12話 脱衣所のふたり
夜。食べ過ぎたお腹も落ち着いた頃。テーブルの上に広がっていた料理類は取りあえず彩沙ちゃんの収納魔法でしまってある。時間は止められないけれど、埃やなんかは遮断できるから置きっぱなしよりはよっぽどマシらしい。
使った食器類を洗いながら、ふと思いついたことがあって口を開く。
「彩沙ちゃん、お風呂入りませんか?」
浴室の手前、脱衣所兼洗面所へ続くドアを指さしながら提案してみる。異世界人ってこの国の人と同じくらいお風呂が好きって聞くけど実際のところはどうなんだろう?
「なんでお風呂が普通にあるのよ……」
隣で私が洗ったモノを拭いていた彩沙ちゃんが意外そうな表情でこちらを見る。すぐにその口元が綻んだ。
「他の国は一部のお金持ちか高級宿くらいにしかないって聞きますけど、本当なんですか?」
私、生まれ育ったのはこの街だし、冒険者の依頼でたまぁに他の街に行くこともあるけれど他国には行ったことがないんだよね……。彩沙ちゃんはあっちこっち旅をしていそうだから思いきって訊いてみた。
まぁ、その前の言葉が答えなんだろうけど。
「本当よ。むしろなんでリリの部屋にはお風呂があるのよ。この国では普通にあったりする?」
「大体の家にはあるんじゃないですか? なんでも、初代国王様が大のお風呂好きだったらしいですよ? 国中に普及するように、お湯を出す魔道具や湯船を安く量産したそうです」
「へぇ、そういうこともあるのね」
「それでどうしますか?」
あ、異世界人でも、お風呂が好きな人たちと入りたがらない人たちが居るって聞いたこともある。毎日入りたがる人たちが主流らしいけど、彩沙ちゃんがどっちに属すんでしょう?
「入れるなら入りたいわね。あ、でも着替えが……」
「あーそういえば、昼間に着替えは宿屋に置きっぱなしって言ってましたもんね」
彩沙ちゃん、宿屋に寄って荷物も回収せずにまっすぐウチに来ちゃったから……今日の分は全額先払いしてるから荷物は置きっぱなしでいいやって。明日の朝一で回収に行くらしいけど。
「参ったわね……流石にお風呂でサッパリした後にセーラー服はねぇ……浄化すれば問題ないけど、気分的には微妙ね……」
「私の部屋着貸します?」
「……リリの?」
視線が私の頭のてっぺんからつま先まで一往復。途中、胸と腰で視線が止まったのは自分と比べたんですね?
「シャツとショートパンツなら貸せるのがありますよ?」
「あなたのじゃどう考えてもサイズ合わないでしょ……身長が違うじゃない」
「シャツは多少合わなくても大丈夫な気がしますけど。胸も余裕そうですし」
「……小さくて悪かったわね。元の世界では平均くらいはあったから。あなたもだけど、この世界の女の人が皆胸大きいだけ――」
彩沙ちゃんの言葉が途中で切れたのは、多分同じ人を思い浮かべたんだろうなぁ。
「ユリア姉さんみたいな人も居ますから」
「それ、本人に向かって言っちゃダメよ」
「わかってますー」
にこやかに答える。ユリア姉さんに対してイラッとしたときはイジりますけどね♪ 本人が気にしているのをよく知ってるので。ただ反撃として、私のおっぱいがもれなく好き放題されますけど……。親しい人間に触られるのは、まぁ許容範囲内ですからね。というか、そうじゃなければとっくの昔にユリア姉さんと縁を切ってると思う。
「わかってない顔じゃないのよ……絶対本人にも言ってるでしょ……シャツはともかくショートパンツは厳しくない?」
「そっちも大丈夫だと思いますけど」
水着姿を見た感じ、腰回りはあんまり変わらなかったような気がする。この場合、身体の大きな彩沙ちゃんが細いのか、私が太いのか判断に悩む。でも、彩沙ちゃんの場合、太もももいい感じの肉付きなんですよね。思わず触りたくなるくらいには。流石に自重してますけど。
「そっか、そういえば水着のサイズが問題無かったのよね。わたしとあの娘、胸はともかく腰回りは殆ど差がなかったし」
彩沙ちゃんも同じことを思ったらしい。
あの娘。パーティメンバーの人。妹さんってことですよね。そして胸には差があったと。どういう差なのか想像つくなぁ。ビキニ、私の胸にサイズ合ってたもんねぇ。
「彩沙ちゃん、お尻は大きいですよね」
「おっぱいも無くはないわ。わたしはリリより身長あるしこんなものでしょ。むしろ、小柄なあなたの方が……」
「……私、ちょっと油断すると太って見られるんですよね」
「あーリリみたいなタイプって身体の線を出すの嫌がりそうなのに、ウエスト絞ってたのってそういうこと? 太って見えるか、腰を細く見せて胸を強調するかを天秤にかけた末にああなったと」
「正解です。その結果ユリア姉さんに胸をネタにされる日々です」
「……お互い様じゃない。なにおっぱいをネタにし合ってるのよ」
「幼馴染ってそんなものだと思いますよ」
「そういうものなの?」
「はい」
「まぁ、本人たちが良いならいいんだろうけど」
「彩沙ちゃんの着替えも大丈夫ですね」
「そういうことになるわね」
「じゃあ早速入りませんか?」
「え、すぐに入れるの? お湯を沸かすとかは?」
「ちょっと良い魔道具を使ってるので、朝昼晩いつでも綺麗なお湯に入れます。彩沙ちゃんもここに住んでる間は自由に使ってください」
私がお風呂好きなの知っておじさんが用意してくれたんだよね……もっとも、常にお湯が出るということは、常に魔力を消費し続ける訳で……私みたいな魔力量を持つ人間が毎日欠かさずに補充するか、魔石を大量に使わないと維持できないとも言いますけど。
「羨ましい……旅に出るまで堪能させてもらうとするわ」
「どうぞどうぞ」
ちょうど片付けが終わったこともあって、ドアの前へ移動。彩沙ちゃんが後をついてくるのを気配で感じながらドアを開く。中に入って明かりを点けて振り返るとキョロキョロと室内を見回す彩沙ちゃんが目に入った。
「……いや、造りが懐かしすぎるんだけど……なによこれ……設計したの絶対に同郷でしょ」
ドアを入ってすぐ左に洗面台があって、正面には脱衣かごと浴室へ続く半透明の引き戸。
ちなみに右の壁際には昼間のワンピースが干してある。普段は部屋の中の窓から風が入る位置に紐を張って干してるんだけど、彩沙ちゃんも居るし目につく場所にあるのはどうかと思ってドアに隔たれた洗面所に干していた。幸いなことに湿気もそこまでじゃないため翌日には乾くし。
しょっちゅう私の部屋に来るユリア姉さん? あの人は例外。むしろ私が一緒に洗濯することも多いし、この部屋にふたり分まとめて下着含め干すこともあるからね……。
でも冷静に考えたら彩沙ちゃんもこの部屋に一緒に住むのなら彼女の洗濯物も干すんだろうし……私の気にし過ぎかもしれないですね。
なんて考えつつ、ワンピースを軽く嗅いでみる。
「すんすん……うん、大丈夫ですね…すんすんっ」
よかった、洗剤と湿ってる匂いだけだ。実は帰って脱いだ時に気づいたんだけど、まずはゴブリンの血の臭い。これは水浴びついでに洗ったくらいじゃ落ちなかったらしい。
そして次に、そんなに意識してなかったけれど汗をだいぶかいた――よく考えたら、そりゃそうだよねって出来事が続いてましたね。不意にゴブリンに襲われて、彩沙ちゃんに怯えて、生贄を告げられて、闇魔法使ってと。特に最後のが原因として大きいと思う。それにしても今日一日で色々とありすぎだと思う――ようで、汗の臭いが合わさって中々にアレだった。汗だけならともかく、血の臭いはキツいものがある。
「わぁ……湯船は木なのね。小さな温泉みたい」
彩沙ちゃんの短いけれど感慨深そうな声に目を向ける。彼女はいつの間にか浴室の引き戸を開けて中を見ていた。もわーとした湯気が流れてくる。
「ふたりだとちょっと狭いですけど気持ちいいですよ?」
「……ふたり?」
こちらを向いた彩沙ちゃんの目には、シャツを脱いで上半身ブラ姿の私が映ってるはずだ。もう脱ぎ始めてるとも言う。
彩沙ちゃんはチラッと私の胸元を見るとプイッと視線を逸した。
「え? なんで不思議そうなんですか?」
「……いや、なに当たり前のように一緒に入ろうとしてるのかなと」
「普通だと思いますよ? ユリア姉さんとも結構な頻度で一緒に入りますし」
具体的には週に五回程度ですかね? だからユリア姉さんの着替えも大多数が私の部屋に置いてあるわけで……そのせいで洗濯も私がするハメになってるんですけどね。嫌じゃないし、役得もあるので構わないですけど。
「……それ、ちなみになんだけど最初はどっちが言い出したの? リリ? ユリアさん?」
あれ? もしかしてこうやって一緒にお風呂入るのって変なの?
「ユリア姉さんです。同年代の女同士なら一緒が当然って言ってましたよ」
ちょっと心配になってきた。ユリア姉さんのせいにしてしまおう。
「当然じゃないから。仲良く旅行に行くような仲で、大浴場とかならともかく、個人の家では……姉妹とかならあるかもしれないけど」
「ええ!? そうなんですか!? 私、てっきりそういうものなんだと思ってたんですけど!」
ユリア姉さん……あの人はまったく…………。こういうときに限って近くに居ないんだから……次会ったときに文句言わなくちゃ。
「……リリ。あなた警戒心が強そうなくせに、 抜けてるところあるわよね」
「うっ……自覚ないこともないかもしれないです」
普段は他人を警戒している分、打ち解けた相手には懐いてしまう。そういう意味では彩沙ちゃんは本当に不思議な存在だった。
「はぁ……」
彩沙ちゃんはため息ひとつ。袖から腕を抜いた。その表情が見るからに、言いたいことがあるけど、我慢してる様子がわかる。
知り合ったばかりだけど、割と彩沙ちゃんの気持ちは推測できている気がする。問題はそれが当たっているかがわからないことなんですけどねー。
「……てっきり、一緒に入らない流れかと思ったんですけど」
「わたしもそのつもりだったんだけど……はぁ……わたし、友達とお風呂に入るタイプじゃないんだけど。宿泊学習とかでクラスの子たちと入るのもキツかったし」
「あ、私って友達認定なんですね」
ちょっと……いや、結構嬉しいかも。なんでだかわからないけど。
「友達というか、まぁ……それとこっちを見られてると脱ぎにくいんだけど」
何かを誤魔化すように私に苦情を言ってきた。
「それもそうですね。すみません」
その気持ちは私もよく理解出来るので素直に謝って視線を外した。ユリア姉さんてば私が着替えとか脱衣する時、僅かな瞬間すら見逃さないとばかりにえっちな目で凝視してくるからね……瞬きまで減らして。あれ、やめて欲しいって何度も言ってるのに改善しないどころか……年々悪化してる気さえする。お返しとばかりに、ユリア姉さんが脱ぐのを見続けたこともあるけれど……堂々としていて、見てるこっちが恥ずかしくなってくるという……質が悪い幼馴染だった。
「ふぅ」
視線が無くなって落ち着いたのか彩沙ちゃんが息を漏らした。
「……」
なんだろ? ユリア姉さんの衣擦れの音は気にならないのに、彩沙ちゃんのは妙に耳に響いた。意識しないようにして、私も脱いでいく。生まれたままの姿になったところで、身体を洗うときに使うタオルを胸元から垂らして身体を隠した。
ちなみに彩沙ちゃん、例の収納魔法にタオルは入れていたらしく、脱ぎだす前に出していた。着替えは持ち歩かない。でも、水着とタオルは持ち歩く……遊ぶ気満々だったってことです?
「んしょっと」
そんな掛け声が気になってこっそり視線を戻す。下着姿になり、ソックスを脱ぐの為に片足を上げる瞬間に出した声だったらしい。幸いバレなかったのを良いことに見続ける。
膝上からスルスルと下ろしていき、抜き取る。それを左右二回。丸まってる床に落ちている紺色の靴下で頭が埋まる。広げて、足裏部分を嗅ぎたいなと思ってしまって慌てて思考を振り払った。
「……」
そのまま下着を脱いで露わになった彩沙ちゃんの裸体は美しかった。シミ一つない肌に、柔らかそうな女性らしい肉付きの身体。それでいて手足はスラッと長い。ウエストが細い分、本人曰く、元の世界では平均的な胸の大きさもバランスよく見えた。
「……見すぎ」
じっくりと見られているのが恥ずかしいのか頬を朱に染めながらタオルで身体を隠す彩沙ちゃん。しかし私の脳裏には彼女の姿が焼き付いたまま。むしろ隠されたことでより強く意識してしまうのだった。
私がどんな顔をしてるか自分自身でわからない。
「さ、どうぞどうぞ」
自分の今の表情を見られないように。彼女の背中を押すようにして、浴室へ入り込む。触れた彩沙ちゃんの背中。私はその温もりに謎の安心感を覚えていた。
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