙しいのですよ』
「あっ、ちょっと待って!? 俺です俺! 洞島です!」
『洞島? 一体、どこの洞島さんですか? 洞島だけじゃあ、皆目見当がつきませんけど?』
「あぁ、もう! 分かってて言ってるだろ!! お前と同僚の
男―――洞島は堪らず叫ぶ。その叫びを聞いてか、電話の向こう側でクスリと笑う声が聞こえた。
『お嬢様はただいま、手が離せないので電話に出られません。なので、お嬢様の秘書である私―――
「……あっ、そう」
『それで、何の御用でしょう。一応、聞いてあげますよ。聞くだけですけどもね。それともまさか、ただの冷やかしで電話を掛けてきましたか?』
「……まぁ、そんな所だ」
『では切ります。さようなら、洞島さん。あなたとは二度と会う事も無いと思いますが、くれぐれもお元気で』
「ちょっ!? 冗談だってば!!」
仕返しとばかりに冗談を口にしてみた洞島だったが、本気で切られそうになった為、切られない様にと慌てて引き留める。
そうした洞島による一連の流れと言葉に対し、相良と名乗った相手は深い溜め息を吐いて失望の意をあからさまに伝えてきた。
『全く。あなたはいつも、余計な事しかしないですね。少しは反省というものをした方が良いのではないのですか。えぇ、勿論してないのは分かっているので、言わなくても良いのですけれど』
相手からの罵詈雑言に洞島は苛立ちを隠せず、眉間に皺を寄せる。しかし、これでまた何か言葉を返そうものなら、何を言われるか分かったものでは無いので、言い返すのはどうにか堪えて相手からの言葉を待つ事にした。
『さて、無駄話はさておき。そんな事よりも早く用件を言いなさい。でないと切ります。直ぐに切ります。絶対に切ります。再三に渡ってお伝えしていますけど、あなたと違って私は暇じゃないのですから。ほら、切りますよ』
「……はい」
有無を言わせぬ口調で告げられた言葉に対して、洞島は渋々ながらも従った。
そして洞島は本題に入るべく、口を開く。
「それで、お嬢に頼まれて探っていた件についてだが……必要な情報は粗方集まった。後は問題を起こしている奴らをとっちめて、一気に片付ければこの件は終わりだ」
『そうですか。それは重畳。お疲れ様でした。あなたにしては、上出来な仕事をしたと言えるでしょう』
「……お前、一々俺の事を馬鹿にし過ぎじゃないか?」
『気のせいでしょう。それより、その調子で最後までしっかりやり遂げてください。お嬢様の為にも、中途半端に終わらせるのは許されませんよ。いいですね?』
「ああ、分かってるよ。俺は言われた通りにするだけだ。それで……報告はもう一つ。今日は情報を集めるのでもう疲れたから、掃除をするのは明日を予定している。それでも構わないな」
『は? 明日? あなた、嘗めているのですか? ふざけていると、今度こそ本当に怒りますよ? 大体、その程度の事で疲れたとか、あり得なくないですか。やる気はあるのですか? 無いのですか? どっちなんです?』
「……あるに決まってんだろうが。あるにはあるが、流石に今日はもう無理。というか、そもそもこれまで休み無く連勤で取り組んでいるのに、更に仕事を増やすとか鬼畜過ぎるだろうが……」
『はぁ……そうですか。分かりました。仕方ありませんね。それでは私からはお好きにどうぞとでも言わせて頂きます。あなたのご自由になさってください』
「おう、悪いな。なら、そうさせて貰うぜ。じゃあ、そういう訳で……また明日にでも連絡する」
洞島はそう言うと、用件を伝え終えたので電話を切ろうとした。しかし、それをする前に相手からの制止の声が掛かった。
『あぁ、待ちなさい。まだ話は終わっていませんよ』
「あん? 話? ……何だよ」
『あなたにお伝えしなければならない事が3つほどあります。悪い話と、凄く悪い話と、かなり悪い話とありますが、どれから聞きたいですか?』
「……全部悪い話じゃねぇか。何でわざわざ選択肢を作る必要があるんだよ」
『いえ、一応は選択肢を与えてあげようという私からの温情ですよ。で、どうしますか。ちなみに私からは、一番最初のお話がお勧めだと言えるでしょう。何故ならば、後の話になればなる程、悲惨な結末が待っていますからね。まずは慣らしつつ聞いた方があなたの身の為ですよ』
相手のそうした言葉に洞島は嫌そうな顔をする。そんな事を言われてしまえば、本音としては聞きたくも無いといったところだった。
しかし、職務上としてここで相手の話を聞かずに通話を切るなんて選択肢は彼には無い。彼は仕方なくといった様子でこう答えた。
「……じゃあ、最初で」
彼の選択に対して相手は、ふむと小さく呟いた後に、特に気にした素振りもなく話をし始めた。
『そうですか。なら、悪い話からですね。まず悪い話ですが……現在、お嬢様はとても不機嫌であらせられます』
「……マジで?」
洞島にとって、その知らせは確かにあまり良くない報せであった。
『えぇ、マジです。あぁ、可哀想なお嬢様。せっかく勇気を出して例の彼をお誘いしたというのに、袖にされた上に軟弱そうなチャラ男を押し付けられるなんて。何て薄情な男なのでしょう。きっと、あの男は心の中でこう思っている筈です。あー、助かった。面倒事が無くなって良かった。って』
「……いや。彼は多分、そんな事は思っていないと思うが」
『まぁ、彼がどう思うかなど、私個人としては知った事ではありませんけど。ともあれ、彼がお嬢様にしてしまった仕打ちによって、お嬢様は不貞腐れています。そしてこの事実だけは忘れないで下さい。良いですね?』
「お、おう……。まぁ、覚えておくよ。それで、次は何だ?」
『では、次に凄く悪い話です。これはあなたの任務にも関わる事になりますが……あなたが保護するはずでもある例の彼が事件の関係者と接触してしまい、更にその相手と喧嘩にまで発展をしました』
「……は?」
その言葉を聞いた瞬間、洞島の思考は一瞬止まってしまう。何せ、その情報は彼にとっては寝耳に水であり、全く予想していなかった事なのだから。
洞島の想定では彼がそうした行動を取る前に自分が片を付ける予定だったのだ。それがまさか、自分よりも先に事件の関係者と接触してしまうだなんて。
おいおい嘘だろと思いながら、洞島は昨日に顔を合わせた少年の顔を思い出し、思わず頭を抱えてしまう。
そんな彼に対し、相手は淡々とした口調で話を続けた。
『幸いにも、彼には怪我一つありません。数人相手で、背後を取られて危うい場面もありましたが、何とか乗り切った様です』
「そ、そうなのか。はぁ……無事で良かった」
相手が口にした情報を聞いて、洞島はホッとした。
『あなたも命拾いしましたね。これで彼が怪我でも負っていたとすれば、お嬢様はお怒りなってあなたを許す事は無かったでしょう』
「……」
『ちなみに私にも感謝してくださいね。私の陰ながらのアシストがあったからこそ、彼も危機を脱する事が出来たのですから。……まぁもっとも、私が居なくとも彼は大丈夫だったとは思いますが』
「あ、あぁ。そうか。ありがとう。助かった」
一体、相手がどんな手助けをしたかは分からないが、とりあえず洞島は礼を口にする。すると、相手は気を良くしたのか、少しだけ声のトーンを上げてこう言った。
『ふっ。分かれば良いのです。分かれば。それで、最後にかなり悪い話になるのですが……』
そこで、相手は一旦言葉を区切る。その声色は、先程までとは異なり真剣なものとなっていた。
まるで、これから話す内容が冗談抜きのものである事を告げるかの様に。その事に気が付いた洞島は、ゴクリと息を呑む。
そして、相手はゆっくりとその口を開いた。
『現在、例の彼が逃走した関係者を追跡しています。このままですと奴らのアジトにへと乗り込んでしまうでしょう』
「は?」
相手の口から飛び出した更なる予想外の情報に、洞島は先程以上に驚きの表情を浮かべる。それは、とてもではないが看過出来る様な内容ではなかったからだ。
『そしてこの事はお嬢様も既にご存じです。何でしたらそのアジトにへと向かってしまわれています』
「はぁっ?! おい、ちょっと待て!! どういう事だ!? なんでそんな事になってるんだ!?」
そして付け加えられたその話を聞いた洞島は気が動転し、周りの事を気にせずに思わず叫んでいた。
彼の頭の中は今日で一番混乱していた。それはそうだ。まさか自分の上司でもある人物が、自分よりも先に動いてしまっているのだから。
そんな彼の反応を電話越しに感じ取った相手は、どこか呆れた様子で溜息を吐いていた。
しかし、それも仕方のない事だろう。本来であれば、こういった事態を事前に防ぐ為に彼は存在しているのである。それなのに、今回の件に関しては完全に後手に回ってしまったのだから。
『……全く、何を驚いているんですか? あなたがしっかりしていないからこんな事になっているんですよ? それにあなただって分かっていた筈です。こういう事になる可能性はゼロでは無いという事を』
「あぁ、いや、その通りだが……。というか、何でお前はお嬢を止めなかったんだ」
『私は止めたに決まっているでしょう。ですが、お嬢様がどうしても行くと言って聞かなかったのですよ。まぁ、その気持ちは分からなくもないですがね』
「……そうかよ。それで、お嬢は今どこに居るんだ? まさか、1人で行ったんじゃないだろうな」
『いえ、それはありえません。流石にそこまで無謀な方ではないですよ。ちゃんと忠犬達を連れて行っています』
「はぁ……そりゃ良かった。というか、お嬢はあいつらのアジトがどこにあるのか分かって動いているのか? まだ俺、場所とかについては情報を上げていないぞ」
『流石にお嬢様も詳細な場所はご存じないでしょう。しかし、これまであなたが上げてきた報告から、ある程度の見当をつけて行動をしているのでしょうね。迷いなく彼が動いている方向にへと向かっています』
「……そうか」
「なので、このままあなたは最終報告を上げてください。それを私からお嬢様へ報告をさせて頂きます。それ以降についてですが……それはあなたにお任せします。当初の予定通りに休まれたとしても私は構いませんが、それでその後どうなるかの保証は私には出来ませんけどね』
「……分かった。何とかする」
そして洞島は相手にへと情報を全て渡すと、通話を終えた。その顔には疲れの色が浮かんでいて、大きな溜め息を吐き出す。
「あぁ、くそっ。何でこうなったんだよ。こっちはまだ準備が整っていないって言うのによ」
そうして愚痴りながらも、洞島はある方向にへと走り出した。目的地はもちろん、彼と彼女が向かっているであろう場所。
願わくば誰よりも先に自分がその場所にへと辿り着く事を祈りながら、洞島は走る速度を上げるのであった。
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