喧嘩番長は告白したい


「……はぁ!?」


 矢島の言葉に、次郎は驚きの声を上げる。その反応に構わず、矢島は次郎に詰め寄った。


「頼む、山田! とりあえず、一度だけで良いんだ! 一度だけでいいから彼女と話す機会を作って欲しい!」


「いや、ちょっと待て! お前、その女性ってうちの生徒の事かよ!!」


「当たり前だろ! だからお前に頼んでいるんだろうが!!」


「んな事言われても知らんわ!! そもそも、その生徒って誰の事だよ!!」


「お前の学園の生徒会長の事じゃあ!!」


「って、はぁ!??」


 矢島の答えに、次郎は素っ頓狂な声を上げた。まさかの相手に驚愕する次郎をよそに、矢島は次郎の肩を掴む。


「山田、お前だけが頼りなんだ。俺はあの学園にお前以外の知り合いなんていない。お前以外に俺の願いを叶えられる奴はいないんだよ!」


「ちょ、落ち着けって矢島。まずは一旦離れろ」


 必死の形相で懇願する矢島を、次郎は何とか引き剥がす。それから次郎は頭を掻きながら大きく息を吐いた。


(この馬鹿……よりにもよって相手が四条だったとは)


 次郎は心の中でそう呟きつつ、どうしたものかと考える。そして学園を出る前、矢島達と会う少し前の雪乃との別れ際での会話の事を次郎は思い出してしまう。


『山田君は今、好きな人……もしくは付き合いたい異性の方はいらっしゃいますか?』


 その質問の意図を読み取れず、考えるの止めていたのだが、見事に目の前の男によってそれを掘り返されてしまった。


 ばつが悪くなったからか、次郎はまた自分の頭を大きく搔きむしった。


「なぁ、矢島。一応、確認するが……お前のその、好きな相手というのはうちの生徒会長の事で間違いないんだな?」


「あぁ、そうだ。間違いない。名前までは聞けなかったが、誰かがあの女性の事を生徒会長だと言っていたからな」


「そうか……」


 矢島の返答に、次郎は腕を組んで悩む。その様子を見て、矢島は不安そうな顔を見せた。


「山田、駄目なのか? 俺の心からの頼みを聞いてくれないのか?」


「……」


 悲痛な声で訴える矢島に対し、次郎は目を瞑りながら思考を巡らせる。


(さっきの告白といい、こいつ……マジで俺に四条を紹介して欲しいみたいだな)


 もはや番長というプライドでさえ捨てる様な矢島のから懇願に、次郎は何度目かのため息を漏らした。


「というか、お前な。何で俺に頼めばうちの生徒会長……ああ、もう面倒だ。四条と引き合わせて貰えると思ったんだ? お前が考えている程、俺もあいつとはあまり接点無いからな」


「ほう、なるほど。お前のところの生徒会長は四条さんというんだな。何とも優雅な響きを感じる姓名だな。それで、下の名前は何というんだ?」


「うるせえ! それぐらい自分で調べろ!! それよりもこっちの質問に答えやがれ!!」


「いや、お前はあの学園では頭みたいなものだろ。なら、生徒会長の彼女とも対等な立ち位置にいるはずだからな。そこから何かしらの繋がりを持っていてもおかしくはないと思ったからだ」


「何だってそうなるんだよ!? 一般生徒の俺と生徒会長であるあいつの立場が同等とかどんな理屈だ!? うちはお前らのところみたいな不良学校とは違うんだよ!! 一緒にして考えるじゃねえ!!」


 次郎は見当違いな矢島の言葉に怒鳴り散らすが、矢島は全く動じない。


「おいおい、そんなに怒る事もないだろ。血圧が上がるぞ」


「誰のせいだと思っていやがる!! 」


 まるで反省の色を見せない矢島の態度に、次郎は思わず声を荒げる。しかし、矢島はどこ吹く風といった様子である。表情を変えずにただただ次郎を見据えていた。


「なあ、山田。俺はこの上なく真面目に話している。真剣なんだ。俺のこの想いが本物だと証明する為にも、俺は彼女と直接話したいんだ。頼む、何とかしてくれ」


「うぐっ……」


 真っ直ぐに次郎の目を見て、矢島は真剣に頼み込む。その真摯な態度に、次郎は思わずたじろいでしまう。


「まあ、無理にとは言わないが……お前が協力してくれるのならば、俺もそれなりに礼はするつもりだ。だから、お願いだ。俺を救うと思って手助けしてくれ!」


 深々と頭を下げ、必死に懇願する矢島。その姿を見て、次郎は顔をしかめた。


 ここまでする矢島の気持ちを無下にしてしまうのは、流石に次郎も気が引けてしまう。


 だが、だからといってここで簡単に承諾するわけにはいかない。次郎にとって、矢島の頼み事はあまりにも受け難い内容だからだ。


「……悪いが、お前の頼みを受け入れてやる事は出来ない」


 結局のところ、次郎は考えた末にそうした答えを矢島に向けて口にしていた。


 元々、雪乃の事な苦手である次郎は先程の雪乃との会話、やり取りを経て更に苦手意識を強くしていた。だからこそ、彼女との間を取り持つような事をする気には到底なれない上に、関わりたくないと思ってしまった。


「どうしても、か?」


「どうしても、だ」


 次郎の返答に、矢島は小さく息を吐く。


「……そうか、分かった。お前の言う通り、確かに俺の一方的な都合を押し付けるのは良くないな。済まない、忘れてくれ」


 矢島はそう言って、次郎に背を向けた。


「話はそれだけだ。邪魔をした」


 背を向けながら矢島はそう口にし、その場から立ち去ろうとする。


 しかし、彼はしばらく歩いてからその歩みを止めると、顔だけ振り返って次郎を見た。


「山田」


「あん?」


「これは俺の頼みとは関係ない話だが……不良共を襲う謎の襲撃事件。うちだけじゃなく、お前さんも狙われる可能性は十分にあるから気を付けろよ。特にお前は俺達と違って一人だからな。襲われたらひとたまりも無いだろう」


「あぁ、分かってるよ。忠告ありがとよ」


 次郎が素直に感謝を述べると、矢島は再び歩き出す。


 そして、彼の姿が見えなくなるまで見送ると、次郎は大きくため息を吐いた。


(まさか、矢島の奴が四条を好きだったなんて……予想外だったぜ)


 次郎は自分の頭を掻きながら、これからどうしたものかと考え始める。


(矢島の恋路についてはさておき、襲撃事件についてはまだ何も分かっていない。このまま放っておくのは危険過ぎるな)


 次郎は顎に手を当てながら、思考を巡らせる。


(八坂の奴らを襲撃してきた奴がまた現れる前に、何とかしないと……)


 考えを纏め終えた次郎は、踵を返して帰路につく。


 それから自宅に着くまでの間、次郎はずっと頭を悩ませ続けていた。




 ******




 踵を返して河川敷から去っていく次郎。そんな彼の背中を遠くから見つめる影が一つ。


「……」


 それは長身の男だった。次郎よりも遥かに大きく、そして鍛えられた肉体を持ち、灰色に染まった髪と浅黒く焼けた肌が特徴の男であった。


 男は次郎の姿が完全に見えなくなったところで、動きを見せた。懐から真っ黒な年季ものの携帯電話を取り出すと、慣れない手つきでボタンをゆっくりと操作してある相手にへと電話を掛ける。


 数回のコール音が鳴った後、相手が出たらしく男はやや緊張した面持ちで口を開いた。


『はい』


「俺……いえ、私です。例の件について報告があります」


『そうですか……分かりました。ですが、少し待っていて下さい。今は手が離せませんので、手が空き次第またこちらから掛け直します』


「分かっ……いえ、了解しました。引き続き監視を続けながら、連絡をお待ちしております」


『ごめんなさいね。なるべく早く終わらせるから。……では、失礼します』


 相手がそう口にすると、通話が切れてプーッという電子音だけが響いていた。その音を耳にしながら、男は手に持っていた携帯をポケットに仕舞い込んだ。


 そして男は疲れたとばかりにため息を吐くと、次郎が歩いていった方向へと視線を向ける。

 

「全く、面倒な事になったもんだ」


 男はボソリと呟き、再びため息を漏らす。


「まあ、良い。これも仕事だ。俺自身が決めた事でもあるんだから、やるしかない。全てはあいつの為なんだからな」


 自分に言い聞かせるように独り言を漏らすと、男は次郎の後を追うように歩き出した。

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