不良共の集い
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「……はあ、全く何なんだ、あいつは」
雪乃と別れ、生徒会室を後にした次郎は愚痴を漏らしつつ、頭を掻きながら廊下を歩く。
(それにしても……あの女。どうして、あんな質問をしてきたんだ?)
次郎は困惑しながらも、雪乃の質問の真意を考える。どうしてあの四条雪乃があんな質問をしてきたのか。しかし、いくら考えた所でその意図を理解する事は出来なかった。
「……ったく、考えていても仕方がない。取り敢えず、帰るか」
次郎は考える事を止め、帰路につく事を決める。昇降口にへと移動をし、下駄箱で靴を履き替えて外に出る。そして校門を抜けて敷地の外にへと出ようとしたその時だった。校門の両脇からまるで次郎を待ち構えていたかの様に数人の男が現れる。
彼らは次郎とそこまで変わらないぐらいの年頃で、その服装は制服を身に付けているが、草薙学園のものとは違うデザインをしている。つまり、彼らは他校の生徒であった。
次郎は唐突に現れた男達の顔ぶれを見て、徐にため息を吐いた。そうした次郎の態度に、男達は険しい表情を浮かべてみせた。
「誰かと思えば、隣町の
男達の顔、そして服装を覚えていた次郎はそう口にする。八坂高校は隣町にある学校の一つであり、近隣では不良生徒が多い事で有名である。
そして次郎はこの学校の生徒に何かと因縁をつけられて喧嘩を吹っ掛けられる事が多々あったので相手の顔等を覚えていたのであった。
「しかも下の連中じゃなくて、幹部クラスが勢揃いとはな。お前ら揃いも揃って、ここに何をしに来たんだ?」
「決まってんだろうが! 山田次郎、テメエをぶっ潰す為に来てやったんだよ!」
先頭に立っていた男が怒りを露わにして、次郎を睨みつける。それに合わせて後ろに控えている他の面々も次郎を鋭く睨みつけてきた。
「ぶっ潰す……って、あのな。こっちはそんな暇も無いし、そもそもお前らと喧嘩をする気なんか無いんだが」
「お前にそんな気があろうが無かろうが、こっちにはあるんだよ!」
次郎の言葉に対して、八坂高校の生徒の内の一人が怒声を上げる。他の者達も一部を除き、その言葉に同意する様に何度も首を縦に振っていた。
「いや、俺には関係ないだろうが。悪いが、今の俺にはお前らに構っている暇は無いぞ」
「うるせえ! いいから、黙って殴られろよ、オラァ!!」
八坂高校の生徒はそう叫びながら、次郎に向けて拳を振り上げて殴り掛かろうとした。しかし―――
「止まれっ! この馬鹿たれがっ!!」
八坂高校の男達の一人、次郎から見て一番奥に立っていた男が殴り掛かろうとした生徒に向けてそう声を上げた。その瞬間、振り下ろしかけた右腕がピタリと止まる。
「や、
「阿呆、落ち着け。こんな学園の目の前という目立つ場所で暴力沙汰を起こしてみろ。下手すりゃ通報されて、警察のお世話になる事になるぞ。それぐらい、少し考えれば分かるだろうが」
「うぐぅ……で、でもよぉ」
「お前らの逸る気持ちは分からんでもないが、ここは抑えてくれ。今、問題を起こすのはマズイ」
矢島と呼ばれた男は諭す様にして、仲間を宥める。そして矢島の言葉に従う様に、八坂高校の生徒達は渋々とだが、大人しく引き下がる。そして矢島は次郎の前にへとゆっくりと歩いていった。
「悪いな、山田。こいつらが勝手に先走って迷惑を掛けた」
「……まぁ、別に良いけどさ」
自分の目の前に立ち、謝罪の言葉を口にした矢島を次郎はそう言って受け入れる。しかし、受け入れはしつつも警戒をする事は止めなかった。
(
矢島は八坂高校の不良生徒達を纏める立場にいる男であり、今の世の中において時代錯誤とも思える番長を称している男でもある。
だからこそ、次郎は彼がわざわざ自分の前に現れたという事に違和感を覚える。
矢島は番長という立場にいながら、その性格は実に現実的であり必要以上の争い事を好まない。そんな彼ではあるがその腕っぷしの強さは本物であり、八坂高校の不良達を束ねるだけあって実力も高い。
そんな男が他の不良達を連れ、隣町にある草薙学園まで足を運び、次郎の前に現れた。それは只事では無く、彼は用心深く相手の様子を伺う事にした。
「それで……一体、何の様だ? まさかとは思うが……俺に喧嘩でも売りにきた訳じゃないよな」
「ああ、違う。本来であれば、俺はお前と争う気なんて無いからな。だが、場合によっては……そうなってしまう可能性もある」
「どういう意味だよ」
「それはだな……」
矢島はそこで言葉を区切ると、周囲を見渡す。そこには校舎から出てくる生徒達がおり、彼らの視線は自分達の方にへと向けられていた。
矢島はその事に気づくと、小さく息を吐く。それから彼は再び次郎の方へと向き直ると、口を開いた。
「……場所を変えよう。ここだと話しにくい内容だからな。悪いが、付いて来てくれるか?」
矢島の提案に次郎は面倒臭そうな表情を浮かべるが、ここで断っても無駄だろうと思い溜息を吐くと、ゆっくりと首肯をして了承する。それを見た矢島は苦笑いを浮かべた。
「おい、どこに行くつもりだ?」
「取り敢えず、近くの河川敷に行くぞ。あそこは人通りが少なく、丁度良いだろう」
矢島は次郎の問いに答えると、彼の後を追う様にして移動する。その後を残りの八坂高校の生徒が続く。
そして次郎は最後尾で彼等の後に続く。その道中、八坂高校の生徒達の何人かがチラリと次郎の方を振り返り、彼を睨む様な目つきで見つめていた。
(本当に何の用があるっていうんだか)
心の中で呟きながら、次郎はまた溜息を吐く。しかし、その心中では彼らに対する苛立ちを募らせていた。
不良生徒が多い八坂高校の生徒達は基本的に血の気が多く、気性が荒い者が多い。そんな彼等に絡まれる事は日常茶飯事であり、次郎にとっては慣れっこであった。
しかしながら、今回はその不良生徒達を纏める番長である矢島がわざわざ自分の前に姿を現して、自分に絡んでくる。その事実に次郎は嫌な予感を覚えずにはいられなかった。
「着いたぞ。此処なら誰もいないから、話をするのには最適の場所だろう」
八坂高校の不良生徒達を連れて、矢島は次郎をある場所に連れてきた。その場所は住宅街から離れた場所に存在する大きな河川の近くであった。
川の流れが穏やかであり、人通りも少ないこの場所は、次郎も何度か訪れた事があった。
「確かにそうだな。で、結局の所、お前は何がしたいんだ?」
「……」
次郎の問い掛けに矢島は何も答えない。その代わりに八坂高校の生徒の一人が一歩前に出ると、次郎を睨みつける。
「テメェ、ふざけてんのか! 俺達を馬鹿にしているのか!? ああっ!?」
「落ち着け。そんな事では話が進まん。お前らは一旦黙っていろ」
「ぐぬっ……」
矢島にそう言われ、八坂高校の生徒は歯噛みしながら黙り込む。その様子を見て、矢島は小さくため息を漏らすと、次郎の方を向く。
「さて、山田。俺がここまで足を運んだのはお前に聞きたい事があったからだ」
「聞きたい事? それってどんな内容なんだ?」
「……うちの生徒を、俺の舎弟達を襲ったのは、お前の仕業か?」
「……はぁ?」
矢島が口にした言葉を聞き、次郎は思わず素っ頓狂な声を上げる。そして次郎の反応を見て、矢島は僅かに眉間にシワを寄せた。
「先日の話だ。舎弟達が夜道を歩いていた際に突然何者かに襲われた。舎弟達はその襲ってきた相手が金髪の男だったと言っていた」
「金髪の、男?」
「そうだ。顔までは見えなかったが、金髪で体格の良い男だったらしい。舎弟達もその事から襲ってきたのはお前ではないかと思った様でな。それで確認の為にこうして来たんだよ」
矢島の説明を聞いていた次郎は、その説明を聞いて段々と状況を把握していった。
(つまりは、襲撃犯を俺だと勘違いした八坂高校の不良共が俺に報復をしようとしたという事なのか)
そう結論付けると、次郎は呆れた様子を見せる。先程から敵意を剥き出しにしている不良達が、何故に喧嘩腰だったのかその理由が分かったからだ。
「さぁ、どうなんだ山田。俺の質問に答えろ」
矢島のその問いに、次郎は無言で肩をすくめる。その態度に矢島は目を細めた。
「……山田、その反応はどういう意味だ? 何か言いにくい事情でもあるのか?」
「別にそういう訳じゃねぇよ。ただ、その件に関しては完全に誤解だ。そもそも、俺はお前の舎弟に手を出される事はあっても、こっちから手を出した覚えはない」
「本当か? その言葉を信じても大丈夫なんだろうな?」
矢島の疑いの言葉に対して、次郎ははっきりと首肯する。その事に矢島は小さく息を吐き、納得の表情を見せた。
「なるほど。嘘はついていないみたいだな、山田。疑って悪かった」
矢島は謝罪を口にすると、頭を下げる。そんな矢島の様子に、次郎は意外そうな表情を浮かべた。
「……随分とあっさりと信じるんだな。普通はもう少し食い下がってくると思っていたんだけどな」
「俺は元々、お前がやったとはあまり信じていなかったからな。お前みたいな男が闇討ちみたいな事をするとは思えないしな。ただ、こいつらがいる手前、ハッキリと否定も出来なかった。許してくれ」
そう言って矢島は次郎に向けてもう一度頭を下げた。そしてそれから振り返って自分が引き連れてきた舎弟達の方にへと視線を向ける。
「おい、これで分かっただろ! 山田は無実だという事が!」
矢島の声に舎弟の生徒達はビクリと身体を震わせる。その様子を見ながら、矢島は次郎に視線を戻す。
「すまない、山田。こいつらは血が上りやすく気が短い奴らだが、仲間想いで根は悪い奴じゃないんだ。だから、出来ればこいつらの事も許してやってくれないか?」
矢島の頼みに、次郎は少し考える。それから小さく息を吐くと、口を開いた。
「まぁ、頭であるお前がそこまで言うのであれば、仕方がないな。ただし、今後も俺に絡んでくる様なら容赦はしないからな」
「ああ、分かってる。その時は絡んだそいつらの責任だ。好きにするといい」
次郎の忠告に矢島は力強く答える。その返事に次郎は満足気に笑みを零した。
「よし、それならこの件はこれで終わりだ。お前らはもういいぞ」
矢島が後ろに控えている八坂高校の生徒達に声を掛けると、彼等は次郎を睨みつけながらもその場から離れていく。その光景を見ながら、次郎は納得のいかないを浮かべる。
(何でこんなにも嫌われているんだろうな)
そんな疑問を内心で抱きながら、次郎は矢島の方を見る。他の生徒達が帰っていく中、一人だけ動こうとしない彼をじっと見つめる。
「で、お前は他の奴らと一緒に帰らないのか?」
「ああ、まだ済んでいない用件……というよりも、頼みたい事があってな」
「頼みたい事?」
首を傾げる次郎に対して、矢島は大きく深呼吸をしてから次郎を見据える。
「山田。実は、俺には好いている女性がいる」
「えっ……」
突然の告白に、次郎は目を大きく見開く。まさか、この状況でその様な話をされるとは思っていなかったのだ。
「お前、一体何を言っているんだ?」
「いきなりの事で驚く気持ちは分かる。だけど、これは俺にとっては重要な話なんだ。だから、最後まで聞いてくれ」
困惑の表情を見せる次郎に、矢島は真剣な眼差しで語り掛ける。その迫力に次郎は思わず気圧された。
「……あ、ああ、分かったよ」
「ありがとう。それじゃ、続きを話すぞ」
次郎の了承を得ると、矢島は再び話し出す。
「俺がその女性を好きだと自覚したのは、少し前の事だ。その女性はとても美しくて、とても聡明で、とても優しくて、いつも周りの皆から慕われている。正直、初めて見た時はその美しさに見惚れてしまった。そして、同時にこの女性こそが自分の運命の相手なのだと確信したよ。彼女と付き合えるのならば、自分はどんな事でも出来るとさえ思った」
「お、おう……それで?」
次郎は訳の分からない告白をする矢島に戸惑いつつも、話の先を促す。
「ああ、それでこれは偶然なのだが、その女性が俺に微笑みかけてくれた時があった。その時俺は今まで感じた事のない幸福感が俺の心を満たしてくれていた。そして、それと同時に俺はその女性の事を守らなければならないと思った。俺が彼女を守る。彼女が傷つくのを、俺は絶対に許容出来ない。俺は彼女の為ならば、命を懸ける事だって厭わない」
「お、おおう……そうか」
熱の籠った口調で語る矢島に、次郎は若干引いていた。しかし、それに気づかずに矢島は続ける。
「それで、ここからが本題になるのだが……その女性は俺と同い年ではあるんだが、別の高校に通っていてだな。そんな彼女に部外者である俺は気安く近づく事が出来ない。でも、俺にはどうしてもその女性と直に言葉を交わしたいと思っている。そこで、山田。お前に頼みたい事がある」
「お前、それってまさか……」
「俺をその女性に会わせて欲しい」
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