2話 回想、朝からのこと

「――っあ!?」


 ガバッと身を起こすと見慣れた私の部屋だった。窓際のベッド上から部屋の中を見回すもドアはちゃんと閉まっているし、テーブルの上には昨日寝る前にメンテをした短剣が置いたままになっている。特に異変は無い。


「はぁ、はぁ、はぁっ……っ」


 荒い呼吸と、激しい運動をした直後のような心臓の鼓動は落ち着くのに時間が掛かりそう。そこでようやく夢を視ていんだなと思い出す。

 どこかの平原で対峙する一人の女性……魔王と四人組の冒険者。そう、姿を見たのは初めてのハズなのに彼女が魔王だとわかった。甲冑を身に着け長剣を両手で構えていた。どこかの国に所属する騎士様か名のある冒険者にしか見えない姿だったのにハッキリと魔王だと認識出来た。それが何故だかわからない。しかも懐かしく感じてしまったのが理解不能だった。

 魔王と冒険者たちが戦い、激戦と言えるそれを制したのは四人組の方だった。ボロボロになりながらも誰一人欠けることなく魔王を倒すことに成功する。しかし、魔王の亡骸から発生したモヤが、とどめを刺した剣士に取り付いて――ろくに動けない仲間たちを襲い始めて……もっとも後方にいた魔法士だけが他の仲間に庇われるようにして逃げ出すことに成功していた。


『おね――――――――て』


 剣士だった存在が掠れてほぼ聞き取れない言葉を発する。その表情は俯いていたせいで窺えない。それが夢で視た最後の光景だった。

 正直、さっさと忘れ去ってしまいたい夢だった。いつもなら目が覚めてしまえばすぐに忘れてしまうのに、今朝の夢は暫くの間忘れられないんだろうなぁ、そんな予感があった。

 頭を振って思考を切り替える。カーテンを半分ほど開けて窓の外を見ると、太陽はすっかり昇りきっていた。


「……完全に寝坊しちゃった」


 ぐぐっと両手を上げて背筋を伸ばすとポキポキと小気味の良い音がした。そして汗でびしょ濡れの服にげんなりとした。自分の身体を見下ろしてみる。


「うわぁ……」


 寝るときに掛けた毛布が床に落ちているのは、まぁいつも通り。下半身は部屋着として使っている紺のショートパンツがずり落ちて、ライトグリーンの下着の上端が見えていた。これもまぁ、割とあること。問題は、上半身だった。シンプルな白いシャツが思いっきり張り付いて身体の線がモロに出ていた。主に人並みにはあると言える、身長を考えると大きいに分類される胸部。一人暮らしで他の誰にも見られないから、私の中だけの笑い話で済むけれど……異性はもちろん……同性にもあまりお見せできない状態だった。特に幼馴染の騎士様とか。


「よいしょっと」


 ベッドから下りて最初にしたことはカーテンを閉めて、身につけていた物を脱ぎ去ることだった。生まれたままの姿となって、テーブルの上に置いてあるタオルで汗を拭う。そして昨晩洗濯しておいた街の外に出るとき用の服を着ていく。

 上下の下着、今日は淡いミントグリーン……私、緑系の下着多いですね……そして膝丈の麻ワンピースのウエスト部分をベルトで絞って着用。これは胸のところからストンと落ちるせいで太って見られるのを避けるため。欠点は胸が強調されてしまうこと。どっちがより嫌なのかを悩んだ結果、私は太って見られる方が嫌だった。

 そしてスカートの中は部屋着とは別のショートパンツを履いてっと。


「ふぅ、さっぱりした……けど、微妙」


 本音を言えばすぐにでも朝風呂に入りたいところだけど、寝坊した身としては時間の方が惜しかった。衣食住のうち、おじさんが今現在面倒を見てくれているのは家だけ。それだけでもありがたい……というか、私がやってしまったことを考えれば放逐どころか殺されても――ただでさえ面倒くさい魔法持ってますし――文句は言えないのに、今でも面倒を見てくれていることに優しさを感じるけど、それ以上に申し訳無さしかない。

 衣食までお世話になるわけにもいかず、自分で稼いでいる。と言っても、去年成人したとはいえ、まだ十六歳で女の独り身。伝手もなければ、闇魔法なんて持っているせいで不特定多数の人と接する店員なんかは、いつ聖魔法持ちと遭遇するかわかったものじゃない。今はこの街に聖魔法持ちが居ないとは言え、旅人なんかでやってくる可能性は十分にあるわけで……私みたいなのが就ける職なんて冒険者か、最後の手段として文字通り身体を売るくらいしかない。幸いなことに人より頑丈な身体と、人並み以上の体力と魔力、運動能力でなんとか冒険者をやれている。


「その日暮らしとも言うけど」


 生活に余裕なんてない。特に今日は寝坊したせいで、私が安全に受けられるような依頼が残っているのか怪しい。変な夢視るし、なんだかなぁ……。


「ふぅ」


 ベッドのサイドボードに置いてあるネックレスを身につける。ネックレスと言うか、指輪のサイズが私に合わず、仕方なくチェーンを通してネックレスにしているというのが正しいモノ。ゴソゴソと襟からワンピースの中に隠すと、チェーンの長さの関係でちょうど胸元に位置する。それをそっと服の上から右手で握り込んだ。

 宝石なんかは付いていないけれど、ミスリル製でこの国どころか近隣国でも見ない珍しい意匠の細工がされている魔力を感じる指輪。それも先祖代々、女性が引き継いできたもので、私にとってはお母さんの形見でもある。

 魔道具としての効果は、持ち主が殺されたときに相手を道連れにするというもの。別名、心中の指輪、それか道連れの指輪とも呼ばれている。この持ち主っていう条件には、殺された瞬間身に着けていた人物が当てはまるみたい。例えば、普段は指に嵌めているけれど、殺された瞬間にテーブルの上にあった場合なんかは発動しない。これは経験談だから間違い無いと思う。……果たしてネックレスにしているのは身につけている判定なのかな? 私にはわからない。


「……ほんと、どうしてこんな指輪が代々受け継がれているんですかね」


 何でも初代勇者様関連の魔道具らしい。これはお世話してくれているおじさん談。


「最後にこれを装備してっと」


 一人暮らししていると独り言増えるよねぇなんて考えながら、愛用の短剣を腰に装備して準備完了。玄関を出ようとしたところで違和感に気づく。

 そもそも私が珍しく寝坊したのは毎朝騒がしくウチにやってくる幼馴染が来なかったからだと気づく。そして人のせいにしていることに自己嫌悪。自分のことながら最低すぎる。心のモヤモヤを誤魔化すようにため息ひとつ。


「はぁ……行こ」 


 ドアの脇に置いてあるリュックを背負って玄関を出ると、石造りの宿屋のような廊下。宿屋のようなというか、ここは元は宿屋なんだから当然と自分に突っ込む。ちなみに現在は国の管理する兵舎の内の一棟だったりする。

 十六歳、女の独り身としては治安という意味では申し分ない。用意してくれたおじさんには感謝してもしきれない。もっとも、仮に戦争にでもなれば優先的に攻撃されそうだけど。

 自分の部屋の玄関に鍵をかけて、廊下を歩きながら隣室を確認する。一応ノックしてみるも反応なし。人の気配もなかった。


「どうしたんだろう? ユリア姉さん。昨日は一緒に夕ご飯食べたけれど、特に何も言ってなかったはずだけど……」


 気になるけれど、私も急がなくちゃ。夜はどうせまたどっちかの部屋で一緒にご飯だろうしそのときに訊けばいいや。守秘義務で教えてくれない可能性もあるけれど、それはそれ。

 

「今日も程よい依頼がありま――残っていますように」


 そう願いながら私は、兵舎を出て裏通りから表通りへ。そのまま冒険者組合へ向って歩き出したところで――。


「っとと、すみません!」


 人とぶつかり、咄嗟に頭を下げた。


「いえ、こちらこそ」


 優しい声色に恐る恐る顔をあげると、綺麗な女性が立っていた。異性どころか同性でも振り向いて二度見してしまいそうな目鼻が整った顔立ち。身長が高く、スラッとしつつも、鍛えられているのがわかる。そして――白かった。服飾が全部白。風になびくストレートの髪まで真っ白だった。

 この区画に居るんだからこの国の兵士か騎士様かな? ……でも見かけたことないなぁ。こんな目立つ人、1度見たら忘れないと思うけど。


「? あの、私なにか変ですか?」


 そんな人がジッと私の頭のてっぺんからつま先まで見ているから思わず訊いてしまった。


「あ、昔の戦友に似ていたものでつい」


「そう、ですか?」


「ぶつかったことは気にしないで構いませんよ。それより急いでいたみたいですけど」


「そうでした、失礼します!」


 白い女性の脇を通り抜けるようにして冒険者組合へと向かう。通りを曲がるまで、私は背中に視線を感じていたのだった。







「おはようございまーす」


 冒険者組合のドアを開けて中に入ると、閑散としていた。いつもなら何人ものその日暮らし仲間がそれぞれに合う依頼を取り合ったり、採集物の買取価格の変動や、魔物の目撃情報なんかを確認しているのに、ここまで静かなのは新鮮にすら感じる。


「あ、リリさん。今日は珍しくお休みかと思ってましたよ」


 カウンターに座る顔馴染みの受付さんに声をかけられた。ちょっとキツい印象だけど、意外と優しいお姉さん。酒癖は最悪との噂もあるけど私は真相を知りたくない。


「寝坊しちゃいました……何か残ってます?」


「そうですねー」


 ペラペラとカウンターの上に重ねられている数枚の依頼票を確認するお姉さん。これが早朝なら紙が束になっているのに、この時間だと数枚しか残ってないんだ……そういえば、この街は依頼の受注率がかなり高いって聞いたことあったなぁ。どうやら本当らしい。


「……」


「……」


 顔を上げたお姉さんと目が合う。あ、これ、私が受けるような依頼が無いやつですね?


「リリさん、これ見てください」


 予想通り、お姉さんが私に提示したのは依頼票じゃなくて、採集品の買取価格の変動を知らせる紙だった。


「えっと……え? この辺の薬草って、不足するようなことあるんですか?」


 載っていたのは傷薬の材料として使われる薬草が数種類だった。これって街からちょっと歩いた森の中で結構簡単に集まるよね? 私も結構お小遣い稼ぎしてるし。ただ、あくまでお小遣い程度にしかならない買取価格だったんだけど……上がってる。これなら夕方まで集めれば悪くない金額になりそう。


「それが上からの指示なんです。数が必要みたいで」


 パッと頭に浮かんだのは、北の大陸に居る魔王が代替わりして好戦的になったって噂がありましたねぇ……そういえば。北の大国は魔王軍と戦争の準備をしているなんて噂もあったし、支援物資として送るのかな? ちなみに私の住む国は大陸の南端だから、この戦争に巻き込まれるようなことになった時点で色々と終わってる。

 それにしても魔王の代替わり……今朝の夢……関係ないよね? 


「そうなんですね。私、採集に行きますよ」


「よろしくお願いします」


 幸いなことに薬草を集める道具は背中のリュックに入れっぱなし。このまま採集場所まで――朝ご飯だけ屋台で買って、お昼は――寝坊した私が悪い。少しでも長い時間を薬草集めに使いたいから抜こう。その分、夜食べるから大丈夫でしょ、きっと多分。


「夕方に買い取りお願いしに来ますね」


「お待ちしております」

 

 そんなやり取りを最後にカウンターを離れる。念のため壁にかけられた掲示板を確認する。付近で魔物の目撃情報はなしと。少し前に目撃情報があった魔物も討伐されきったのか最近は目撃情報すら無し。平和でなによりです。

 今日やることが決まり、どこの採集場所に行こうかと思考を巡らせて居たところで――。


「っ」


 背筋を、ううん、もっと深い私の根幹からゾワゾワとした感覚が襲ってきた。慌てて周囲に視線を巡らせると、私のことを見ている人物が1人。ローブを着込んで、フードを目深に被っているから顔どころか性別すらわからない。

 あ、肩に結った黒髪がかかってる……そこまで伸ばすなら女性……とも言い切れないですね。男の人でもたまーにポニーテールに出来るくらいまで髪を伸ばしてる人が居るもんね。

 コツコツと足音を立てながら私の方に近づいてくる。


「――」


 怖い怖いっ、女の身で誰とも組まずに冒険者をやっていればメンドイのに絡まれることもあるけど、そんなのと比べられない程の恐怖がわき起こってくる。


「あなた――」


 女性、想像していたよりも若い女の子の声だった。


「……」

 

 私は無視するように脇を通り抜けると、冒険者組合を出た。そのまま走って逃げる!


「あ、あの人、絶対に聖魔法持ってた」


 チラッと背後を確認するけど、追われていないことに心底安堵した。街を出るため門へと足を進めつつ、愚痴る。


「もうっ、今朝からなんなの? ……変な夢で目が覚めるし、真っ白い人にぶつかるし、聖魔法持ちに見つかるし……流石にこれ以上のことは勘弁してくださいよ」


 こうして私は、採集場所で目撃情報すら無かったゴブリンに襲われ、やらかしたところを、件の聖魔法を持っている女の子に発見されてしまうのでした。

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