9話 ユリア姉さんと腿

 練兵場内の片付けを済ませて、商業地区内にある屋台街とも言われる場所へ着いた頃には完全に日が暮れていた。

 屋台の軒先に吊るされたランプや明かりの魔道具の光が、太陽に照らされる昼間とはまったく違う雰囲気を醸し出していた。

 最初は家の近くにある兵士御用達の酒場に行こうとしたんだけど、彩沙ちゃんがお酒苦手なことが判明し、ここを選んでいた。


「混んでますね……」


 路の両脇に並ぶ屋台。中央部分はテーブルや椅子が置かれて、いつもなら空いている席で好き勝手に食べられるんだけど、今日はやけに冒険者が多かった。あと兵士の姿も多いし、やっぱり魔物の影響かな。討伐して臨時収入を得た冒険者が酒盛りしていたり、明日以降忙しくなることが予想される兵士たちが英気を養っている様子が見て取れる。


「どれにするかなっと」


 私たちを先導するようにして早速物色し始めるユリア姉さん。腕には買った食べ物を詰め込むための手提げ袋を掛けていた。そんな背中を追いかけつつ、隣を歩く彩沙ちゃんに目を向ける。今日だけで随分と見慣れたローブ姿だった。


「えっと彩沙ちゃん、あの、ですね。さっきはすみませんでした」


 闇魔法を使ってる最中は意識していなかったけれど、落ち着いた今になって思い返すと……その、練兵場での私の言動って……かなり酷かったよね……。物騒な発言しちゃってましたし。無意識で、冷静になったあとに自覚するというのが質悪い。


「わたしが使えって言ったのよ? ああなることもわかってたから気にしないで」


 これ、私以外にも闇魔法持ちに会ったことありそうですね……。聖魔法を持ってるのに、敵対視しないのはそこら辺が関係してるのかな? 予想だけど。


「私が気にします。スッキリしたのも事実ですしお礼に何でもしますよ」


 ユリア姉さんにも見られてるけど、幼馴染だけあって、ある意味見られ慣れてるとも言えるわけで……今もこうして後ろの私を気にしつつも、自分は普段と変わらないし、お前もいつもと変わらないだろ? と絶対に触れてこない。だから私からもユリア姉さんには何も言わない。

 でも、彩沙ちゃんは直接言葉をぶつけちゃってる訳でして……そうはいかない。


「女の子が何でもするとか言っちゃダメよ」


「ユリア姉さんには絶対に言わないので大丈夫です」


「おいっ! なんでそこであたしの名前を出すんだよ」


 振り返ってくるユリア姉さん。やっぱり聞いてた。


「なら、仮に私が何でもしますよって言ったらどうしますか?」


「その身長の割に育ったデカ乳を好き放題揉ませろって言う」


 その視線がしっかり私の胸を捉えてきたから反射的に両腕で守った。彩沙ちゃんも見てくるけど、勘弁してください……というか、このメンバーだから目立つだけで、私以上におっきい人なんていくらでも居るじゃないですか! そもそも彩沙ちゃんだって細身な割にはあると思うんだけど! どっかの貧乳騎士様は知りませんけど!

 なんて心の中では思ってたりもするけど、実際に言えるはずもなく……言ったらそれこそユリア姉さんから好き放題されてしまう。


「じ、自分のを揉めばいいじゃないですか」


「お? 喧嘩か? あたしに揉める胸なんて無いだろ、ぷぷぷってことか?」


「誰もそこまで言ってないです!」


 思ったことはありますけど……。


「こんな人の多い路のど真ん中でなにを言ってるのよ……」


「そこの変態のせいです。それで彩沙ちゃん、何かありませんか?」


「んー、なら一品奢ってよ。それでチャラにしてあげる」


 少し悩むように首を傾げてからの答えがそれだった。

 私としてもそのくらいだと助かる。実は言い出してから思い出したけど、昼間水浴びした時に……胸を水魔法で弾まされているんだよね……ぽよんぽよんって……一瞬、ユリア姉さんと同じようなこと言われたらどうしようなんて怖かったけど、あれは調子に乗った私が悪かったからだもんね……。

 奢るくらいで済むなら一安心。


「ありがとうございます」


「ふふっ、そこは奢られるわたしがありがとうでしょ」


「くすっ、そうですね」


 顔を見合わせて笑ってしまう。


「なぁ、やっぱりあたしが今の会話に巻き込まれる意味無かったよな?」


「ユリア姉さん、そこの屋台に大好きなオークの骨付き太もも肉の丸焼きありますよ」


「露骨に話題を変えやがるな……おっちゃん、丸焼き一本!」


「しっかり乗ってくれる姉さんが好きですよ」


「なら今晩は一緒に寝るか」


 包んで貰ったオーク肉を手提げ袋に入れるユリア姉さん。


「絶対に嫌です!」


「ふたり、仲がいいのね」


「よくないですっ」


「え……仲がいいと思っていたのはあたしだけなのか……」


「なにわざとらしくショック受けた顔してるんですか! ニヤつくのを我慢して頬がピクついてるじゃないですか!」


「ほら、息がピッタリ合ってるじゃないのよ。見事ないい意味の腐れ縁ね」


「むぅ、それで彩沙ちゃんは何か食べたい物ありますか?」


「この街に来たばかりだからわからないのよね……逆にオススメある?」


「あ、彩沙殿……そいつに訊くのはやめた方が」


「あれとかどうですか? 見た目は悪いですけれど、香ばしさと脚のパリパリ感が癖になります」


 指さしたのは、風鳴スパイダーの丸焼きを売っている屋台。巣を張った場所に風魔法で獲物を飛ばして捕食するクモなんだけど、美味しいんだよね。掌サイズで食べごたえもある。


「………………リリ、わたしが魚型の魔物を生で食べたこと話したらドン引きしてたわよね? あなたの方が酷いと思う」


「うっ」


 世間一般的にはそうなるの、かな?

 あの時は色々と動揺していたからなのか、自分のことを棚に上げちゃったんだよね……まさかこんなに早く返ってくるとは。


「魔物を食べるとかありえないって言われた気がするんだけど? あの時はスルーしたけど、そもそもこの世界じゃ普通に魔物食べてるじゃないのよ。オークとか」


 ごもっともです。


「はい……私も食べてます……でも普通は生では食べないです」


「魚だし」


「あたしからすれば、ふたりの好みが理解できん」


「そうですね、オーク肉が大好物のユリア姉さん」


 嫌味風に言ってるけど、苦しいのは自分でよくわかっている。

 オークは彩沙ちゃんが言った通り普通に食べられてる種類だし……食用面では魔物扱いはあんまりされないどころか、大きいだけで倒すのも苦労しないから野生動物に近いですけど。


「ユリアさん、オススメ教えてもらえるかしら」


 あ、この会話を無かったことにされた……彩沙ちゃんも、無理な人かぁ。ユリア姉さんも、食べられないから、語り合える人居ないんだよね……。スパイダー系美味しいのに。毒のない種類が少ないし、基本お店に並ばないから屋台で極々たまにしか見ないレアだし。まぁ、見かけた時は必ずと言っていいほど売れ残ってますけどね!


「おう任せろ。食い物は肉系とパン系、一応野菜系も。飲み物はお酒と果汁系があるけどどうする?」


 ユリア姉さん、仕事上がりの買い食いが趣味みたいなところあるから流石に詳しい。


「夜にパンっていうのもね……お肉の種類は?」


「外れが少ないのは鳥、豚。魔物でもいいならオーク」


「その中なら鳥がいいわね。串焼きみたいなのがあれば嬉しいかも。塩とタレを選べれば最高ね」


「なら、この先に良い屋台があるな」


「じゃあそこに行きましょ。やっぱ土地勘ある地元民と知り合えると助かるわ」


「あ」


 そうでしたね。なんか普通に馴染んでますけど、外から来たどころか異世界人なんでした。


「リリ? どうかした?」


「思ったんですけど彩沙ちゃん、確か宿屋ですよね?」


 よくわからない収納みたいな魔法で荷物を持ち運んでるみたいだけど、着替えとか使わないものは宿に置きっぱなしって言っていた気がする。


「ええ」


「もしかして食事付きだったんじゃないですか?」


 前払いしていたら、損をさせてしまっている訳で……。


「ああ、どのみち素泊まりだから外で食べようと思ってたし」


「ならいいんですけど……素泊まりなんですか?」


「わたしさ、ちょっと訳あってあちこち旅をしていてね。せっかくなら色んな物を食べたいじゃない?」


 その訳が気になるけど勇者様の事情だもんね。教えてくれなそう。


「わかるかもしれないです」


 それぞれの地域にしか居ない生き物って居ますからね。野菜とかもだけど、やっぱり差が大きいのは魔物を含めた生物。


「でしょ? でも宿屋だとどこも似通ったものしか出てこないから、なるべく外で食べるようにしてるのよ」


「なるほど。それで素泊まりなんですね」


「安いし」


 あ、なんだか親近感が……勇者様ってお金に余裕があって、私みたいな街娘とは金銭感覚が全然違うと思っていたのに。


「着いたぞ。あたしのお気に入りはモモのタレ味だが……複数の部位を適当に買えばいいか。モモと皮、あと他にオススメ部位を塩とタレ両方で」


 屋台の親父さんに注文しているユリア姉さんにお金をきちんと渡す。彩沙ちゃんに奢る約束だし、なによりユリア姉さん……油断すると全額出しちゃうから。


「リリ……ユリアさんってオークもだし、部位的にモモが好きなの……?」


 そんなやり取りを微笑ましそうに見ながらこっそりと訊いてくる彩沙ちゃん。


「正解です彩沙ちゃん。ユリア姉さんは食べ物だけじゃなくて……人間の女の子の腿も大好きですよ」


「……その情報要らなくね?」


 どうやら出来上がっているモノがあったのか、さっさと受け取って手提げ袋に入れて振り返ってくるユリア姉さんにジト目を向けられた。

 早っ、もっと時間を掛けてくれてもよかったのに。


「気をつけてくださいね。無防備にしていると普通に触ってきますから」


「だからその情報要らないよな!」


「ユリア姉さん、女の子大好きですから……」


「あ、あたしは同性愛者じゃないからなっ」


「え?」


 思わず素で返してしまう。


「……わたしもさっき邪な視線を向けられたわね」


 あ、あの短いスカートに関しては私も似たような反応してた記憶が……。


「……あれは違うんだ。スカートが短かったからつい」


 ユリア姉さん……目を逸らさないでください。自分で自信なくしてるじゃないですか。


「リリ……大変ね」


 私を見る勇者様の目は、同情的な、それでいて生暖かい目でした……どういう意味ですかね!?


「んんっ! さてと、食い物はしっかりと買い集めた訳だが……」


 話題を変える気満々のユリア姉さん。そう言って食べ物がぎっしり詰め込まれた手提げ袋を持ち直して周囲を見渡すユリア姉さん。テーブルと椅子はもちろん、ベンチすら埋まっていて、食べる場所がなかった。


「ユリア姉さん、もうどっちかの部屋でよくないですか?」


「それもそうだな。あと欲しいのは飲み物だが、あたしの部屋に酒はあるし、リリのところにジュース類なんかもあるしな」


「ユリアさん騎士でしょ? わたしがお邪魔していいの?」


「あー、あたしの部屋はマズイな。一応、守秘義務のある書類なんかもあるし」


 兵舎だからって書類を出しっぱなしなのはどうかと思うよ? 掃除する度に私が片してるんだから……これ逆ですかね? 私が片付けるから任されている……?

 疑問をなかったコトにして話を進めよ、うん。そうしましょう。


「なら私の部屋ですね。彩沙ちゃんもどうぞ。むしろ宿が決まってないなら泊まっちゃっても大丈夫ですよ――?」


 今の言葉に最初に反応したのはユリア姉さんだった。意外そうな顔で視線を向けてきたけれど何も言わなかった。

 自分でも驚いた。今まで、ユリア姉さん以外を泊めたことなんてなかったのに、いくら同性で歳もほぼ変わらないからと言って今日出会ったばかりの人をそんな風に誘うなんて……なんでか彩沙ちゃんならいいやって思っちゃったんだよね。


「――魔法のこととか訊きたいですし」


 付け足すようにもっともらしい理由を付け加えた。なにを焦っているんだろう私。


「泊まるかは置いといて、お邪魔させてもらうわ」


「じゃあ決まりだな」


 こうして、私の部屋に、初めて幼馴染以外の人間を招くことになるのだった。


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