13話 浴室のふたり
「ふー……最高に癒されるわぁ」
先にお湯に入った彩沙ちゃんが気持ちよさそうな声を上げた。そういえば髪を解いた姿を見るのは初めてだよね。肩にかかるくらいの長さの黒髪。昼間の先っぽを結ってた髪型もいいけど、これもいいなぁ。
「ですねー。特に今日は色々とありましたから」
言いながら湯船を跨いでお湯に浸かる。向かい合って膝を抱える私と、そんな私に足が当たらない程度に伸ばしてる彩沙ちゃん。けどすぐに、膝の浮いている中途半端な体勢を嫌ったのか私と同じように抱えていた。
「やっぱふたりだとこうなっちゃうわよねぇ」
「……」
思わず黙る私。仲良く足を伸ばして入る方法があるにはある……ただ、彩沙ちゃんの言葉で普通を知ってしまった今では、ユリア姉さんの趣味だったんだろうなぁと。
「どういう表情なのよ」
今まで自分がされていたことを思い出して複雑な気持ちになってる顔じゃないですかね? そして、知ってなお、ユリア姉さんと変わらず一緒に入ってる未来が視えちゃったのが自分でも若干引いてる。私、口では嫌々言いつつもまったく抵抗してないからなぁ……。
「いえ何でもないので気にしないでください」
「気にするってば。リリ一応訊くけど……ユリアさんとふたりで入るときはどうしてるのかしら? 引かないから言ってみて」
「引かないからって言ってる時点でしっかりと察してるじゃないですか」
「そりゃねえ……兵舎の一人部屋のお風呂に大柄で鍛えてるユリアさんと、発育は良いけど小柄なリリだし――」
そこで意味ありげに私を見てくる彩沙ちゃん。視線が一瞬、胸に行って顔に戻ってくる。
「発育にわざわざ言及する必要ありました? どう考えてもないですよね?」
「いや、その通りなんだけど……つい口に出ちゃったのよ……リラックスし過ぎねわたし」
「それって素ってことじゃないですか……彩沙ちゃんって、リラックスするとセクハラするんですか?」
それはそれでユリア姉さんと別の意味で危ない人なんですけど。あっ、方向は一緒ですね! なんてアホなことを思ってしまった。
でも、軽く聞いただけでも色々と抱えていそうな彩沙ちゃんが私の家で気を抜くことが出来ているのは良いことなのかな? 少しの間一緒に暮らして、その後は旅することまで決まってるんだもんね。気を抜くことが出来る関係になるのは良いことだと思う。
「セクハラって言うか……はぁ……あなた、妹に似てるのよ。だからつい、ね」
様々な感情が湧き上がってくるのを表に出さないように誤魔化す笑み。私もよくそうするからわかってしまった。
「それを言われたら何も言えなくなっちゃうじゃないですか……」
性格がってことですかね? あーでも、妹さんに用意していた水着を問題なく着られたってことは、体型が似てるってことですか? それとも……両方ですか? もしかして、私に最初から優しく接してくれたのってそれが理由なんですか? などなど次から次へと疑問が湧いてくる。
「はぁ……」
言ったことを本気で後悔してそうなため息だった。なんだかそんな彩沙ちゃんを見るのがツラい。私自身理由はよくわからないけど。
「それよりも『小柄なリリだし――』の続きを聞かせてくださいよ。そっちのほうが気になります」
声色を明るくして話題を変えましょうという意を込めた。でもこれ、続きを聞いたら答えを教えないといけなくなっちゃうよね……ちょっと、選択肢を間違えたかも。一緒にお風呂に入ってることに驚いてた彩沙ちゃんだよ? 正直に言ったら引かれる気がする。というか察しって引いてたし。ドン引きされるかな。
「……ふふ、そうね。小柄なリリだし、抱っこでもされてるのかなって思ったのよ」
しっかりと乗ってくれる彩沙ちゃん。表情も切り替えていた。私には無理だなぁと思う。しょっちゅうわかりやすいって言われてるし。
「そうです想像通りです抱っこされて入ってました」
妙な恥ずかしさを感じて早口になってしまう。しかも言わずに済んだ可能性もあっただろうに、最後は自分から突き進んでいったからね、私。
「まぁ……本人たちが良いのなら良いんじゃない?」
「……知らないです」
プイッとわざとらしく顔を背けて、その流れで立ち上がった。湯船から出て、椅子に座って、彩沙ちゃんとは逆の壁側を向く。そして風呂桶にお湯を汲んだ。
「子供みたいな拗ね方するのね」
自分でも子供っぽいなと感じるけど、指摘されると認めたくない。
「拗ねてないです」
お湯につけないように頭の上で纏めていた髪を解いて背中側に下ろす。素肌に髪が触れてくすぐったい。日中は背中で束ねてるけど、こうすると伸びたなぁと思う。いっそのこと切っちゃおうかと考えることもあるけれど、長年伸ばしていることもあってそれも抵抗がある。だからって誰かに意見を求めるのも違うし……。
「ふーん」
「なんですか……」
明らかに信じてない『ふーん』だった。ユリア姉さん以外とこういうやり取りをしたことがなかったから新鮮に感じる。悪い気分ではなかった。
「そうだ」
そんな声とともに、彩沙ちゃんが立ち上がったのか水音がした。湯船から出て私の後ろに移動した気配がある。
「彩沙ちゃん?」
「髪洗うんでしょ? わたしがしてあげる」
「え、別にいいですよ。私の髪長くて大変ですし」
実際のとこ結構な時間がかかる。
「大変だからこそお礼よ。住まわせてくれることへの」
私の返事を待たずに、風呂桶のお湯を頭から掛けられた。
「わぷっ」
思わず目を閉じて、口からは変な声が出てしまう。前もってわかってれば平気だけど……。
「痒いところはありませんかー」
言いながら頭をワシャワシャされる。どこかの幼馴染と違ってその手つきは優しく荒っぽくなかったので、抵抗するタイミングを失ってしまった。
「……特にないです」
髪を指で梳くように、それでいてしっかりと力を込めて尚且つ毛先が傷まないように慎重に。絶妙だった。そして慣れてるなと思った。きっと妹さんの髪もこうして洗ってあげていたんだろうなと。
「綺麗な髪色よね。白がかった透き通るような水色って言えばいいのかしら。癖もなくて、真っ直ぐサラサラだし」
「そうですか?」
自分でもお気に入りの髪を褒められるのはちょっと嬉しかった。お気に入りと言う割には自分でするのはシャンプーに気を使うくらいですけど。
「シャンプーはっと……これね。この国には普通にあるのね……手に取った感じ、日本のと似てるし……甘い、花みたいな香り……どうやって作ってるのよ。流石にプラスチックのボトルじゃなくて瓶詰めだけど」
「っ」
垂らされたシャンプーの冷たさにビクッと肩が跳ねた。
「あ、ごめん冷たかった?」
「大丈夫です」
「……ちゃんと言ったほうがいいわよ? そういう小さな我慢だって自分では気づいてなくても積み重なれば大きなストレスになるんだから」
再開された彩沙ちゃんの指先で頭を刺激されるのが気持ちよかった。自分でも肩の力が抜けていくのがわかる。
「そう、ですね」
「まぁ、わたしも人のことあんまり言えないけどさ」
「彩沙ちゃんもですか?」
「そりゃねえ……」
「あはは……」
ですよね……話を聞いてるだけで言いたいことがいっぱいありましたもん。召喚魔法とかに関して。当人はそんなもんじゃ済まないですよね……。
「リリって結構髪の毛の手入れしてる方?」
「自分ではあんまりです……何も言わずにユリア姉さんがやりだしますから」
「それでいいんだ?」
「正直、私が自分でやるよりいい気がしてます。ユリア姉さん、雑ですけど几帳面なので」
「あー、わかるかもしれない。じゃあリリはどうなの?」
「私ですか? どうなんですかね?」
「会って一日も経ってないわたしに訊かれても」
「それもそうですね……」
「まぁ、見てて飽きないなとは思うけど」
「それどういう意味ですかっ」
「さぁ? 流すわよー」
「ぷわぁっ」
先程よりも勢いよくお湯を掛けられた。
「さっきもだけど、意外と面白い反応するわね」
「ユリア姉さんと同じこと言わないでほしいです」
「んー、やっぱり風呂桶じゃ一回で流しきれる訳ないわね。ならこれで」
「……なんですかこれ」
頭の上から幾筋もの水流が当てられてる。確認するために上を見ると、彩沙ちゃんが手を翳している。そこからお湯まではいかずも、温い水が出ていた。
「シャワーね。いちいちお湯汲むのも面倒でしょ?」
「本当に異世界人って変な魔法の使い方しますよね」
「いや、リリも十分に変でしょうが。なによあの遠隔発動は」
「あれですか? まだお母さんが生きていた頃に教えて貰ったんです。ウチの家系に伝わる発動方法だって言ってました」
「…………」
「便利ですよ? この辺だと、殆どの人が自分の掌とかから魔法を撃つじゃないですか。だから正規の訓練をしてる兵士とか騎士様。学校に通ってる魔法士相手には簡単に不意をつけるって聞いてます」
まぁ、彩沙ちゃんには通用しなかったんですけどね。むしろ頭上に球体を作って、そこから魔法をばら撒くって言うのは、私と同類じゃ? とすら思う。あの球体を囮にして関係ないトコから撃ち出すくらいはやってきそう。
「不意は突けるでしょうけど、初見だけじゃない? あと魔力探知に優れていたり、視線に敏感な人には狙いがバレそう」
「そうなんですよね……ユリア姉さんも、昔はともかく今じゃ簡単に私の視線の動きから読んで切り払ってきますから」
「魔法を切り払うって……騎士になるだけはあるってことね」
「はい……というか、私と戦闘訓練してるせいとも言えますね……」
最初は愚痴ってたのに、いつの間にか魔法攻撃を防ぐの楽しんでたし。そして意地になって乱発して私の魔力やなんかも伸びていくと。
「これでよしと。流し終えたわよ」
「ありがとうございます」
「ついでに身体も洗ってあげようか?」
「恥ずかしいので遠慮します」
「そ」
あっさりと引き下がってくれたことにホッとする。これがユリア姉さんならしつこいし、結局断りきれずに洗われるハメになる。それも、タオルにボディーソープじゃなくて、自分の身体で来るからね……あの人。あれはほんっっっとうに恥ずかしくてやられる方はたまったもんじゃない。
「彩沙ちゃんも洗いますよね。椅子どうぞ」
私は立ち上がると、そのままボディーソープを手繰り寄せてタオルで身体を洗っていく。
本当はお返しで私も彩沙ちゃんの頭を洗ってあげたい気持ちもあるけれど、そもそも彼女が洗ってくれたのがお礼だもんね。キリが無くなりそうだから今回はしないでおく。
「ありがと」
椅子に座った彩沙ちゃんが髪を流すのを眺めながらふと思う。
「彩沙ちゃん、私の戦い方なんですけどね」
明日以降も一緒に行動するなら戦闘スタイルとか知っておいたほうがいいですよね。魔王軍の拠点探しとか絶対に戦闘になるだろうし。
「んー? あぁ、お互い知っておこうってことね」
「はい。私、魔法がメインで剣術は自己流で力任せなので……戦い慣れてる人に近づかれると防戦一方になっちゃうんです。生まれつき目がいいので防御はなんとか、力も強いのでゴリ押しできればって感じです。幸いなことに魔力量は豊富ですけど、燃費はイマイチって評価されてます」
「わたしも似たようなモノよ。そもそも後衛専門だったし。ひとりになって、武器を持つようになったくらいなのよ……。ただ、近接戦闘はねぇ……身体が強化されてて頑丈なのと腕力で誤魔化してるけど、下手したらリリ以下の可能性まであるのよ」
「あー……そういえば綺麗に鳩尾に入りましたね」
それこそ申し訳ないくらいの一撃が。
「……マズイわね」
彩沙ちゃんの懸念はよく理解できる。魔法の効果が薄い魔物とか出てきたら、どうしようもなくなっちゃう可能性ありますね……。
「魔王軍って、どこくらいの強さの魔物を使っているんですか?」
たぶん、この国で一番魔王軍の情報を持ってるの彩沙ちゃんだし。
「さぁ……代替わりして構成変わってそうなのよね。先代は物理防御が高かったり、魔法耐性の高い。いわゆる硬い魔物を好んでたのか、そういう類が多かったけれど……」
彩沙ちゃん、自前のシャンプー持ってるんですね……収納魔法から取り出した小さな容器から白い液体を手に取っていた。
私のとは違う、フルーツみたいな香り。ちょっと気になる。
「……そういう魔物に攻められて北の大国が苦戦するとは思えないんですけど」
「そうなのよね……あそこは一般兵士にすら質の良い武具を与えてるから。海を挟んで対峙してた魔王軍が硬いならそれを上回る攻撃力をって方針だったのが見るだけでわかるのよ」
「……つまり、苦戦してる今の魔王軍は全然違うってことですか?」
「そういうこと……失敗したわ。昼間のゴブリンを全滅させないで逃げる先を突き止めるべきだったかも」
「……」
助けてもらった身としては何も言えない。
「むしろ南の森の捜索はこの街の兵士や冒険者に任せて、一回包囲されてるって街を見に行くべき……そっちにも派遣してるか。あの王様、情報を大切にしてそうだし」
おじさん。常々、情報は大切だって言ってるからね。私も散々言われてる。
「彩沙ちゃん?」
いつの間にか髪を洗う手が止まっていたのが気になり名前を呼んだ。
「あ、ごめん。考え込んじゃってたわ。それで魔王軍の魔物だけど、硬さよりも別のものを重視してると思う。速さか、攻撃力か」
「速いのは面倒くさいです」
「魔法って可能性もあるけど……」
「それならむしろ、私と彩沙ちゃんとしては助かる気がしますけど」
私と彩沙ちゃんが組んで魔法の撃ち合いなら早々負けることはないと思う。
「魔物相手ならね――」
ボソッと呟くような言葉。狭い浴室だからかしっかりと耳に届いてくれた。
「……なにか思い当たることあるんですか?」
すっごく不安になる一言でしたけど。
「……考えすぎだと思うけどね。ただ魔王の方針が、この大陸に対する攻撃に変わったのが……ちょっとね、何人かは――」
彩沙ちゃんはそこで言葉を切ると、シャンプーを流し始めた。自分自身に使うときは掌からじゃなくて、水球を浮かべてそこからなんですね。便利だなぁ。
「そこで止められると気になるんですけど」
『何人かは』ってまるで人間が魔王に味方してるみたいな言い方じゃないですか……。
「なんでもないわ……そうだ、これだけ言っとくわ。闇魔法が必要だと思ったら躊躇わずに使いなさい」
「それって、それだけの相手が出てくるってことですよね」
確定です。そしてその相手まで予想が出来てるんですね。しかも、普通に戦っても勝てないようなのが来ると。
「――さて、わたしも身体洗うとしますかね。どれを使おうっかなーとっ」
これで話は終わりとばかりに話題を変えられた。楽しそうに数種類のボディーソープが入っているらしい容器を収納魔法から取り出して眺める彩沙ちゃん。明らかにテンションがおかしかった。まるで自分でも気づきたくなかったことに気づいてしまったように。
そんな彼女の様子に、不安が湧き上がってくるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます