8話 リリVS彩沙

 私とユリア姉さん、彩沙ちゃんは場所を変え、練兵所内にある広場へと移動していた。この近辺は兵士たちが隊列を組んだりするために用意されているから、地面は固められているし障害物は何一つ見当たらない。


「彩沙ちゃん、本当にやるんですか?」


 少し離れた位置に立つ彩沙ちゃんに確認する。


「もちろんよ。あなたの闇魔法を見てみたいしね」


「……でも闇魔法は……使いたくないです」


「どうしてそんなに嫌がるのよ。自分の魔法でしょ?」


「……それは、そうなんですけど。碌なことにならないですから」


「と、本人は言ってるが? そこまで言うだけの理由でもあるので?」


 ユリア姉さん、彩沙ちゃんを止めないんですね……。私のトラウマ知ってるのに。


「……リリ、その闇魔法を使いたくないって気持ちもストレスになってるの気づいてる?」


「っ、そ、そんなこと、ないですよ」


 ドキッとした。隣に立つユリア姉さんが私のことを見ているのがわかる。咄嗟に表情を隠すように下を向いてしまった。


「そういう訳で、逆に闇魔法を使ってスッキリしちゃおうって提案ね」


 トントン、と彩沙ちゃんがつま先で地面を突くと魔力が辺りに広がっていくのがわかった。球状の魔力に包まれているような感覚がある。


「今のは?」


 気になったのかユリア姉さんが訊いていた。私も気になる。


「結界みたいなものね。もしもわたしの他に聖魔法持ちが居たら闇魔法の気配に気づいちゃうでしょ? それを防ぐためのものよ。おまけ効果で――」


 彩沙ちゃんがもう一度、つま先で地面を突くと周囲が明るくなった。この場所だけ昼間と変わらない。

 これ外から見ると、どう見えるのかすごく気になる。


「そういうのもあるのか。属性がまったくわからんが」


「むしろ属性を感じないんですけど……純粋な魔力じゃないですか、これ」


「ご想像におまかせするわ」


 あ、答えてくれるつもりは無いってことですね。まぁ、魔法なんて人それぞれバラバラですからね……。例えば私がよく使う火矢も、直線に飛ばすだけの人も居れば、避けた相手を追尾する人。当たって爆発する人。刺さるだけの人。飛ばす位置も、指から、掌から、空中に発現させて撃ったりと様々だから……。


「んー、ローブ動きにくいわね……女の子しか居ないし、別にいいか」


 彩沙ちゃんがローブを脱ぎ、セーラー服姿になった。


「おおっ、線は細いのに脚はなかなかのもんじゃねえか」


即反応したユリア姉さんが、短いスカートから伸びる脚を凝視している。


「え……なんか後悔してるかも」


 落ち着かなそうにスカートの裾を押さえる彩沙ちゃん。そして、私とこのセクハラ魔の関係を思い出したのか同情するような目を向けてくる。はい、そうです……ユリア姉さん、そっちの人です……。


「おっと」


 我に返ったらしいユリア姉さんが離れていく。流れ弾を警戒したんですよね? 彩沙ちゃんの脚から目を離せなくなりそうだったからとかじゃないですよね? 知りたくないからスルーしますけど!


「んんっ、リリ。準備も出来たし始めましょうか」


 彩沙ちゃんも深入りしなかった。


「そうですね……すー、はぁー」


 深呼吸ひとつ。自分の意志で闇魔法を使おうとすると全身に震えが来るのを必死に我慢する。


「いつでもいいわ」


 彩沙ちゃんは土魔法で作った棒を持っていた。彼女の身長より長いもの。それを両手で構えている。先端を私に向けるようにしているけれど、攻撃の意思は感じない。多分あれで防御するつもりなんだろうけど……。見てるこっちが心配になるほど脆そうなんですけど。

 私は右手の人差し指を真っ直ぐ彩沙ちゃんの顔に向けると、魔力を通す。


「えいっ」


 真っ黒な矢を一本、撃つ。あれだけ嫌がって使わずにいて、直前まで震えるくらいだったくせに、撃つ時は躊躇いなく顔を狙っている自分にかなり引いた。


「ふっ」


 その矢を棒で叩き落とす彩沙ちゃん。そのまま構えを戻す。


「このっ!」


 試し撃ちの矢。頭ではそのつもりなのに、心が本気の攻撃を求めている。更に三本、正面から撃つ。


「……」


 無言で叩き落とされる。力を込めるための呼吸すらなかった。


「――っ! ムカつく!」


 今度は五本の矢。手からではなく、自分の周囲に遠隔発現。一斉に飛ばせば一本くらいは! そんな思いもあっさりと破られてしまう。


「なんで棒一本で防げるんですか!」


 なら先に邪魔な棒を! 矢から刃に切り替えて放つ。最初から十発、これなら!


「面倒ね、ならこれでどうかしら!」


 彩沙ちゃんの周囲に現れる光の刃。数も同じ十。綺麗に迎撃されてしまった。それどころか、私の刃は全部打ち消されたのに向こうから飛んでくるものはそのまま。当たらないけれど、完全に負けた気分にさせられる。


「馬鹿にして――殺してやる!」


「リリ……あなた……いいわ、来なさい!」


「はぁあああっ!!」


 十でダメなら二十! 撃ち落とされた。次!

 

「まだまだぁああ!!」


 二十でダメなら三十!! 撃ち落とされた。次!


「どこの誰が冒険者ランク☆ふたつなのよ、魔力量おかしいでしょ、コントロールだって」


 私のとこから飛ばすんじゃ届かない……だったら、これならどう!?


「許さない、許さない!! バラバラにしてやる!!」


 彩沙ちゃんを囲むように刃を出現させる。距離があるから数は出せないけど、これなら!


「うわ、そうくるのね、それなら、これで!」


 彩沙ちゃんの頭上に発生した白い球体。相当量の魔力が込められているからか、それとも聖魔法の威圧感か、意識せず後退ってしまう。

 その球体からバラ撒かれるように幾筋もの極細の光が伸びて、私の刃が打ち消された。


「な――」


あれって、確か彩沙ちゃんがレーザーとか言ってたやつ……あんな使い方もあるの!? 何本まで同時に撃てるの? それとも、回数に限度がある? 逆にどこまで連射出来るの?


「え、へへ……!」


 なんだかおかしくなってきた。つい笑ってしまう。


「くすっ、いい感じになってきたんじゃない?」


「まだまだこれからです!」


 ただひたすらに彩沙ちゃんの、正面はもちろん左右に背後に刃を出しては撃ち落とされる。たまに発射出来たものもあるけれど、それは棒で叩き落された。


「――やっぱ無理ですか」


 一度は、球体を破壊しようと試みたものの、表面にぶつかった瞬間に蒸発するように打ち消されてしまった。

 ならばと、彩沙ちゃんの至近距離に刃を出そうとすると、グッと抵抗されるように魔力ごと押し返されてしまう。これのせいで一定の距離を置いてしか、私の刃が生み出せなかった。


「――このぉっ!」


「甘いわっ」


 これだけ魔法を撃ち込んでいるのに、一回もダメージを与えることが出来ていない。それが単純に悔しくて仕方がない。実力差はわかっているけれど、せめて一撃くらい。その一心で黒い刃を次々に彩沙ちゃんの周囲に出現させては撃ち込むも、全てを落されてしまう。四方八方からの攻撃を、一本の棒と頭上の球体から伸びるレーザーで防がれてしまう。

 ふと、頭に浮かぶものがあった。彩沙ちゃん、ずっと防御だけなんですよね。もしかしてだけど……。


「次、行きますっ」


 闇魔法での攻撃を続けたまま私は彩沙ちゃんに駆け寄る。そして、勢いそのままに飛び蹴り! 本命はこっちです!


「あ、リリ待った!」


 ユリア姉さんが何故か止めに入って来るのが視界の隅に映るけど、距離があるから間に合わない。


「っ」


 彩沙ちゃんは飛び込んでくる私を見て動きを一瞬だけ止めた。あれだけレーザーを撃ち続けても魔力が維持され消滅しなかった球体が消え去った。

 迎撃に使っていた棒の軌道が私に当たりそうなことに気づいたのか、慌てて逸しているのが見える。これも予想通りだった。直後、私の右足が、彩沙ちゃんの鳩尾を捉える。


「――うぐっ!?」


 初めてのヒット。彩沙ちゃんの身体が浮いたと思うと、そのまま膝を付き蹲った。


「あ、やっぱりか……」


 後からやってきたユリア姉さんの呟きが耳に届く。やっぱり?


「はぁ……はぁ……はぁああっ」


 気になるけど、息を整えるほうが先……こんなに魔法使ったの初めてだから疲れた……最後は全力で走ったし、全身が汗でびっしょりだった。服が肌に張り付いて気持ち悪い。だけどそれ以上に――。


「へへ、えへへ、当たりました!」


 嬉しかった。あれだけ魔法で攻撃しても通用しなかったのに!


「いったぁい……最後のは反則でしょ……こっちは魔法しか警戒してないってば」


 彩沙ちゃんが蹲ったままジトっとした目を向けてくる。角度的に睨まれているように感じる。というか、睨まれてたし、よく見るとその瞳は涙が滲んでいた。ちょっと予想外。そういえばモロに入ったし、そのまま受け身も取らずに尻もちついて蹲ってたよね……。


「えっと……ダメージ与えられないと思ってたんですけど……」


 かなり気まずい。


「けほっ、おえっ!」


 胃液の酸っぱい臭いが辺りに広がった。


「あ、彩沙ちゃん、大丈夫ですか!?」


 嘔吐く彩沙ちゃんに慌てて駆け寄って背中を撫でる。やったのは私だけど、私なんかの蹴りで勇者様がこんなにダメージ受けるなんて思っていなかったんです――と、言い訳を考えている私。ど、どうしようっ。


「ん――」


 彩沙ちゃんが短い吐息を漏らすと、彼女の身体が白い光に包まれた。反射的に手を引っ込めたけど、私も光に触れてしまう。


「――はぁ……もう大丈夫、気にしないでいいから」


 次の瞬間には、何事もなかったかのように立ち上がって私を見てくる。言葉の通り怒ってる様子がないことに心底安堵した。ちなみに同時に吐瀉物を土魔法で隠していた。

 今の聖魔法で治療したんですよね……私、白い光に触れたけどなんとも無い……?  闇魔法を持っていると聖魔法が天敵って聞くから、てっきり触れたらマズイのかと思ってたんだけど……というか、それを知っていたから彩沙ちゃんも私を気にせずに聖魔法を使ったのかな? いや、まぁ……仮にダメージあっても、文句言えないですよね……。私もお返しに一撃もらっても文句言えないくらいのことをしちゃってますから……。


「彩沙殿……近接戦闘の経験あんまり無いのでは?」


 ユリア姉さんの言葉。意味はわかるけれど、理解できなかった。


「やっぱり騎士になるぐらいの人にはバレちゃうわよね……ユリアさんの見立てでは?」


 そして否定しない彩沙ちゃん。


「下級の冒険者と大差ないかと。魔法に関しては、魔力の動きに敏感なのか発現する前から反応してるように思えた。だからリリの魔法を簡単に防げていた」


「……へ?」


 思わず彩沙ちゃんを見ると、照れた様子で頷いた。


「わたしさ、仲間が生きてる間はずっと同じメンツで組んでいたのよ。後衛専門で。ソロになってから武器持つようになったから……魔法戦ならともかく近接戦はねぇ……」


「ご、ごめんなさい!」


 思っていたのと全然違う状況に、私は全力で謝るのだった。


「言ったでしょ? 魔力量とかの基準で勇者認定されたって。得意ジャンル。わたしの場合は魔法に関してはそう簡単には負けないけど、それ以外は酷いわよ? 勇者って」


「ええ……」


 なんか私の中の勇者様像が崩れたんですけど!


「それでリリ、色々と発散出来た?」


「え?」


 言われて気づく。闇魔法を使った直後はあんなに酷かったのに、今はそんなでも無い。普段通りとは言えないものの、かなり落ち着いている気がする。


「そういえば途中からは、発散ってよりは彩沙殿に攻撃を当てることに必死になってたな」


「ユリア姉さんから見ても?」


「ああ。いつもの負けず嫌い」


「いつものは余計です!」


 自覚あるから言わないでくださいよ! それにユリア姉さんも同類じゃないですか!


「最初に言ったでしょ? 闇魔法を使いたくないっていうのもストレスの原因だって。特にリリにはトラウマがあるみたいだし」


「言っていましたね……」


「ただ、闇魔法を使うと破壊と殺人の衝動が悪化するのも事実なのよね……その塩梅が難しいけど、まったく使わないのも問題あるのよ」


「その辺の話を詳しく知りたいです」


 闇魔法を持ってる私も知らない情報だもん、出来るだけ得ておきたい。彩沙ちゃんの言ってることは嘘だと感じないしね。

 なんて考えていたら、グーっ、と不意にそんなお腹の鳴る音が聞こえた。


「「「……」」」


 沈黙が流れる。


「……あれだけ魔法撃ってた私とか、片っ端から迎撃してた彩沙ちゃんならわかるんですよ。どうしてユリア姉さんのお腹が鳴りますかね?」


 確かに普段ならもうそろそろ一緒にご飯食べてる頃合いですけど。


「……飯食いに行こうぜ」


 流石に恥ずかしかったのか、頬を染めながら。しかし堂々とお腹を擦りながらユリア姉さんが提案するのだった。


「そうですね。私もお腹空いてますから。彩沙ちゃんはどうしますか?」


「この流れで別行動も変な感じするじゃないのよ。一緒に行きましょ」


 こうして、三人でのご飯が決定するのだった。


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