4話 ビ・キ・ニ?
「あのぉ、彩沙ちゃん?」
「どうしたのよ」
私の呼びかけに、こちらを向いて首を傾げる彩沙ちゃん。隣に並ぶと身長差で私が少し見上げるような形になる。
「どこに向かってるんですか?」
「この奥に泉があるの知ってる? わたしは今日見つけたんだけど」
「はい。私もたまに使いますから」
「なら話が早いわね。そこに向かっているのよ」
「話の流れ的に街に帰るのかと思ってたんですけど」
向かってるのは逆に森の奥だった。
「いや、リリ……自分の格好を把握してる?」
言われて自分の服装を見下ろす。膝丈ワンピースにショートパンツの私流の冒険者スタイル。
「ワンピースにショートパンツ履いてます」
「その下重ね着してるんだ」
彩沙ちゃんの視線がスカートの裾に向かうけれど、どこかの幼馴染と違って性的な意図は感じなかった。純粋に気になったらしい。
「彩沙ちゃんはどうなんですか? スカート私よりも短いですけど」
「わたしは細工して、下から強風を受けたりしない限りそこまで捲れないようにしてるのよ。念のため見せパンも履いてるけど」
言いながら三回その場で跳んで見せてくれる。確かに裾が不自然に広がりも浮きもしなかった。
お互いのスカートの裾を見合う私たち。傍から見ると不審がられそう。
「そうなんですね」
「んー、リリって誰にでも敬語?」
「そうですね。周りが歳上ばかりなので」
例外はユリア姉さん。あの人相手には割りと敬語が崩れる。恐らく家族以上に長い時間を一緒に過ごしているからだと思う。
ちなみに心の中だと結構、タメ口。でも、人間ってそんなものだよね。
「もしかして敬語に慣れてて、わたしみたいな感じに喋りかけられるの嫌だったりする? 普通に友達みたいな距離感で話しちゃってるけど」
? なにを気にしてるんだろう?
「そんなことないですよ? 幼馴染なんて、男性みたいな口調ですから気にならないです」
ホッとした様子の彩沙ちゃん。もしかして過去に失敗した経験でもあるのかな?
「ならいいわ。この方がわたしも楽だし」
「私もこの方がいいです」
彩沙ちゃんが私のことを名前で呼ぶ度に不思議と優しさを感じるんだよね。
「着いたわ」
目の前に広がるのは、この森にいくつかある泉の中で一番小さいモノ。ただ、深さは腰くらいまであるため、私は結構好んでいたりする。暑い日に脚だけでも浸かってると落ち着くんですよねー。
「着きましたねぇー」
それで結局、何が目的で来たんだろ?
「リリ」
「はい」
「水浴びしましょう」
「え、水浴びですか?」
もしかして私臭ってる!? 慌てて襟を引っ張って嗅いでみる。……朝から色々あって変な汗かいたりしたから若干……?
「違う違う」
そんな私を見て呆れた様子の彩沙ちゃん。ビシッと右手の人差し指を向けてくる。視線を追うと、私の胸元に到達。ゴブリンの血がべっとりと付着していた。
「あー……納得です」
水面を覗き込んで自分の顔を確認してみる。頬なんかにも血が……このまま街へ帰ると兵士に捕まりそうですね……。
「でしょ? わたし嫌だからね、街に着いて即連行とか。あそこに知り合いなんて居ないから面倒なことになるの確実だし」
彩沙ちゃんは冒険者の高ランクって信用でなんとかなりそうだけどね。そういえば、高ランクって私の想像だけど実際のところ、どのくらいなんですかね? 教えてくれるかな? 街に帰ってからでも訊いてみようかな。
「私も勘弁してほしいです。迎えに来た幼馴染が爆笑しながら罰を言い渡してくるのが目に見えてます」
罰とか言って嬉々として胸とか揉んできそう。そして私は理由が理由だけに抵抗できないと……そんなある意味恐ろしい未来の想像にブルっと身体が震える。
「? 幼馴染?」
「私、家族が居ないので、そういった場合は幼馴染に話が行くと思うんです。騎士様なので……」
そしてそのまま親戚まで話が直行ですね……。怒られはしないけど、私としては申し訳なさが増してしまう。
「大変そうね……そうならないように、綺麗にして帰りましょ」
「はい」
「ところでリリ。そのリュックの中に着替えとかって入ってる?」
彩沙ちゃんの言葉にリュックの中身を頭に思い浮かべる。今日は近場で採集だけの予定だったし……。
「無いですね」
「わたしも近場の偵察だけのつもりだったから着替えなんて宿に置きっぱなしで持ってないのよ。まぁ、そのワンピースだけ洗えばいい訳だし。乾かすのは魔法でどうとでもなるわね」
「そうですね。私、火魔法使えるので大丈夫です」
「はいこれ」
納得行ったのか、頷く彩沙ちゃん。小さく折り畳まれている布を手渡してきた。あまりに自然だったからそのまま受け取ってしまう。
「なんですかこれ? 服にしては小さいですけど」
「水着」
「はい? 着替えは持ってないのに水着は持ってるんですか?」
「まぁね」
なんでちょっとドヤってるんですかね……。というか、どこから取り出しました? 何か変な魔法持ってますね……属性すらわからないものを。さっきの水魔法といい、異世界人が魔法を変な使い方するのは結構よく聞く話だけど、ここまでなんですか。
「というか、私と彩沙ちゃんだとサイズ合わないと思いますけど」
並ぶとわかるけど、女性にしては身長が高く全体的にスラッとした印象の彩沙ちゃんと、身長は平均的だけど胸とお尻は大きいと言われる――言ってくるの主に幼馴染――私だと……。身体的特徴はそれぞれ気にしてる箇所がどこにあるか人によってバラバラだから慎重になる。
「それも大丈夫よ。これわたしの知り合い用に作ったけど使う機会が無くなっちゃったやつだから。服の上から見た感じサイズ合いそうだし」
使う機会が無くなっちゃったって、絶対に死んだっていう元仲間用のじゃないですか……。
「え? 作ったんですか?」
「そ、こっちの世界には化学繊維なんてないけど、代わりに魔物の素材があるから。似た感じの作れたのよ」
「その言い方だと、これ彩沙ちゃんの世界の水着ってことですか?」
「正解」
異世界の水着。ちょっと気になったので広げてみる。
「な、ななっ、なんですかこれ!? 下着じゃないですか!!」
ブラとパンツだった。深いけど緑色だったのは好みに合っていて幸運かもなんて思っちゃったけど形があり得ない!
「れっきとした水着よ。ビキニ」
「ビキニ……?」
「わたしのもあるから着替えて水浴びといきましょ」
言いながらさっさと着替え始める、彩沙ちゃん。いつの間にか、足元には彩沙ちゃん用と思われるオレンジ色のビキニか置かれていた。慌てて身体ごと向きを変えて視線を逸らす。しかし、見てないのに衣擦れの音だけ聞こえるのも、それはそれで意識してしまうわけで……。
そして私の手には水着。これから水浴び。汗をかいているのも、肌の一部には血がこびり付いているのも事実。
大丈夫、ここは森の奥にある泉で、一緒に居るのは同性の彩沙ちゃんだけ。その彩沙ちゃんも同じものを身につけるらしい。
「うぅ」
悩みに悩んで、私はワンピースのウエストを絞っているベルトを外すために手を伸ばすのだった。
「気持ちいいわぁ」
彩沙ちゃんがプカプカと水面に仰向けで浮かぶのを眺めながら、私は身体を隠すように肩まで浸かって、頬の血を落とそうと擦っていた。
屋外で活動していれば汗ばむ陽気に、森の奥にある冷たい泉。お風呂とは違った気持ちよさがあった。
懸念のビキニもいざ着てしまえば羞恥はあるものの、同じ格好で堂々としている彩沙ちゃんも居るし案外気にならなかった。最初から水着として渡されたのも大きいと思うけどね。
そして脱いだワンピースは洗って最寄りの木に引っ掛けてある。着替える時に火魔法で一気に乾かす予定。彩沙ちゃんが着ていたセーラー服は彼女が魔法で回収していた。見えない収納みたいな魔法なのかな? 予想だけど。ただ、宿に荷物置いてあるって言ってたから、量は持ち歩けないのかも?
「彩沙ちゃん、落ちましたか?」
「どれどれ? あー、顔は大丈夫だけど首筋にもあるわね」
「はーい」
指で教えられた場所を入念に洗う。それにしても――。
「はぁぁ」
脱力しきった吐息を漏らしながら浮いている彩沙ちゃん。わかってたけど、手足はスラッと長くほっそりしているのに適度に筋肉がついていて、それでいて女性らしいラインを維持しているのは、バランスがすごいなと思う。胸とお尻は控えめかもしれないけれど……控えめ? ううん、胸は控えめどころか普通にあるし。今も胸元をつつーと流れる水滴に視線が吸い寄せられる。肌、綺麗だなぁ。お尻だって脚へのラインを考えると大きいって感想を抱く人も多いんじゃない?
もしここにユリア姉さんが居たら彩沙ちゃんのことを襲ってそう。
「……」
一瞬、面白そうと思ったけれど、私も確実に襲われるから居なくてよかったです。
「ねえリリ」
彩沙ちゃんが私の正面に立っていた。
「なんですか?」
「一回立ってみない? ほら、わたしのビキニ姿はたっぷりと見られてるのに、リリのはあんまり見れてないなと思って」
うっ、私、着替えたらすぐに泉に飛び込んだし、その後は血を落とすことしか考えてなかったからなぁ。
「わかりました」
なにより、私が彩沙ちゃんのビキニ姿をしっかり見てるのがバレてるし。そもそも、ビキニの提供者が彩沙ちゃんだから、拒否るのは悪い気がしてしまう。
私も向かい合うように立ち上がった。
「服の上からでもわかってたけど、ビキニなんて着るとおっぱいの大きさがよくわかるわね」
「っ」
真っ先に視線が飛んできたのは胸だった。そんな予感はしてたけど、実際に注目されると頬が熱くなる。身長の割に大きいらしいから、結構見られることが多いんですよね……。
同性に見られたところで平気なはずなのに、どこかの幼馴染のせいで、そういう視線に敏感になってしまっている私だった。あの人、同性だからって遠慮なく見るし触るしで……友達同士の悪ふざけの範疇を大きく逸脱した触り方。される側は普通に恥ずかしいし、笑い話で終わらせられない事が年々多くなってきている。
正直、いつか処女を奪われそうで怖い。
「見られるの嫌なタイプ?」
「別に大丈夫ですよ? 恥ずかしいですけど、彩沙ちゃんの視線はえっちな感じがしないで純粋な興味って感じがしますのから」
「まるで同性から性的な目を向けられたことがあるような言い方ね」
「……」
黙り込む私。
「……あ」
察したように黙る彩沙ちゃん。
「「……」」
向かい合いながら静かに見つめ合う私たち。
「せいっ」
沈黙を破ったのは彩沙ちゃんのそんな掛け声と――。
「きゃああっ!?」
――突然、顔を水しぶきに襲われた私の悲鳴だった。今の彩沙ちゃんの水魔法ですよね!?
「ふふっ」
悪戯が成功した子供みたいな笑みが目に入った。こんな表情もするんだ……なんて思ったのも一瞬、反撃に転ずる。
「お返しです!」
両手を使って全力で水を飛ばす! バシャじゃなくてバッシャーン! と。
「はぁっ!? わぷっ!!」
たぶん、最初の驚き声は私の腕力が想定外だったんですね? わかっていてやってるけど。初見の相手は大半が驚くから。そして『わぷっ』は大量の水を浴びた素の反応と。
「えへへ、力ならそこらの男性にも負けないですよ」
話しかけながらも次々に水をバッシャーン! バッシャーン! とかけていく。
「ちょ、調子に乗らないの!」
ちょうど私の腕が水を飛ばすために水中に潜った瞬間を狙って水球が水面から生まれると真っ直ぐ向かってくる。私は勢いをつけるために膝を曲げて、両手は身体の後ろ。そんな私の胸は当然無防備で……。咄嗟にガードしようとするも間に合わない。
「――っ」
覚悟を決めるも、あろうことか水球の軌道が変わり、正面からぶつかるんじゃなくて下からぶつかってきて弾けた。衝撃で乳房が持ち上げられるようにして震えた。それも左右交互に二発ずつ。
「揺れるわねー」
そんな言葉に真っ赤になりながら胸を両腕で庇う。首筋まで熱くなっているのが自覚できた。下半身は水で冷やされているために尚更わかってしまう。
「も、もう! 胸は無しです!」
言ってからハッとする。彩沙ちゃんはどっかの変態姉さんとは違いますよね? 胸が駄目ならお尻とか言い出す人じゃないですよね!?
「あー楽しい……こんなハシャイだの久々。リリはどう?」
どうやら杞憂だったらしい。本当に楽しそうな彩沙ちゃん。出会ってから一番の笑顔を浮かべている。そして、私も……心のどこかで楽しんでいるのかもしれない。
「……私も、楽しいです」
認めつつも、胸を狙われて恥ずかしい思いをしたのは変わらない。ちょっと不機嫌な声色になってしまった。それを隠すように、今度は私から水を掛けにかかるのだった。欲を言うなら、彩沙ちゃんにも少し恥ずかしい思いをしてもらわないとなんて考えながら――。
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