5話 親戚と、幼馴染と
街が、特に普段使っている南門が見えてくるとホッと安心する。街道を歩く私たちは夕日に照られていた。結局あの後、散々彩沙ちゃんとやりあってしまった。最終的にはふたり揃ってクタクタに。休憩を挟んでから着替え、森から街道に出て今に至る。
隣を歩く彩沙ちゃんはセーラー服の上にローブを重ね着してフードを目深に被っていた。今朝の不審者スタイル。だけど、セーラー服よりは目立たないから本人的にはこれが好ましいらしい。
なら他の服装にすればいいのにと思うけど、彩沙ちゃんの拘っている様子から私も何も言わずにおいた。
ちなみに私が着ていたビキニはそのまま貰ってしまった。人に見せるのは抵抗残っているけれど、自分ひとりの時ならば使う機会もあるかもしれない。肌触りもよかったし、露出度以外は気に入っていたりする。
「疲れましたー」
「予定外の体力使っちゃったから仕方ないわね」
「彩沙ちゃん、負けず嫌いですよね」
お陰で気づいたらこんな時間になっていましたからね……。
「待った、リリにだけは絶対に言われたくないから」
ジト目を向けられるけれど、自分でもわかってます。
「自覚あるので大丈夫です」
「大丈夫ってなにがよ……はぁ……」
「会話中にため息吐かれるのって結構心に効くんですよ?」
「あなた図太そうだし」
「私、これでもメンタル弱いですよ?」
表に出さないで居られるだけで。じゃなきゃあんな事故を起こしてない。
「まぁ、闇魔法持ってるしね」
「え……?」
思わず顔を見てしまう。彩沙ちゃんは『しまったっ』とばかりに視線を彷徨わせていた。
「リリ。街道だし、闇魔法の話題はやめましょ」
明らかに誤魔化された……彩沙ちゃん、闇魔法持ちの私でも知らない情報を持ってる。でも、どこで誰が聞いてるかわからない街道でする話じゃないのも、尤もだった。
闇魔法は周りに持ってる人間が居ない。というか、十六年生きてきて一度も会ったことがない。仕方なく、親戚が管理している書庫を漁ったりしたけれど、世間に知れ渡っている程度のことしか載ってなかったんですよね……。
それなのに聖魔法持ちの彩沙ちゃんが――違うか。聖魔法を持っているからこそ何かを知ってるのかな。
「わかりました」
頷きつつ、彩沙ちゃん、いつまでこの街に居るんだろう? 時間を作って訊かなくちゃと、しっかり心のメモに書き留めておく。
街の門。小国とは言え王都、入るのには手続きが必要となる。住んでいる人でも、発行された住民票なんかを忘れたりすると足止めを受けてしまう。特に冒険者は、組合から発行された依頼票があっても足止めされるという……不審者が入り込まないようにってのはわかるんだけど……頑張れば登れちゃうんですよ? 街を囲ってる防壁。試した……というか、実験台にされたことがあるから……防壁に刻まれてる検知と警備の魔法陣の。身体が頑丈なのは便利だけど、そういう案件が回ってくるのは考えものです……しかも、断れない親戚筋から。
なんて考え事をしていたから彩沙ちゃんが冒険者向けの窓口に並ぼうとしているのに気づかず先に進んでしまった。
「あれ、リリ?」
そんな私を不思議そうに手招きしている。
「彩沙ちゃん、私と一緒なら大丈夫ですよ」
逆にこっちですよと、別の窓口へと足を進める。
「リリ……そっちって軍関連と書いてあるように見えるのだけど?」
「そうですよ。だから並ばないで済むんです」
なんだけど、何かバタバタしてるらしく、兵士が出たり入ったり。
「……何かあったわね、これ」
「ですね……さっさと街に入っちゃいましょう……あ、けどフードはマズイと思います」
「それもそうね」
あっさりと素顔を晒す彩沙ちゃん……ならフード要らないじゃん! そうツッコミを入れなかった私は偉いのか、弱いのか判断に迷う。
「……街中でもフードはやめませんか? 一緒の私まで注目浴びそうなんですけど」
「顔を隠したい訳じゃないし、リリに迷惑かけるのも悪いからそうするわ」
やっぱりフード要らないじゃん! 顔を隠したいんじゃないんですか!? 尚更理由が想像すら出来ないです……。
「こんにちはー。今日も無事に戻りました」
軍用の窓口に座る顔見知り兵士さんに声をかける。
「リリちゃん、お疲れ様。なんだか森で魔物の目撃情報が複数入ってるみたいだけど大丈夫だったかい?」
そう言って兵士さんが紙を見せてくる。それはこの街周辺の地図で赤い印がいくつも付いていた。思わず凝視してしまう。隣で彩沙ちゃんも悩むような難しい表情をしていた。頭に浮かぶのは、私を襲ったゴブリンが組織された群れだと言った彩沙ちゃんの言葉。
「南の森の中、第三地区でゴブリンに襲われましたね……この人に助けてもらったんです」
私の言葉で印がひとつ増えた。兵士さんはチラッと彩沙ちゃんの顔を見てすぐに視線を地図に戻す。
「これで残っていた南側にも確認されてしまったと。王城にすぐに伝令を走らせないといけないな……リリちゃんありがと。連れの人もどうぞお入りください」
やり取りはこれだけ。あっさりと街へ入ると、メイン通りを冒険者組合へと向かっていく。彩沙ちゃんが私を微妙そうな表情で見ていた。
ゴブリンのことかな?
「リリ……実は高ランクの冒険者でこの街の王族がバックについてるとか?」
違った。
「ランク、下から二番目です」
言いながら小さな☆がふたつ並んで刻まれている鉄製のプレートを見せた。人と組めなかったから、護衛依頼なんかは無理。複数体の魔物が確認されている討伐依頼も危険度が高い。結果、一般的に冒険者扱いされる☆3に上がれず、実際のところ世間から見れば自称冒険者で薬草採集なんかでお小遣い稼ぎしてる街娘でしかない。
「なら、どういう絡繰りなのよ?」
「色々と、です」
「ふーん、気になるけど、今日会ったばかりだしね。なんか面倒な事情ありそうだし深くは訊かないでおくわ」
あ、そうでした……彩沙ちゃん、今日初めて会ったんだよね……なんだか、昔からの友達みたいな距離感になってるけど……。
私、初対面の人とこんな風に接してるの……なんでだろう? 最初は殺されるかもなんて怯えて先制攻撃までしたのに、隣り合って歩くのが自然なことのように感じてしまっている。
「彩沙ちゃんのランクはどのくらいなんですか?」
「はい、これ」
見せてくれたプレートは異世界人の証でもある銀製。そして刻まれているのは大きな☆がひとつ。
「勇者様じゃないですか!」
うわぁ、初めて見ました! 実力を認められ、この大陸を出て北にある魔大陸に渡ることを許可されている人物!
「そんな良いものじゃないわ……召喚された時点で、魔力量とか、いくつかの基準を超えていたから認定されただけよ……それにこれのせいで散々な目に遭ってるんだから」
最後の方は愚痴のようになっていた。一方で聞いた私は――。
「はぇ?」
ものすごい親近感が湧いてきた。なんだろこれ? 変な感覚……。身体の奥底から歓喜しているような――。
「リリ?」
彩沙ちゃんに名前を呼ばれて、我に返った。急に足を止めた私のことを怪訝そうに見ている。
「すみません、何でもないです」
彩沙ちゃんを追い抜くようにして冒険者組合のドアを開けて入っていく。中は今朝とは大違いで人がひっきりなしに動いて、煩いくらいだった。これ、魔物のせいだよね……。
普段は、外から来た聖魔法持ちとバッタリなんてなるのを避けるために早朝と、お昼すぎにしか来ないから、ここまで混雑していると奥に進みにくい。
建物内に視線を巡らせると毎日のように見ている人物が壁際で腕を組んでいた。街中ということもあって動きやすさを重視した革鎧。ガッチリとした体格に相応しい筋肉質の手足はよく鍛えられているのが見てわかる。腰には私の剣と同じ鍛冶屋で打ってもらったロングソード。トレードマークの燃えるような赤髪をポニーテールに纏めている若い女性。私とひとつしか変わらないのにいくつも歳上のお姉さんという印象を受ける。
「やっと帰ってきたな――お?」
ユリア姉さんだった。どうやら私を待っていたらしい。そして一緒に居る彩沙ちゃんに一瞬だけ視線が向いて、こっちに戻ってくる。
「ユリア姉さん、私を待っていたんですか?」
「ああ、今日も相変わらず乳デカいな! それとリリに王城から呼び出しがかかってるぞ……そっちは?」
親戚に呼び出されてるのを教えに来てくれたんですね? それだけでいいですよね! 胸の話題要りますかね!?
しかも、ユリア姉さん声大きいから、建物内に人たちの視線がしっかり集まってるんですけど! 嫌がらせですか!?
「……勇者様の彩沙ちゃんです。今日、ちょっとやらかしちゃって……その時に知り合ったんですよ」
文句を言ったところで、お前の胸がデカいのが悪いとか言い出すのが目に見えてるから一先ず我慢して話を進める。
後で覚えておいてくださいね、ユリア姉さん。
「どうも彩沙です」
「ユリアだ。それはそれは……リリが迷惑を掛けたようで申し訳ない」
「いえ、偶然その場に居合わせて無視できなかったので」
「後で個人的に飯でも奢らせてくれ。幼馴染が迷惑を掛けた詫びだ」
「気にしなくていいわ」
こういうやり取りを見てると、ふたりとも歳上なんだなぁという感じがする。
「んで、やらかしたってリリ……お前なぁ」
ユリア姉さん、私の『やらかした』の意味を闇魔法関連だってしっかり理解してるからねぇ……心配かけて申し訳ない。
「彩沙ちゃんのお陰で後始末も完了してるから大丈夫です」
「ならいいけどよ……って、流してたけど勇者っつったよな?」
ユリア姉さんがグッと顔を近づけてくる。
(なに姉さん?)
(勇者って聖魔法持ってるだろ? 大丈夫なのか?)
(うん、むしろ私が先制攻撃しちゃったから申し訳ないくらいです……)
(まぁ、当人が大丈夫だって言うならいいけどよ。人と距離を詰めたがらないお前が初対面の人間と一緒にねぇ、珍しい)
(私も自分で驚いてる。一緒に水着で水浴びまでしちゃいましたし)
「水着だと!? あたしにもお前の水着姿見せろ! 今夜にでも早速!」
「嫌に決まってます! 絶対にセクハラしてくるじゃないですか!」
吐息が掛かりそう……というか、実際に掛かっている距離で睨み合う私とユリア姉さん。
「内緒話なら声の大きさ考えた方がいいわ」
「すみません」「悪かった」
思わず謝ってしまう、私とユリア姉さん。ダメだなぁ、付き合いが長いユリア姉さんと喋っているとすぐにこうなってしまう。
「いえ、別に。わたしは報告を済ませてきちゃうので失礼します」
それだけ言うと、彩沙ちゃんはスタスタと私たちから離れてカウンターへと行ってしまった。並ぶのかと思ったら、冒険者プレートを提示してカウンターの中に入っていってお偉いさんに直接報告するらしい。流石勇者様。
「あれ、お前と同じ人見知りの香りがするな」
うんうんと頷くユリア姉さん。なんかムカついたから足を踏もうとしたら簡単に避けられた。お返しとばかりにお尻をガシッと鷲掴みにされる。
「――っ……え? 私とは普通に話せてましたよ?」
先に仕掛けたのは私。避けられたのも私。反撃は素直に一切抵抗せずに受け入れる。次は思いっきり踏んであげるんだからっ。
「人見知り同士、相性良かったんじゃねえの?」
ナデナデ。
「そういうものなの?」
「リリの敬語が崩れ始めればそういうことだろうな」
モミモミ。
「その判断基準やめてください。あといい加減、お尻から手を離して」
「はいよっと、そろそろ王城行くか」
「……それって呼び出しじゃなくて、連行じゃないですか」
たまに王城から来る呼び出しは、私の都合のいい時に顔を出してくれなのに、今回は迎えを寄越しての呼び出し。嫌な予感がするなぁ。今朝から本当に碌なことがない。
彩沙ちゃんと知り合えたのは別だけど。
「リリ、王城行くんでしょ? わたしも一緒に行っていいかしら」
「ん? 早いな」
ユリア姉さんが意外そうな顔をして彩沙ちゃんを見るけど私も同意。最近なかった魔物の目撃報告なんてもっと時間が掛かると思ってた。
「そうですね。報告は済んだんですか?」
「ええ、そしたら現段階で纏まってる情報を王城に報告してくれだってさ」
あー、勇者様だから。魔物を討伐するのにこれ以上の戦力は無いですからね……冒険者組合が逃がす気は無いと。
「……勇者様って大変ですね」
「ほんとにね。王城に伝手も欲しかったから渡りに船でもあるけど、今回の件に巻き込まれること確定なのよね、この場合」
彩沙ちゃん、王家に用があってこの街に来たってことですよね?
「……ユリア姉さん、私が呼び出し受けてるのも関係してますか?」
「さぁな」
ん? ユリア姉さんのこの判断。迷いますね……誤魔化してるようにも、本当に知らないようにも見える。
王城に行けばわかるんだろうけど……登城するのにこんなに気が進まないのは初めてのことだった。
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