襲撃の不良
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「……今日も収穫は無しか。どうなってやがるんだ、全く……」
次郎が教室を出てから数時間が経過した。彼は今日も手掛かりを探ろうと歩き回って情報を集めていたが、一向に襲撃事件の情報を得る事は出来なかった。
既に日が落ちており空には星が輝いているが、それでも次郎は情報収集を続行し、当ても無く街中を彷徨う。しかし、やはり何も得る事は無く、苛立ちを募らせていく。
「クソッ、何でこんなにも襲撃に関する情報が見つからないんだ。怪我人も出て、相手側はこれだけ派手に動いているというのに、どうして誰も知らないんだ」
次郎は思わず悪態を吐く。しかし、その声を耳にする者はおらず、虚しく夜の闇に消えていった。次郎が今いる場所は人通りの少ない裏路地である。
辺りに人気はなく、明かりも少なく薄暗い。時折、遠くから車の走る音が聞こえるだけで他に音は聞こえない。次郎はそんな場所を一人寂しげに歩いていた。
(結局、何の手掛かりも得られず、無駄に時間を浪費しただけだったな。……仕方ない。そう上手くいくものでも無いしな)
次郎は心の中でそう呟きつつ、小さく溜め息を吐いて帰路に就く。―――その時であった。
「……ん?」
次郎は不意に何かの気配を感じた。次郎はゆっくりと周囲を見渡すが、特に誰かがいる様子は無い。けれども、その感覚が気のせいだと断じる事が出来ず、次郎は警戒を強めて周囲に意識を向ける。
すると、今度ははっきりと何者かの視線を感じる。次郎は咄嵯に視線を向けられる方向に視線を向けた。だが、そこには誰の姿も見当たらなかったが、次郎にはそこに誰かが隠れているとの確信があった。
「まさか……またあいつか?」
そう口にする次郎の頭に思い浮かんだのは、昨日に出会った謎のアロハシャツ男。次郎は直感的に彼ではないかと予想する。
しかし、確証は無く決めつけるには早いとの考えに至り、そう考えた次郎はまず相手の出方を窺いつつ、その場から動かずに身構える。そして、いつでも動けるように神経を張り巡らせた状態で、しばらくその場で待機する。
すると、程なくして次郎の視界に動くものが映った。それは暗闇の中から徐々に、ゆっくりと次郎に近づいてくる。
次郎はその人物を目にして一瞬驚いたものの、すぐに平静を取り戻してじっと見つめた。
「……金髪の、男」
次郎の前に現れたのはアロハシャツの男では無かった。黒いパーカーを着た金髪の男性であった。年齢は10代後半ほど。次郎と同い年かそれ以上に見える。
次郎は目の前に現れた男性を一目見て、彼が先程まで自分が探し求めていた人物であると確信した。
「八坂の奴らを襲ったのはお前だな。金髪の男としかヒントは無かったが、お前で間違いないな?」
「……」
次郎が問い掛けるが、男は黙り込んだまま何も答えない。しかし、次郎にはその沈黙が肯定を意味しているように思えてならなかった。
「おい、何とか言えよ。それとも、面と向かってじゃあ恥ずかしくて喋れねぇのか?」
「……あぁ、そうだ。とでも言ったらどうする?」
「何?」
「俺がそうだとしたら、お前はどうするんだ? どうしたいんだ? まさか、俺を捕まえるとでも言うんじゃないだろうな?」
男はニヤリと笑って挑発的な口調で次郎に向かって問い掛ける。その表情からは余裕がありありと感じられ、次郎を小馬鹿にしている様子が伺える。
しかし、それに対して次郎は怒る事無く冷静に思考を働かせていた。
(こいつが例の襲撃事件を起こした犯人で間違いないとして、こいつは何者なんだ?)
男が事件の首謀者、もしくは関係者である事はほぼ確定と言っても良いだろう。その証拠としては男の容姿が事件現場で目撃された人物の特徴と一致しており、その点に関しては疑う余地はない。
ただ、そうなってくると疑問が残るのは彼の正体だ。そもそも何故このタイミングで現れたのかという点に加えて、その実力についても不明な部分が多い。
仮に目の前の男が実行犯であり、彼の言っている事が事実だとすれば、彼は一人で複数の人間を襲っている事になる。その事から考えると、かなりの実力者だと予測できる。
(……ここで逃がす訳にはいかない。こいつは絶対に捕まえる)
次郎は男を逃がしてはならないと決意する。理由は分からないが、本能が彼に危険を感じているのだ。
それにもし男が虚言を吐いていて、彼が犯人でないとしても襲撃事件について何かを知っている可能性が高い。これ以上は放っておく訳にはいかない。
「……どうするか、なんてな。そんな事は言うまでも無い事だ。やる事なんて決まってんだろ」
次郎はそう口にして男を睨み付ける。その眼光は鋭く、その瞳の奥には確かな怒りの炎が燃え盛っていた。
「……良い目をしている。まるで獲物を狙う獣の目だ」
次郎の気迫に気圧される事なく、むしろ嬉しそうに笑みを浮かべる。その様子はどこか楽しげであり、どこか狂喜じみたものを感じさせる。
「悪いが、お前をぶっ飛ばす。それで全部終わりだ」
「……へぇ、やるつもりなのか。俺と戦う気でいるのか」
「当たり前だ。何でのこのこと目の前に現れて、わざわざ喧嘩を売ってきた奴を見逃さないといけないんだよ」
次郎の言葉に、しかし男は笑みを浮かべたまま何も言わずに、ただ静かに佇んでいる。
「……」
「……何だよ、黙り込んで。怖気づいたか?」
次郎が挑発するように問い掛けるが、それでも男は何も言わない。ただ次郎を見つめているだけだ。その視線に次郎は言い知れぬ不気味さを覚えた。
「……まぁ、いい。てめぇが何を考えているかは知らんが、とりあえず大人しく捕まって貰おうか!」
次郎は拳を強く握り締めて男に向かって駆け出した。そして勢いそのままに殴り掛かる。
「おらぁっ!!」
「おっと」
しかし、次郎の放った一撃は難なく避けられてしまう。次郎は続けて二撃、三撃と攻撃を繰り返すが、いずれも回避されてしまう。
「……くそっ、ちょこまかと動き回りやがって」
次郎は忌々し気に呟く。しかし、状況としては悪くないものだと次郎は感じていた。
相手の男は次郎の攻撃を避けてはいるものの、何とかすれすれで躱しているといった様子で、次郎の攻撃を完璧に避けきれている訳ではない。
このまま攻め続けて時間を掛ければ、いずれは体力切れを起こして捉えられる筈だと次郎は考えていた。
だが、そう考えていても次郎の心の中には不安の影が広がっていた。
(おかしい……何故にこうも追い込まれているというのに、あの野郎は余裕の態度を崩さないんだ)
そう、それが次郎には気になっていた。これだけの攻防を繰り広げているというのに、男には焦りの色が全く見えない。
それだけならまだしも、次郎には男の顔には余裕すら感じられるような気がしていた。
(何かが変だ。この状況でどうしてあんな顔を出来る)
次郎は違和感を覚える。だが、その答えが分からず、次第に苛立ちを募らせていく。そして、次郎の心に揺らぎが生じ始めたその時だった。
「この、野郎っ!!」
「ぐあっ!?」
次郎の放った蹴りが吸い込まれる様に男の腹部に直撃した。その衝撃と威力により、男は吹き飛ばされてしまう。
「はぁ、はぁ……やっと当たったぜ。随分と手こずらせてくれたな。もう観念したらどうなんだ?」
次郎は息を荒げながら男の事を睨みつつ歩み寄る。その視線の先には、腹を抱えながら苦しそうに咳き込んでいる男の姿があった。
次郎の渾身の蹴りを受けた事で、男は相当なダメージを負っていた。普通であれば、その痛みでまともに動けないはずだ。
しかし、それでも男は立ち上がる。そして、次郎の方へと向き直った。
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