10話 ユリアの招集

「ちっ、こうなる可能性もあったとはいえ……悪い予感って当たるよな」


 私の部屋の手前、ユリア姉さんの部屋のドアに貼り付けてあった招集状を見ての第一声がそれだった。いくら入口に番兵も立ってる兵舎内だからってドアに貼るのは色々と心配になる。招集状って理由とか割と重要なことも書いてあるよね? 情報漏れたらどうするんだろうか……。


「見ないですよ?」


 そして、そんなもの見たくないのに、わざわざ私と彩沙ちゃんの視界に持ってくるユリア姉さん。ちょっと見えちゃったんですけど……不穏な文字列から慌てて目を逸らす。彩沙ちゃんはしっかりと顔を背けていた。そうですよねー。それが正しい対応ですよねー。


「そう言わずに見とけ。彩沙殿も」


「わたし……世の中の情報って生きて行くのに必要なモノと、知ると生きにくくなったり死が近づくモノがあると思うのよ。それ、経験上間違いなく後者じゃないのよ」


「ところがこれ、招集対象者は独断で配下や知り合いの兵士と、信頼できる冒険者には伝えて良いって指定なんだなこれが。まさかの陛下の直筆サイン入りで」


 と、私と彩沙ちゃんを見てくる。


「わたし、今日が初対面なんだけど」


「あのリリが懐いてんだ。問題ないだろ」


「私はどう反応すればいいんですかね?」


 信頼されているのか、裏があるから同類に気づくと思われているのか……。


「んで、内容はと……今日の夕方。南にある街から緊急の伝令がやってきたと。魔王軍に港が封鎖されて、包囲されていると。ついでに一部が拠点建築用の資材と思われる物と一緒に上陸して北の森。つまり、昼間にふたりがゴブリンを殺している森に消えていったと」


 え、私……彩沙ちゃんと出会っていなかったらかなり危なかった……? 一人で魔王軍とバッタリなんてなっていた可能性にブルっと身体が震えた。

 というか、おじさんが生贄を即断したのも、こうなることがわかっていたってことですか? こうなる前に、攻撃される前に生贄を送りたかったのが正解の気がしますね……。

 でも、魔王が生贄を求めてることを知ったのって魔王軍らしい――もう確定ですか――ゴブリンが持っていた手紙だったよね? 生贄を求めると同時に攻撃され――まだ包囲されただけですね……これ、完全に脅しじゃないですか。

 ……あれ? 生贄を求める手紙……本当は期日が書いてあったんじゃないの? それを過ぎたら攻撃するって感じで。きっとそうだよね……なんでおじさん、私の出発を急がないの?

 んー、大切な情報が抜けてる感じするけど……誰も教えてくれなそうだし、そもそも誰がどこまで知ってるんだろう?

 

「……よく伝令届いたわね」


「ほんとにな。あの街には空飛べるヤツは居なかったはずだから包囲が完成する直前にでも抜けられたんだろうな」


 私の中で生贄の件がぐるぐると回っているけれど、ユリア姉さんと彩沙ちゃんは話を進めていく。こっちも聞き逃がせないし、頭がパンクしそう。


「飛べる人居ないの? 港街なら海上の偵察とかにも必須な気がするんだけど」


 飛行するのは難しんですよ? 勇者様の彩沙ちゃんは簡単に出来そうですけど。私も飛行によく使われる火魔法あるし練習したこともあるけど……魔力量が豊富って言われていて、数少ない自慢でもある私でも消費の激しさに墜落する恐怖が湧いちゃって諦めたんだよね……燃費の悪さを実感した瞬間でもあるけど、あれは怖かった。


「……小国の戦力舐めるなよ? 多少剣術と座学が得意だからってあたしみたいな小娘が騎士に抜擢されるような国だぞ? ちなみに海に面してるのに海軍も数は悲惨だからな? あっという間に封鎖されるくらいには。まぁ、反撃する戦力を温存するために交戦しなかったのもあるだろうけど。現に伝令の時点では包囲されても街には侵入を許して無いしな。質は悪くないと言えるが」


「……はぁ、聞いちゃったら放っておけなくなるから嫌だったのに」


 本気で嫌だったのか顰めっ面でため息を吐いている。


「噂に聞く勇者様の例に漏れずお人好しだな」


「わたし、リリと一緒に魔大陸へ向かう予定だったんだけどなぁ。報酬も確約されてるし、出発の時に貰う予定なのよね」


「え、そうなんですか?」


 初耳です……でも、知っていたんですね……あのタイミングで練兵場に来たのが不思議だったんですけど……おじさんから私があそこで発散してるだろうことを聞いて来てくれたんですね……ということは、ですよ。確実におじさんと何か取引しているよね。報酬言ってますし。でも、勇者様が同行してくれるのは正直心強い。

 そして、勇者様を動かすほどの報酬として何を渡したんだろう……それが彩沙ちゃんがこの街に来た理由なのかな。


「てか、勇者程の戦力が街に居るのを知っていて陛下が放置するとは思えないが……直接会ってるよな?」


「ええ、けど魔王軍に関しては特にこれといって言われなかったわね……あ、会ったの伝令が到着する前だったかも」


「あー時系列としてはそうなるな。というか、この招集状にある信頼できる冒険者って……実質的にリリと彩沙殿への伝言だろこれ……陛下からあたしを経由してふたりに。考えたら他に冒険者の知り合いなんて他に居ないし」


「練兵場で三人揃ってるのをわかっているでしょうしね。流れで一緒に行動してるかもって思われてそうね」


「だよなぁ。そもそも、あたしとリリの部屋が隣同士なのも陛下が仕組んでるからな」


「そうなの?」


「ああ、ここ一般の兵士向けの兵舎だぜ? なんで騎士のあたしが住んでいるんだって話になる。冒険者のリリもだけどな」


「訳ありだろうから訊かなかったのよ。番兵がしっかり居るのに、この国の人間じゃないわたしもすんなり入れたし」


「そうしてもらえると助かるが……今は関係ないな。んで招集の理由が、魔王軍が南の森に資材を運び込んで作ろうとしている拠点の位置を特定するために、森を探索するから部隊のいくつか率いろとさ。最低でも建設を阻止して、更に可能なら港の包囲してる戦力をどうにか出来れば時間稼ぎになるだろうしな」


「ユリアさん、ひとつ訊いてもいい?」


「ああ」


「リリの護衛に選ばれてるわよね? ユリアさんが現場の指揮官として取られたら、出発できないと思うんだけど」


「そうですよ、しばらく出発は無しってことになりますよね?」


 選出の理由が理由だから、他の護衛をすぐに用意するとか無理だもんね……。これは生贄の身としては良いことなのかな? 喜んじゃいけないのはわかっているけれど、出発を遅らせる理由が出来るのは、正直嬉しい。

 そんな内心を悟られないように表情を隠すけれど、ユリア姉さんにはバレていそう……。


「それな」


「なんでそんな状況で指揮しろなんて話が来るのよ」


「小国故の人手不足だろうな。最低限の兵士はなんとか確保出来ても使う人間が居ないと。……予想だが急にリリの護衛の仕事が決まったから、恐らくあたしの後任すら決まってないはずだ」


「あ、そこに繋がるのね……」


「まぁ、しゃーないわな。リリとしては出発できない理由が出来て喜んでそうだけどな」


「……喜んでません」


 やっぱりバレてた。


「別にいいんじゃないの? 誰も生贄になんてなりたくないでしょ。むしろ逃げたいと思うのが普通」


「彩沙殿」


「あ、勇者が言っちゃダメな言葉よね。それも見届人の前で」


「そうしてくれ……はぁ……流石にそろそろ行かないと迎えが来そうだしな。行くわ。数日帰ってこられんかもしれないから部屋の換気とか任せていいか?」


「はい、いつも通りやっておきますね。ユリア姉さん……気をつけてくださいよ」


「わかってるよ。リリもな……出来たら街に籠もってろって言いたいんだけどな……」


 その目が、どうせ無理だろと言っている。正解です……私も南の森を探そうかなと。最後は生贄にされたけど、今までこの国に、街にお世話になって来たのは変わりないですからね。魔王軍の攻撃を遅らせられるなら私も最後に恩返しとして、協力したいなと。


「わたしが一緒に行動するようにするわ」


「いいんですか?」


「むしろ逆にお願いしたいわ。明日は南の森に行くことにしたから、土地勘ある人が欲しいのよ」


「彩沙ちゃん……もしかして、探す気ですか?」


「リリは生贄にされたことを恨んでも、今までの恩返しはしっかりしそうなタイプに見えるし」


「わかりやすいもんな」


 隣で頷くユリア姉さん。私そんなにわかりやすいですか? 自分では面倒くさいと思ってるんですけど。


「わたしね、欲しい物があってこの国に来たのよ。ここの王家が代々受け継いでるって聞いて。ダメ元で交渉したらあっさり貰えることになってね」


「そうなんですか?」


 代々伝わる……思い当たるのは、いくつかある魔道具ですね。代々となると、その中でも初代様から伝わる内のひとつってことですよね? どれだろ? そして、今まで何があっても手放さなかったのに、彩沙ちゃんに渡す……? あっさり? 謎が増えた……。


「そうなのよ。一応、リリの護衛に対する報酬という名目で貰えることになったんだけど、わたしの最終目的地も魔王のとこだしね。どうせ行くのだからって考えると、報酬の価値が高すぎるのよ。自分から求めといて変な言い方だけど」


「?」


 魔王って口にした瞬間だけ、彩沙ちゃんの表情が歪んだような……一瞬だけだから確証はないけど、見間違いじゃない気がする。


「だから、この国に魔王軍が作ろうとしてる拠点をいくつか潰そうかなって。ユリアさんも言ったけど時間稼ぎくらいは出来るでしょうし。その報酬として貰うことにしようと思ったのよ。そういう訳で明日から暫く一緒に行動しましょ」


「はいっ」


 彩沙ちゃん……拠点がひとつじゃないと思ってるんですね……魔王のこと、なにか知ってますか? さっきのが見間違いじゃなければ……なんだかそんな気がした。


「んじゃ決まりだな」


 そう言って廊下を戻っていくユリア姉さん。その背中が見えなくなってから私は自分の部屋の鍵を開けるのだった。

 ちなみに、屋台で買った食べ物が入っている手提げ袋は私が受け取ったけれど、オークの骨付きもも肉はしっかりとユリア姉さんが持って行きました。


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