捜索開始



 ******



「はぁ……」


 一限目の授業を終え、休み時間に突入。その途端に、次郎は大きく息を吐きながら机の上に突っ伏す。


 その様子を見てか、次郎の元にへと歩み寄ってきた智也が不思議そうに口を開く。


「おいおい、どうしたんだよ、次郎。随分とお疲れの様子だけど」


「……あぁ、ちょっとな」


 智也の問いに、次郎は気怠げな声で答える。それを聞いた彼は少し考えるような仕草をした後、口を開く。


「もしかして、あれか? 確か昨日、生徒会に呼び出しくらってたけど、それ関連で何かあったとか?」


「……」


「それとも、帰り際に八坂高校の連中とどこかへ行っただとか、あいつらと死闘を演じただとか噂になってたけど、それ関連の事とかか?」


「……ノーコメント」


「あっ、やっぱりそうなのか?」


「だから、ノーコメントだ」


「おお、そっかー。そうなんか。そりゃ、大変だったな」


 智也は軽い口調で言うが、その表情はとても楽しそうである。その事に次郎はジトッとした視線を向ける。


「他人事だと思いやがって……」


「まぁ、実際に他人事なんだけどな。俺は別に不良でもないから呼び出しも他校の連中に因縁つけられる事も無いし」


「はいはい、良いご身分な事で。全く……俺の苦労を少しでも味わってみろってんだ」


 次郎は不機嫌そうに言うと、より一層大きな溜息を吐く。


「それで、結局は何があったんだ?」


「……何度も聞かれたところで、言わねぇよ」


「おぉ、頑なだな。でも、気になるから教えてくれよ」


「絶対に言わねぇ」


「……ちぇっ、ケチだな」


 智也は不満そうな顔をしながら口を尖らせる。そんな彼の反応に次郎は鼻を鳴らす。


「おっ、そうだ。次郎、今日の放課後空いてるか? もし暇なら一緒に遊びに行こうぜ」


「あぁ? 何でだよ」


「いやさ、今日は女の子達との予定も無いしさ。折角だし、出会いの無い暇そうな次郎と遊ぼうと思ってよ」


「断る」


「即答!? ちょ、もうちょっと考えようよ!」


 あまりにも早い返事に、思わず智也が声を上げる。その様子に次郎は鬱陶しそうに舌打ちをする。


「うるせえな。こっちはお前が考えているほど暇じゃねぇんだよ。遊びたいなら一人で遊びに行ってくれ」


「冷たい! 酷すぎるよ、次郎君!」


「気色悪い呼び方すんじゃねえよ」


「そんな事を言われたら傷つくよ。俺の心はガラスのハートなのに」


 智也のわざとらしい反応に次郎はうんざりとした気分を抱く。


「勝手に傷ついてろ。とにかく、俺は色々と忙しいんだ。悪いが、他を当たってくれ」


「そんなつれない事を言わないでさ~。お願いだから、なっ?」


「……」


「あぁ、そんな怖い顔をすんなって。分かったよ、分かりましたよ。そんなに嫌だって言うんだったら諦めるよ。けど、今度埋め合わせはして貰うからな」


「へいへい、了解しましたよ」


 次郎は投げやりな態度でそう返す。


「よしっ、約束したからな。忘れるんじゃないぞ」


「はいはい」


 適当に相槌を打ちながら、次郎は自分の側から離れていく智也の背中を見送る。


「はぁ、やっとうるさいのがいなくなった」


 そして智也の姿が見えなくなった所で、次郎はそう呟きながら再び大きく息を吐く。


「しかし、遊びにか……しばらくはそんな余裕も無さそうだな」


 次郎はそう口にした後、制服のポケットから自分の携帯電話を取り出すと、タッチパネルを操作して地図アプリを開く。


 アプリが起動すると、自分の現在位置周辺の地図が表示され、次郎は更に操作をして自分の周辺から八坂高校の周辺にへと切り替える。


「この辺り、だよな」


 そしてある地点へ辿り着くと、次郎はそこで操作を止める。


「情報によると、この辺りで八坂の連中が襲われたみたいだな」


 そう言って、次郎は自分が見ている画面を睨む。


「高橋の奴が言ってたうちの生徒が襲われたって話も、どうも学園周辺というよりかは繁華街の方……八坂とうちの間の辺りで起きているみたいだしな。今朝はそれほど手掛かりは見つけられなかったし、放課後はその辺りを中心に探ってみるか……」


 次郎はそう独り言を口にしながら、携帯電話の電源を落とすと、再び制服のポケットにへと戻した。


「……それにしても、一体誰が何の目的で襲ってるっていうんだよ。全く、こんな面倒事なんて起こしやがって」


 次郎は小さくそう口にすると、椅子の背もたれに体重をかけて天井を仰ぐ。


 その表情は苛立ちに染まっており、眉間に深いシワが刻まれている。


「……ったく、どうしてこうなったんだかな」


 やがて、次郎の口からそんな言葉が漏れ出る。それは自分が置かれている状況に対しての言葉であり、それを口にする彼の表情からは困惑の色がありありと感じられた。


 そして次郎が悩んだり困惑しているうちに時間はどんどんと過ぎていき、やがて放課後の時間となった。


 次郎は荷物を纏めて学園を出ると、予定通りに八坂高校の方角に向けて歩を進めていく。


「さてと、どこから見て回るか……」


 歩きながら、次郎は思考を巡らす。


「とりあえず、襲われた場所を回ってみるか……もしかすれば、何かしらの手掛かりがあるかもしれないしな」


 次郎はそう決めると、早速その場所に向かって移動していく。その道中で次郎は周囲の様子を窺いながら、特に怪しい人物がいないか注意を払っていた。


(……今のところ、変わった様子は無いな)


 しばらく歩いているが、周りに不審な人物は見当たらない。その事に次郎は安堵の息を漏らすが、すぐに気を引き締め直す。


「っと、ここか」


 そして次郎は目的の場所に辿り着き、足を止めた。そこは大通りから少し外れた路地裏であり、人気の少ない場所である。次郎の目の前には、スプレーで落書きされた壁と、ゴミが散乱する地面が見える。


「ここで八坂の連中が襲われたのか」


 次郎は周囲を見回しながらそう口にする。警戒を強めている事もあってか、その表情は険しい。


「確かに、あまり人が来ない場所ではあるけど……それと言って目立つ様な特徴のある所でもないよな。八坂の連中を襲った連中の手がかりが見つかるとは思わないが、一応調べておくか」


 そう言うと次郎はこの辺りに遺留品が無いかと探し出す。しかし、いくら探そうとあるのは空き缶や空き瓶、萎れてしまって古びた雑誌といったゴミばかり。既に捜査し終えた場所なのか、目ぼしい手掛かりといったものは見つからない。


「やっぱり、何もないか……」


 次郎は溜息を吐きながらそう呟く。だが、その時であった。


「……ん?」


 少し離れた場所からこちらに向けて足音が聞こえてきた事に気が付き、次郎はそちらにへと視線を向ける。


 すると、現れたのは二人の男子生徒。チャラついた格好をしている彼らは八坂高校に通う不良生徒達であった。


「確かここで……って、あっ! お前は草薙学園の山田次郎!!」


「何でお前がここにいるんだ! ここはうちの縄張りって分かってんのか!?」


「……面倒な奴らが来やがった」


 開幕早々で不良達に絡まれた次郎は心底嫌そうな顔を浮かべた。


「おい、聞いてんのか! こらあっ!!」


「うるせえな。お前らに構っている暇なんか無いんだよ」


「なんだと、テメェ!」


「ふざけてんのか!?」


 不良達は次郎の態度に怒りを露わにする。それに対して、次郎は呆れたような目を不良二人に向ける。


「というか、ここで何をしてやがる! ここはよそ者のお前なんかがいていい場所じゃねぇぞ!!」


「いや、おい待てよ。確かここで先輩達は何者かに襲われたって話だったよな?」


「あぁ、そうだよ! 誰だか分からない金髪の野郎に冴島さん達はボコボコにされて、今もまだ病院通いの生活を送ってんだよ! それが一体、どうしたっていうんだよ!」


「こいつ……金髪だっ!! それに、何かで聞いたけど……犯人は現場に戻ってくるとか、どうとかって言うんじゃなかったか!?」


 不良の一人がそう叫ぶ様に口にした瞬間、もう一人の不良の顔が一気に青ざめる。そして彼は慌てて懐に手を入れると携帯電話を取り出してどこかに連絡を取り始めた。


「もしもし! すいません、矢島さん! 実はちょっとヤバい事になってまして……」


 不良の一人は焦燥とした口調で電話の向こうにいる相手に対して話し掛ける。そして通話をしながら来た道を戻っていき、次郎の視界から消えていった。


 残されたもう一人の不良は次郎の事を怯えた目で見つめていた。


「こ、これでお前も終わったぜ! 矢島さんがの手に掛かれば、絶対にタダでは済まないからな!!」


 不良は震える声で次郎にそう告げる。怯えながらも勝ち誇った様な顔に変わる不良であったが、そんな様子を見た次郎は可哀想なものを見る様な眼差しを不良に向けた。


「言っとくが、矢島とはもう既に話がついているから、呼び掛けたところで無駄だぞ。あいつは俺が犯人じゃない事は分かっているからな」


「え、えっ? それって、どういう事だ……?」


「だから、俺はお前らの学校の不良共を襲った犯人じゃないって事だよ。全く矢島の野郎、何でその辺の事情が末端まで伝わっていないんだよ」


「な、なら、どうしてここにいるんだ……?」


 不良は次郎が嘘を言っているのではないかと疑う。しかし、次郎の目は真っ直ぐなものであり、とてもではないが嘘を言っている雰囲気ではなかった。


「そりゃ、犯人捜しに決まってるだろ。下手すればこっちにも危害が及び兼ねないからな。ま、残念な事にその手掛かりは何も見つからなかったんだけどな」


「そ、そうなのか……」


「それで、この辺りで怪しい奴は見かけたりしなかったか?」


「……い、いえ、見てないです」


「本当か? 本当に何も知らないんだな?」


「ほ、本当ですよ……!」


 次郎に睨みつけられた不良の男は必死に首を縦に振る。その反応を見た次郎は小さく息を吐き出すと、不良の男に背を向けた。


「なら、もうここに居座る必要も無いな。邪魔をしたな」


 次郎は不良の男の脇を通り抜け、その場から離れようとする。その途中で次郎はふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、お前といたもう一人だが……まだ帰ってこないが、いつまで電話しているんだ。間違った情報流されても困るから、さっさと終わらせる様に言っとけよ」


 それだけ言い残すと今度こそ、次郎はその路地裏から出ていった。


 その場に取り残された不良の男は暫くの間その場で立ち尽くしていたが、やがて彼は次郎に言われた事を実行しようともう一人の不良の下にへと駆け寄っていくのであった。

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