6話 生贄

 王城。豪華さや煌びやかさよりも見る人が見れば質の良さがわかるように。そんなことを意識して建てられ、改装する時も代々その意志を引き継いできたと教えられたのは、まだ両親が生きていた頃だった。王城に初めて入った私は思ったよりも地味な内装に思わず声に出してしまった事がある。その時に笑いながら教えてくれたのが今部屋に入ってきたおじさん。現国王だった。


「悪い待たせたな。緊急性のある問題が発生して対応に追われていた」


 それって、ここ最近無かった魔物の目撃情報がいきなり、それもこの街を囲むように報告されてる件ですよね……。


「いえ、陛下――」


「リリ、ここは我々だけだ。家臣も居ない。いつも通りでいい」


 ここは城の奥にある王家一家の居住スペース。その客間だった。室内には、私とおじさん、王子のドミニクさんの三人だけ。護衛も居なければ、メイドも居ない。私が一人でソファーに座っており、テーブルを挟んで対面におじさんとドミニクさん。

 ちなみに彩沙ちゃんは魔物関連の部署に報告書を持って行っており、ユリア姉さんは城に着くと同時に所属する騎士団の詰所に戻った。


「おじさん、緊急性のある問題って魔物ですよね」


 いつも通りおじさん呼びに切り替える。


「その通り。そういえば勇者殿の話にリリの名前が出ていたな」


 あ、呼び出されたのに珍しく待たされたのは先に彩沙ちゃんからの報告を直接聞いてたのかな?


「はい、薬草採集の最中にやらかしてしまいまして……」


「おいリリ……」


 ため息を我慢した様子のおじさん。


「大丈夫だったのかい? 勇者だろう?」


 その隣のドミニクさんが心配そうに訊いてくる。長身でイケメン。こうして並ぶと顔つきはもちろん、表情がそっくりで親子なんだなぁと思わされる。ただ、そっくりな分……二十五年後。おじさんと同い歳になる頃には、ドミニクさんのお腹もあんな風にでっぷりと太っているのだろうかなんて失礼なことを考えてしまう。


「はいドミニクさん。むしろ助けてくれました」


「ならよかった」


 心からホッとした様子のドミニクさん。


「まぁ、彼女ならそうだろうな」


 おじさんも納得した様子だった。そのことに、おや? と思う。


「彩沙ちゃんと結構話をしました?」


 おじさんは外部から来た人間とはあまり深い話をしないのに珍しい。


「ああ、話したぞ。そもそもこの国に来たのも、我が王家との交渉が目的だったようで、伝手づくりに苦労するはずがリリと知り合えたことで一気に進んだと幸運に感謝しておった」


「そうなんですね」


 助けて貰ったお礼をどうしようかと思っていたけど、役に立てていたのならよかった。


「それでだ。勇者殿の話と今朝届いた急報から我が国に大きな脅威が迫っていることが判明した」


「それ、私が聞いていいやつですか?」


 ここはしっかりと確認しておかないと。知らぬ間に極秘情報を握っていたなんて勘弁願いたい。


「もちろんだ。本題にも関わるしな。ドミニク」


「リリこれを見てくれるかい」


 ドミニクさんがテーブルに広げたのは周辺の詳細な地図だった。街から東西南北に走る街道、その内南北に伸びる街道には青い線が引いてある。そして、街を囲むように書き込まれている赤い丸印が、魔物の報告された場所だよね?


「赤いのはわかりますけど……青い線、なんですか?」


「これは我が国から支援物資を輸送する際に想定される経路だ」


 答えてくれたのはおじさんだった。


「支援物資ですか?」


「そうだ。リリは北の海を挟んだ先にある魔大陸があるのは知ってるな?」


「それはもちろんです」


「魔王が代替わりした話は?」


「噂でしたら」


 確か商人の噂話で聞いたことがある。私には関係ない話だからスルーしていたけど。


「噂では無く事実だな。大分前に確認されている」


「そうです――え? それって、もうひとつの噂も事実ってことですか?」


 頷こうとして、頭に浮かんできたのは関連する噂だった。新しい魔王は好戦的だって――。


「その通り。先代の魔王は人間側が攻撃した時に反撃するくらいで、軍勢を送って来るようなことは無かったんだがな……今代は違うらしい。北の大国の偵察隊が魔大陸の南岸に飛行型の魔物の集結と、大量の船の建造を確認している」


「……」


 戦争……。その単語が脳裏に浮かぶ。


「今朝、その大国から報せが届いた。陸路で使者がやって来てな。内容は防戦の準備を開始するゆえ支援を頼むとな。そこで今日昼間の会議で我が国は余裕のある食料と医薬品を送ることに決め、北へ向かう陸路と、南の海から船で大陸を東廻り。二通りの輸送経路を設定したところだった」


 陸路。海で繋がるこの国にわざわざ時間のかかる陸路で。そもそも、大国って大陸の北半分の領土があるわけで、その国が小国に支援要請する状況……。 


「……質問いいですか?」


「構わないぞ」


「魔物の目撃情報、件数だと北が多いですけど……一件当たりの数はどちらが多いんですか?」


「気づいたか。リリと勇者殿が倒した南が圧倒的だな」


「それって――」


「北の大国が押されていて、制海権を失っているな。大陸北側からの上陸は防げているらしいが……正直に言うと我が国みたいな海沿いの国はいつ攻撃されるかわからん」


「――っ」


 そんな!? しかも、上陸を防げてるいらしいって、使者が出た時点の話ですよね!? 今どうなっているのかわからないってことじゃないですか!


「だから兵を送らずに守りを固めながら……万が一どこかが抜かれると頼みの大国が多方面から攻撃されて終わりだ。我々に出来るのは自分の身は自分できちんと守りつつ、余剰物資を少しでも戦力の多い大国に送って盛り返してくれることを期待するしかない」


「……」


 あまりの状況に言葉が出てこない。


「まったく、異世界から魔法で複数人の勇者を召喚という名の拉致までして無害な魔王を倒したどっかの大馬鹿者には地獄すら生温いわ。もっとも、直後に大陸の守護竜様によって灰燼に帰してるが」


「……勇者」


 ここでも勇者。思わず彩沙ちゃんの顔が浮かんでしまう。


「父さん、それは関係ないかと」


 ドミニクさん、思いっきり関係してると思いますけど。


「そうだな。それで北側で目撃された魔物。これもゴブリンなんだが……発見した冒険者によって午前の内に討伐されている。問題はソイツが持っていた手紙だ。その内容が生贄を求めるモノでな」


「生贄、ですか」


 耳にその単語が届いた瞬間、サッと血の気が引いてくのが自分でもわかった。

 聞き返した私を見るおじさんとドミニクさんの表情。感情を押し殺すような、無表情だった。そこにいつもの温和な雰囲気はなかった。その様子に察してしまう。本題だと。

 心がザワつくのを抑えるためにワンピースの上から指輪を握りしめる。


「その通り。生贄を無事に魔王城まで送った国には、それなりの見返りがあるとな。ただし、生贄は国の頂点に立つ人物の親族のみ」


「もしかしたら今代の魔王は人の上に立つ人間が嫌いなのかもしれないね」


 親族。これがどこまでの範囲が含まれているのかがわからない。けど、ドミニクさんの予想が正しいのなら、遠いかろうじて血が繋がっているような親戚が認められるとは思えない。

 その点、私のという存在は……おじさん、国王の弟の娘。しかも、お父さんもお母さんも居ない。ううん、私が闇魔法を暴走させて殺してしまっている。私もその場で処分されても文句言えないような事を仕出かしているのに、おじさんたちは今でも私の面倒を見てくれている。不思議だったけれど、納得した。今回みたいな時の為だったんですね……。


「恐らくドミニクの予想は当たっておる。生贄を求めるような魔王の言う見返りが何かはわからぬ。良い方向に転がるのか悪い方向に転がるのかもな。しかし、それに賭けるしかない状況に追い込まれつつある」


 おじさんとドミニクさんが顔を見合わせて頷くと、私を見る。


「「……すまない」」


 そのまま頭を下げられた。ふたりとも、今にも泣きそうな震えた声……そんなに辛そうに言わないでくださいよ。

 正直、今この瞬間にも涙が溢れてきそうだった。だけど闇魔法持ちの私が人のいる場所で泣いたりなんてしたら迷惑がかかってしまう。それが、家族のように接してくれた相手なら尚更だった。恩返しすることはあっても、両親の時の二の舞いにしてはいけない。

 だからこの場では必死に我慢する。泣くのは、誰もいない、一人きりになれる場所で。


「…………生贄のお話、お受けします」


 指輪を一際強く握りしめながら言葉を発した。声が震えなかった自分を褒めてあげたい。


「リリ。僕たちを恨んでくれて構わない」


 先に顔を上げたのはドミニクさんだった。目尻の涙には気づかないふりをする。


「…………恨むなんて出来ませんよ。それを言ったら私はあの日、あの場で殺されていても文句なんて言えないんですから」


「あれは事故だった。正式な報告書でそうなっておる」


 おじさんはいつもの雰囲気だった。こういう切り替えは流石だなと思う。私も気持ちを変えるために指輪を放して手を膝の上に置いてみる。結果は膝が、自分の身体が震えているのを自覚するだけだった。


「おじさんがそうしてくれたんですよね」


「はて? あれは調査した兵士が上げてきた報告書だったはずだ……リリ。生贄を引き受けてくれたこと感謝する。この国から魔大陸へは、海路が早いが……制海権がない現状では危険すぎて使えん。よって陸路、大陸を南から北へ縦断し、大国へ。どちらにしろ、そこからはなんとかして海を渡る必要があるが……簡単にはいかないだろう。何か戦況に変化があることを願うしかない状況だ」


「……うわぁ」


 他人事のように大変そうという感想が湧き、呻いてしまう。


「そんな旅路をリリ一人で行かせる訳にもいかないからな。当然、護衛兼見届人を付ける。ユリアだ」


「え、ユリア姉さんをですか……?」


 それっておかしくない? 見届人って、私が逃げないように見張りじゃないの?  


「ああ、そうだ。本人も了承済みだ」


「そうなんですか?」


「幼馴染だからな。絶対にリリのことを裏切らないだろうと選んだ」


「ユリア姉さんなら裏切らないと思いますけど……」


 裏切らないように。確かに姉さんなら私のことを裏切ることはないと思います。思うけど……今は私にそんな気なくてもですよ? もし魔王城へ向かう途中で、生贄なんて嫌だ! 逃げ出したいってなったとき――ユリア姉さんはどっちを選ぶのか、わからないですよ? 本当にいいんですか?


「出発はリリの準備が出来てからで構わない。それまで今住んでいる部屋も普通に使ってくれ」


「……おじさん?」


 待って待って! 生贄だよね? 間違いなくそう言ってましたよね? どうして出発のタイミングを私に委ねるんですか!? 話を聞いた限りだと、急ぎも急ぎなのでは!?


「以上だ。最後に、出発するときは知らせて欲しい」


 質問は受け付けないってことですか……。ドミニクさんも目を合わせてくれないし、絶対に何か私の知らない裏がありますよねっ? 気になるけど、教えてくれるなら最初から言ってくれるはずだし……これは訊き出せそうにもない。


「……わかりました」


 私は疑問を飲み込んで立ち上がると、ドアへと向かいそのまま部屋を出る。向かうは王城と兵舎地区の間にある練兵場のひとつだ。

 

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