気さくなアロハ男にご注意を



 ******



「……あちこち回ってみたが、手掛かりは何も見つからねぇな」


 日も既に落ち、辺りが暗くなり始めた頃。人気のない寂れた公園のベンチに座りつつ、愚痴を零す様に次郎はそう呟いた。


「まさか、こんなに見つからないなんてな。ここまで来て収穫無しってのはキツイな」


 次郎は苛立たしげに舌打ちをする。路地裏から出た後、しばらく歩き回った次郎であるが特に成果は得られなかった。


 何も得る事も無く、徒労に終わった事を落胆するかの様に次郎は肩を落とした。


(そもそも、ここ最近色々とあったせいで体力的にも精神的にも疲れているんだよ……今日はこれぐらいにして切り上げて、早く帰って風呂入って寝るか)


 そう呟きながら次郎は天を仰ぎ、眉間に指を当てて揉む。そうやって少しだけ休憩していた時だった。


 疲労が蓄積されている事で思考力が鈍っている事もあってか、今の自分の状況を冷静に見る事が出来ていなかった。普段であれば決してしないであろう行動を取る事となる。


 それは、自分の背後に誰かがいる事に気づいていない事。


「よう、そこのやんちゃそうな坊主」


「……ッ!?」


 背後から突然聞こえてきた声に次郎はビクリとして振り返ると、そこには場違い感が溢れ出るアロハシャツを着た一人の男が立っていた。


 年齢は30代前半ほど。くすんだ灰色をした髪をざんばらにしており、黒色のサングラスを掛けているのが特徴的だった。体格はがっしりとしており、見ただけで相当に鍛えられている事が分かる。


 そして煙草を緩く口に咥えている……かと思った次郎ではあったが、それは良く見ると棒付きの飴玉であった。その様を見て次郎は何とも言えない気持ちになった。


(こいつ……胡散臭い)


 直感的に目の前の人物を怪しく思う次郎であった。しかし、警戒を解く事は決してしなかった。何故なら疲れているとはいえ、次郎が相手の接近に気づけなかった事。その事実が次郎に警鐘を鳴らしていた。


「……あんた。一体、何者だ?」


 次郎が相手を睨みながらそう問い掛ける。


「おっと、そう怖い顔をするなって。別に取って食おうって訳じゃねぇんだからよ」


「……」


「いやいや、そんなに睨まないでくれよ。おじさん、悲しいよ。こう見えても、結構傷つきやすい性格なんだからよ」


 そう言って悲壮な表情を浮かべる男であったが、次郎は全く信用していなかった。


「……ふざけてるのか?」


「おいおい、勘弁してくれよ。これでも、真面目に答えているつもりだぜ」


 次郎の鋭い視線を受けた男は両手を上げると、参ったと言わんばかりにおどけて見せた。


「……それで、結局アンタは誰だ。俺に何か用でもあるのか」


「ああ、そうだ。その通りだ。ただ……訳あって名前を告げる訳にはいかないんだ。悪いな」


「……いや、全然悪びれてないじゃないか」


 次郎は呆れ果てた様子でため息を吐く。どう考えても名前を名乗れない理由など無い筈なのだが、この男の態度から察するに本当の事を言っている様には思えなかったのだ。


「まあ、いい。それで、俺に何の用があるんだ?」


「なぁに、大した事じゃない。お前さんが抱え込んでいる悩みを解決してやるだけだよ」


「……悩みだと?」


「そうさ。例えば―――最近ここら一帯を騒がせている不良襲撃事件の事とか、な」


「……」


 男の口から発せられた言葉に次郎は無言のまま目を細める。その様子を見つめる男は次郎が無言である事に対して気にする素振りは見せておらず、寧ろどこか愉快そうに笑っていた。


「はっはっは。そんなに身構えなくても良い。俺はお前さんの味方だ」


「……信じられないな」


「だろうな。でも、俺はお前さんの敵じゃないって事は信じて欲しい」


「……仮にあんたが本当に俺の味方だというのなら、どうしてその名前を明かせないんだ?」


「それについては、まあ色々と事情があってな。そこは深く聞かないで欲しい」


「そうかよ。それで、俺の抱える問題を解決すると言ったが、具体的には何をしてくれるんだ?」


「なに、簡単な事さ。この事件について、あと数日の内に俺が解決をしてやる」


「……何?」


 次郎は数日の内に解決するという男の言葉に引っ掛かるものを感じた。それは奇しくも、今朝の登校時に雪乃が口にしていた言葉と同じだったからだ。


「だから、お前さんはこれ以上の事は何もしなくていい。それだけで、この件に関しては全て片が付く」


 ニヤリとした笑みを浮かべながら男はそう言い切っていた。そんな態度を見せられて、次郎は怪訝な顔をして男を睨みつける。


「随分な自信だな」


「当然さ。こっちはプロだからな。素人に毛の生えたお前さんとは違う。俺に任せれば万事上手くいく。絶対にな」


「……もし、断ったらどうなる」


「あぁ、断らない方が良いと思うぞ。その場合は、多分だが……大変な目に遭う事になる」


「大変な目に遭う……か。それは脅しのつもりか」


「まさか。お前さんの事を思って忠告しているだけだ。ここで大人しく俺の言う事を聞いておけば、お前さんは面倒事に首を突っ込まずに済む。平穏無事に過ごせる。そして大好きな彼女と青春を満喫しながらイチャコラ出来たりするぞ」


 男は楽しげに笑いつつ、まるで悪魔が囁きかける様な口調で次郎に語り掛けてくる。その様子に次郎は背筋に寒気が走るのを感じていた。


(こいつ……ヤバいな)


 次郎は目の前にいる男が危険な存在である事を本能的に感じ取っていた。同時に、この男の言葉に従わなければ自分が危うい状況に陥る事も。


 確かにこの男の言う事に従っておけば、自分は楽が出来る。もう面倒事に首を突っ込まなくても済む。しかし、それでも次郎は屈する訳には行かなかった。それは次郎なりの意地でもあった。


「断る。余計なお世話だ」


「ほう。そうかい」


 否定する次郎の返事に対して、男は特に驚く事も無く平然としていた。まるでそうなる事が分かっていたかの様に。


「意外だな。普通なら、ここは従う場面だと思うんだけどな」


「生憎、俺は誰かに頼りっぱなしってのは性に合わないんでね。それに、あんたみたいな散臭い奴の話を鵜呑みにする程、馬鹿じゃないんだよ」


 次郎は目の前の男を睨みつけながらそう答える。その瞳には強い意志が宿っており、自分の考えを変える気は一切ないという意思が表れていた。その反応を見た男は面白そうに笑う。


「ふむ。中々に肝が据わっているみたいだ。その歳でその胆力とは、将来大物になるかもな」


「うるせえ。それと一つだけ、訂正させて貰うが―――俺に彼女はいない。よってあんたの言うイチャコラする相手もいない。残念だったな」


「……ん?」


 次郎の反論を聞いた男は不思議そうに小首を傾げると、次郎をまじまじと見つめ始めた。


「おい、何だよ。人の顔を見て、変な声を出して」


「いや、何。お前さん、彼女いないのか? それか好きな人とかいたりしないのか?」


「あ? いねぇよ。悪いか?」


 次郎は不機嫌そうに眉間にシワを寄せながらそう答えた。


「いや、悪くはないけどよ……あれー、おかしいな。聞いてた話と違うんだが。えぇ……」


「……何の話をしているんだ」


 困惑する男を次郎が不審そうに見つめる。すると、男はハッとしてから気を取り直した様に咳払いをした。


「……ゴホン。あ、あー、いや、なんだ。こっちの話だから気にすんな。うん。別に彼女がいなくても、好きな人がいなかったとしても大丈夫だ。うん。青春万歳」


「だから何を言ってるんだあんたは!?」


 妙に焦り始める男の様子に次郎はますます不信感を募らせる。その一方で男は次郎に聞かれてはまずいのか、必死に誤魔化そうとしていた。


「いや、本当に何でもないんだって。だからあまり追及されてもおじさん困っちゃうから止めてくれよ。こう見えてもナイーブな心の持ち主なんだぜ」


「だったら最初から聞くんじゃねえよ!」


「まあまあ、落ち着けって。そんなに怒鳴ると血圧が上がるぞ」


「誰のせいだと……! ……ちっ、矢島の奴といい、いい加減にしろよ」


 次郎は苛立ちを抑える様に息を吐く。その様子に男は苦笑する。


「おっかないな。まあ、いいや。とりあえず、お前さんの意思は分かったよ。でも、俺の言う事も一応は気に留めておいてくれ。この事件が危ない事には変わりないからな。下手をすれば命に関わる」


「……」


「それじゃ、俺はこれで失礼するよ。もし機会があれば、また会おうな」


 男はそう言い残すと、次郎に背中を向けてその場を去って行った。


「あいつ、一体なんだったんだ……?」


 次郎の疑問に答える者は誰もおらず、その呟きは虚空の中に消えていった。

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