11話 彩沙の提案


 屋台で買ったのは元々、ユリア姉さんの分も含めて三人分。女性にしては大柄で、騎士様として毎日仕事をこなして休みの日も訓練を欠かさない姉さんは大食いだから……それを前提とした量を買っていた。しかし実際に食べるのは身長としては平均的な――周りに背が高い人が多いせいで、自分では小柄だと思ってしまう――私と、ユリア姉さん程じゃないけど背が高いものの、鍛えてる感じが全くしない細身の彩沙ちゃん。揃って魔力持ちとして、常人よりは食べる量が多いとはいえ――。


「やっぱり多かったわね」


 テーブルの対面に座る彩沙ちゃんはローブを脱いでセーラー服姿だった。


「ですよね……」


 答える私も、帰って真っ先に白いシャツに紺のショートパンツといういつもの部屋着に着替えていた。

 外着に使っているワンピースは洗って洗面所に干してある。


「「……」」


 顔を見合わせて、同時に目の前のテーブルに視線を戻す。買ってきた串焼きを中心とした料理が半分以上残っている。


「これ、また明日の朝ごはんですね」


「それしかないだろうけど……お肉は固くなってそうね」


「勿体ないけど仕方ないんじゃないですか……? 無理に食べて体調崩すほうがマズイですよ」


「そうなのよね……時間が止まる収納魔法みたいなのがあればいいんだけど」


「そんなの人間には使えません」


「あれ、ただの収納魔法まではいけるけど、時間停止が成功しないのよね……」


「出来るんですか……」


 流石勇者様。そういえば、水着を何もない場所から取り出してましたね、アレですか。


「……」


 ふと、彩沙ちゃんの視線が私の顔より下に向いていることに気づく。一瞬、どこかの変態姉さんみたいに胸を見てるのかなと思ったけど違った。首から下げている指輪だった。今はもう家の中だし、普通に服の外に出している。


「どうかしましたか?」


「さっきから気になってたんだけど、その指輪の意匠に見覚えがあるなと。すぐに浮かばなかったけど思い出したのよ」


「え、そうなんですか!?」


 今までこの意匠について知ってる人ひとりも居なかったのになんで彩沙ちゃんはわかるの……あ、異世界人だから? それなら納得。でもそうなると……。


「……わたしの世界のとあるアニメに出てくるマスコットキャラクターにそっくりなのよね。それ魔道具よね? 効果は?」


「……言いたくないです」


「そっか。碌な効果じゃないってことね」


「やっぱりわかっちゃいますよね」


「だって魔道具の効果って大抵は良いモノで、自慢することすらあるじゃないのよ。言いたくないってことは、そういうことでしょ? まぁ、盗まれるのを警戒してかもしれないけど」


 勇者様だもんね。そういう悪い効果の魔道具の存在まで知ってるんですね。


「盗まれるかもと思うならそもそも見せませんよ」


「リリ、警戒心強そうだしそうよね」


「闇魔法持ってれば誰でもそうなりますよ。特に聖魔法持ってる相手には」


「それもそうね……」


 なんだか複雑そう……。闇魔法を持ってる私を見ても即殺しに来るどころか、一緒に行動してるって冷静に考えるとすごく変だよね。聞いてる勇者様の話と全然違うもん。

 ふと思った。私、彩沙ちゃんのこと殆ど知らないんだよね。今日会ったばかりなんだから当然と言えば当然なんだけど、これから一緒に行動することになるんだよね。訊いてみたいことはいくらでもある。特に闇魔法を敵視してないこととか。ただ、どこに触れてはいけない危険物があるのかがわからないから慎重に。


「彩沙ちゃん、訊いてもいいですか?」


「なに?」


「どうして、闇魔法を持ってる私に普通に接してくれるんですか?」


「聖魔法ってどういう人間が持ってるか知ってる?」


 質問に質問で返された。ただその目が真剣だから大切な問なんだと思う。


「はい。この世界の神様を敬って、その神様が作ったこの世界を守ろうと強い意志を持ってる人って聞いたことがあります」


「その通り。続けて」


 よかった、ここで間違ってたらどうしようかと思った。


「だから信心深い聖職者や勇者様に宿るらしいです」


 現に目の前の勇者様が私の闇魔法を迎撃するのに使ってましたもんね。


「じゃあ次に勇者ってどういう存在?」


「ここじゃない別の世界から召喚魔法で呼び出された異世界人です」


「正確にはその中で、いくつかの基準を超えているのが認定の条件ね」


「そういえば彩沙ちゃんは魔力量とかで認定されたって言ってましたね」


「じゃあ次の問題です。召喚魔法はどういうものでしょう?」


「え……異世界から人を呼ぶものじゃないんですか?」


「んー、そこは正確に知られてないのね? いい? 召喚魔法で出来るのは、この世界と別の世界を繋ぐこと。そして、一方的に呼び出すこと。その時、術者の魔力量によって呼び出せる人数が決まるの。わたしの場合は四人同時だったわね」


「へー、そうなんですね」


 そういえば召喚魔法って話には聞くけど術者は殆ど居ないらしいし、効果も名前から想像しただけで調べたことなかったかも。彩沙ちゃんの情報は興味深い。


「呼び出す対象は、完全にランダムで相手側に選択肢すらなく強制的に」


「え……」


「まぁただの拉致ね。しかも、術者に歯向かわないように。それでいてもっともらしい理由づくりの為に『この世界を守る為に脅威になる存在を倒す。闇魔法持ちは世界の異物。即刻排除』って使命感まで植え付けられてるおまけ付き。この洗脳効果で、術者がどこそこのあれは世界の敵だと言えば、便利な駒の完成って事。ね? 素晴らしい魔法でしょ?」


 ね? って、そんなの同意できるわけないじゃないですか! でも森の中で言っていた異物とか、洗脳ってこういう意味だったんですね……最低な話です。誰がこんな魔法作ったんですか。

 そして気になる点が増えた。


「洗脳って……彩沙ちゃん、闇魔法持ちの私と普通に会話出来てますよね?」


「わたしは……もう洗脳が解けちゃってのよ……だからもう、この世界のために戦おうなんて思えない。むしろ逆かもしれないわね……」


 逆……。でも、私も同じ立場だったらきっと……彩沙ちゃんは我慢している方なんじゃ? そんな気がする。


「彩沙ちゃん……」


「けど、この世界のために戦っていたことも事実だしね。自分で破壊することも出来ずに……中途半端でしょ、わたし」


「……そんなことないですよ」


「人生を滅茶苦茶にしてくれた召喚者くらいは殺してやりたいけど、わたしたちが呼ばれた直後に国ごとドラゴンに滅ぼされちゃってるから八つ当たりも出来ないっていうね」


「ドラゴン……この世界で存在を確認されているのは一体だけです」


 巨大な、真っ白なドラゴン。


「そういえば後から知ったんだけど、あのドラゴンって守護竜って呼ばれてるのよね……」


「はい」


「国を滅ぼしといて……何を守護しているのかしらね」


「……わからないです」


 話を聞く前なら人類が守護竜と呼ぶのだから、人間を守ってるのでは? と答えたと思う。だけど……国を滅ぼしてる? そんなの噂すら聞いたことがない。疑うなら彩沙ちゃんだけど、嘘をついている感じはしない……。


「そもそも、魔王という存在を野放しにしてるのよね。その守護竜は。それで逆に国を滅ぼしてる。人間の味方ならいいわね」


「っ」


 そうだ……何を守って守護竜様と呼ばれるようになったのか知らない……。 


「……まぁ、それを言ったら先代の魔王だって人間を自分からは攻撃していなかったんでしょ? ――倒した勇者はアホね。自分たちもボロボロになって必死に無害な相手を倒して、全部失ってその結果が新魔王との戦争とか。そのアホはさっさと死んだほうがこの世界のためになるんじゃないかしらね」


 彩沙ちゃん、今どんな表情してるかわかってますか……? 泣きそうですよ……。それが答えじゃないですか……。


「彩沙ちゃん――もう、大丈夫です。変なこと訊いてすみませんでした」

 

「……わたしこそごめん。ちょっと気持ちが昂ぶっちゃったわね」


 ハッとしたように笑みを浮かべるけど、慌てて取り繕ったのがまるわかりだった。 


「いえ……洗脳が解けたのなら……異世界……元の世界に帰りたいとかって思わなかったんですか?」


 話の方向がよくないと慌てて話題を変える。私が逆の立場だったら絶対に帰りたいって思うもん。


「まったく。これぽっちも」


「え……向こうに家族とか居ますよね?」


「それがねぇ……妹の入学式の帰りに家族四人で召喚されちゃったのよ。せっかくだし皆でご飯食べようなんて言って、車で移動中にね」


「……」


 待って、彩沙ちゃんの全滅した仲間ってまさか――。私、もしかしてこの流れで最悪なこと訊いちゃいました!?


「ふふ、たぶん想像した通りよ。みんな死んじゃった。わたしは両親に庇わられて逃げたから、家族を見捨ててひとり生き残った最低な人間ってことね」


 彩沙ちゃん、それ……そんな笑みを浮かべながら言う事じゃないですよ……。同時に頭を過るのは今朝視た夢だった。魔王と対峙する四人組の冒険者――勇者。結果は魔王を討伐して、剣士が取り込まれて……ふたりの仲間に庇われるようにして逃げ出せた、魔法士……あれ、顔はわからなかったけど……たぶん彩沙ちゃんなんだよね……。

 そして、私があんな夢を視た理由は……何なんだろう?


「……すみません」


 謝りつつも、殺したと見捨てたは違うとは言え似た境遇の彩沙ちゃんに親近感を覚えている。我ながら最低だった。


「いいのよ。情報をしっかりと集めなかったわたしたちの責任だしね。その結果として帰れない理由が出来ちゃったのよ」


 取り込まれた剣士のことですよね……恐らく妹さん。魔王のところに行くっていうのは、きっとそういう理由なんだと思う。


「……そうだったんですね」


「そ、死んででも成し遂げないといけないことがあるのよ」


 その顔に浮かぶのは怒りと憎悪だった。勇者様とはかけ離れた表情なのに、違和感がなかった。


「っ」


 彩沙ちゃんの感情に共鳴するように私の奥底から黒いモノが湧き上がってくる。慌てて振り払った。

 というか私ってば、避けなきゃいけない話題に突っ込んでいって、ヤバいと思った先でも事故を起こしてるよね……。

 恐る恐る彩沙ちゃんの様子を窺ってしまう。怒っていてもおかしく――むしろ怒って当然の訳で……。


「そんな怯えなくても怒ったりしないわよ」


 表情を見ても怒っていないのはわかるけれど、それはそれで申し訳ないわけでして……しかも、原因が完全に私の興味本位な質問だし。他にもいくらでも話すことはあったのに。


「本当にすみませんでした……お詫びに何かします」


 もう一度、さっきより頭を深く下げた。


「んー、これから一緒に行動するんだし、いずれ話してた気がするのよ。早いか遅いかの違いだけで。だから別に気にしなくてもいいのに。って言っても気になっちゃうのよねこういう場合は。わたしにも経験あるから……あ、そうだ」


「彩沙ちゃん……?」


 何かを思いついたらしい彩沙ちゃんに目を向ける。無意識に上目遣いになってしまった。


「……その上目遣いずるいわ、なんか頭を撫でたくなる」


 その言葉は本心なのか、私の頭に彩沙ちゃんの右手が伸びて優しく撫でてきた。


「くすぐったいです」


 どこかの幼馴染も撫でてくるけど、あの人は性格通り荒々しい。それと比べると壊れ物に触れるような、慈しむような触り方だった。


「明日から一緒に行動するし、その後は旅をすることになる訳じゃない? だったら少しでも仲良くなっておいた方がいいと思うのよ。戦闘とかもあるだろうし」


「それは同意です」


「あなたとユリアさんは幼馴染で息を合わせられるのは当然として、互いの趣味嗜好がわかってるから大丈夫だろうけど」


 確かに、どこまでなら言っても怒らせないか。悲しませないかの線引は出来てますね……もっとも、怒らせるに関してはお互いにわざとやらかす事もあるんですけど……負けず嫌い同士が幼馴染になるとこうなるって悪い例です……。


「……そうですね」


「だからわたしとリリもお互いのことをもう少し知っておいたほうがいいと思うの。本当はユリアさんも一緒の方がいいんだけど……落ち着くまで無理そうだし、わたしたちだけでも」


「はい」


 理解できるから素直に頷く。


「だからさ、この街を出るまでルームシェアしない?」


「? るーむしぇあ?」


「一緒に住まないかってこと」


「ええ!? で、でもこの部屋、ベッドひとつしかないですよ? 元々、ひとり部屋ですし」


「まぁ、なんとかなるでしょ。わたしは床に毛布でも重ねればいいし」


「あの、お客さんにそんなこと出来ないんですけど!」


「いいのいいの。結構野宿もしてきたから床と屋根があるだけで上等よ。というか実質的にパーティを組むみたいなものだしお客さん扱いは禁止ね」


「は、はい……」


 こうして生贄として旅立つまでの間、勇者様との同居が決定するのだった。

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