最終話 錬金釜を覗き込むのは狼少女

最終話. 戦い終わって日常が戻る

 トランスタットの街が獣人族国家に占拠されてから半年が経過した。

 街では最初こそ混乱があったもののいまでは落ち着きを取り戻し、いままで通りの生活を送っている。

 困っていることがあるとすれば各種仕入れ先が変わった各商店くらいか。


 トランスタットが占拠された際、街の住人たちはトランスタットに残り獣人族国家の国民になるかトランスタットから去り人間族国家に行くかを選択する権利が与えられたらしい。

 一部の住人は人間族国家に戻っていったが、ほとんどの住人はトランスタットに残ったそうだ。


 冒険者たちもまた、トランスタットに残るか人間族国家に戻るかを選ぶこととなった。

 こちらは半数以上がトランスタットの街を去ったらしい。

 やはり、冒険者ギルドの体制が変わると聞いては自分たちの生活が保障されない冒険者には死活問題だったのだろう。

 残った冒険者たちも最初はかなり半信半疑だったらしいからね。


 それから、街に巣くっていた獣人族排斥派の面々は全員捕縛されるか殺害されるかのどちらかとなった。

 捕縛されたのはドネルを初め中枢が多く、殺害されたのは末端が多かったらしい。

 もっとも、捕縛された者たちも拷問の果てに処刑されたそうだから大差はないだろう。

 特にドネルは念入りに調べられたらしいからね。

 いろいろと口を割ったらしいけど、僕は内容を知らない。

 余所者の僕が知っていい内容でもないし、知るつもりもないからさ。


 ただ一点だけ、最後に僕とルナを狙ってきた暗殺者についてだけは教えてもらった。

 奴は獣人族排斥派内の暗部にて活動する暗殺者で、もうずいぶんと前から僕を殺そうとしていたらしい。

 ただ、最初は殺すだけにとどめておこうとしていたらしいけど、欲を出したドネルから命令を変更されて僕の隠れ家を探り、錬金術の素材を奪ってくるよう指示されていたらしいんだ。

 でも、僕は街をある程度離れると姿を消すし、ルナと一緒に来るようになってからは、隙がなくなって暗殺すら難しくなったらしい。

 最後に暗殺を仕掛けてきたのは、このまま僕が獣人族国家に協力することを恐れての行動だったようだ。

 まったく、ドネルは面倒なことしか起こさなかったな、結局。


 さて、僕とルナはというと、相変わらず月に何回かトランスタットを訪れてポーションなどを売っていた。


「それにしてもダレンさんが街長ですか。出世したものですね」


「本人は嫌がっていましたがね。街の有力者たちからの推薦を受けて渋々引き受けざるを得なかったようです」


「それで、キルトさんがいまは冒険者ギルドのギルドマスターと」


「そうなります。アーク君のポーション販売では変わらずに補佐を務めさせていただきますが」


「いいんですか? ギルドマスターが直々に」


「いいんですよ。息抜きになりますから」


 そういうものだろうか?

 ともかく、手慣れたキルトさんが手伝い続けてくれるのはありがたい。

 後進の補助員である酒場のマスターも育成してくれているけれど、しばらくは無理そうだからね。

 冒険者ギルドの酒場は大変だ。


 そして今日もポーションが売り終われば隠れ家へと戻って行く。

 途中、一日の野営を挟んで僕の隠れ家へと到着だ。

 そこではオパールが待ってくれていた。


「お帰りなさい。今回はどうでしたか?」


「今回も売り切れだよ。最初は警戒していた獣人族の冒険者たちも一度使えば効果の差がわかって人間族よりも買いたがる傾向があるみたいだ」


「それはよかった。でも、あまり作る数も増やさないのでしょう? 争奪戦が起きませんか?」


「そこは冒険者同士のルールでなんとかしているみたい。国が変わっても冒険者の掟は大差なかったらしい」


「そうですか。そう言えば、新しい国境砦に人間族国家が攻めてきてはいないのでしょうか?」


「一度だけ攻めてきたけど、すぐに引き返していったらしいよ。それ以来、斥候を出して様子をうかがっても攻めてくる気配がないらしい。それくらいトランスタットは重要視されていなかったってことさ」


「あらまあ」


「なにせドネルの奴を街の代表にしようとしていたほどだからなぁ。街をなくすつもりだったんじゃないのかとすら思うよ」


 本当にドネルの奴が街長になったら街がなくなっていただろう。

 人間族国家にとって、そこまで邪魔だったのかな、トランスタットという街は。


「とりあえず、旅の汚れを落としたら寝るよ。明日からは錬金術で物作りの再開だ」


「わかりました。無理をしない程度にお願いしますよ」


 そういうわけで、一晩休んでからいよいよ錬金術士の仕事を再開させる。

 材料は揃っているから、錬金釜に火を入れて作業を始めれば……って。


「なにをしているんだ、ルナ。錬金釜を覗き込んで」


「ん? 熱したら使えるようになるだなんて不思議な釜だなって思って」


「まあ、それはそうなんだが」


「錬金術って不思議だよね。あたしにも出来る?」


「どうかな? やってみるか?」


「うん!」






これにて錬金釜を覗き込むのは狼少女は完結となります。

ご愛読、ありがとうございました。

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錬金釜を覗き込むのは狼少女 あきさけ @akisake

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