生贄にされた街娘は元勇者(カノジョ)に恋をする

綾乃姫音真

1章 街娘と元勇者

1話 やってしまった、そして出会い

 

 いくら森の中とはいえ街から近い地点。付近の魔物は見つかり次第討伐されるし、ここ最近は目撃情報すらなかったから油断していたのだと思う。

 しゃがんでシャベルで薬草を根ごと掘り起こしている最中、不意に背後から物音が聞こえた。咄嗟に振り返った先には粗悪な棍棒を振り上げる緑色の子鬼の姿。

 私は反射的に持っていたシャベルと薬草を投げ捨てて護身用と腰に下げている短剣に手を伸ばさずに――魔法を発動して――あ、これ火魔法じゃないっ、こっちの魔法はマズい――と思ったときにはもう遅かった。無理に魔法の発動を止めるほうが危ないので私にはこれから起こるだろう事態に備えて顔を背けることしか出来なかった。直後、なにかが弾ける音と共に熱く鉄臭い液体とグチャッとしたモノが顔に掛かった。


「っ、やらかしちゃった……」


 恐る恐る目を開けると想像していたとおりの光景が広がっていた。私が持ってきていたリュック、薬草を入れるための籠と並ぶように、内側から破裂したゴブリンだった肉塊が3体分。そのうち1体は木の幹にへばり付いているという惨状だった。

 せめて討伐証明になる心臓付近の魔石か耳を回収できれば、気分的には最悪でもお金のためと自分に言い訳できるけれど、ゴブリンたちは体の内側から破裂したために、それらの部位がどこへ飛んでいったのかすらわからない……思わず視線を空に向けると、どこまでも青く澄み切っていた。


「……片付けないと」


 いつまでもこうしては居られない。ここは私みたいな戦闘をしたくない冒険者が、1人でも割と安全に薬草類を中心に色々と採取できる貴重なポイントなんだけど……こんな惨状のまま放置して帰ったりしたら何か強力な魔物が出たとか勘違いされて立入禁止になりかねない。

 というか、今現在の私が犯人にしか見えないこの状況を誰かに見られるのも憚られる。私が珍しい類の属性の魔法を使ってしまった直後だからか独特の違和感のような痕跡が残っているし言い訳ができない。特に相反する属性を持つ人には一発でバレてしまう。そしたら問答無用で攻撃されかねない。

 私の持つ方はある意味希少性が高いのに、相反するほうは割と持ってる人間が多いというのが……しかも勇者様とか聖騎士様とか戦闘力の高い人が殆どで、お互い気配でわかっちゃうし。


「って、魔法のことはどうでもいいです。痕跡が霧散してくれれば大丈夫だもんね」

 

 問題は、足元の肉塊……いっそ全部燃やしてしまえばいいのでは? なんて思考が頭を過り慌てて振り払う。


「ダメダメ……不安定になってる、落ち着け私」


 取りあえず放り投げたシャベルを探すと、私とゴブリンだったモノの中間辺りに落ちていた。すぐ見つかったことにホッとしつつ、辺りを見渡す。


「埋めるのに良さそうな場所はどこですかーと」


 正直移動したくもないし、すぐ隣に掘ればいいよね。


「うっ、血のニオイが酷い。人型って獣とは違った臭さがあるのがね」


 これが花とか女の子の匂いなら喜んで嗅ぐんだけど。なんて現実逃避しながら大惨事の現場で穴を掘っていく。ついさっき、穴掘り中に不意を突かれたから気をつけないと。


 ガサガサッ!


「ひぃっ!?」


 背後。それもかなり近い位置から聞こえた草をかき分けるような音に悲鳴を漏らしてしまった。これが音に反応する魔物とかだったら自殺行為でしかないけれど、幸い? 振り返った先に居たのは人間だった。

 ただ……ゾワゾワと、私の中のなにかが警告を発している。


「……魔物の方がよかったかも」


 相手は私と同年代と思われる女の子だった。近辺では見かけない格好をしている。半袖で襟が目立つ上着に、膝どころか太もも半ば近くまで露出している短いスカート。足元はブーツに膝上丈の紺色ソックス。服は上下ともに水色を基調としていて白い縁取りがされていた。見た感じ、武器を持っていなければ、これといった防具も装備していない。黒髪は肩を越えるくらいの長さで、前に流して先を結っている。美人だなぁと思わされる顔立ち。その目が油断なく私を見ていた。

 その右手が地面に向いたと思ったら、土が剣を形取りながら伸びてくる。やや短めの片手剣。武器も防具もその場で自分の魔法で作るから持ち歩かないんだ、この人……。


「あなた、闇魔法持ってるわね」


 女の子の目が鋭くなった。重心を落として、いつでも斬りかかれるようにしている。


「そ、そういうあなたは聖魔法持ってますよね……」


 視線を忙しなく動かして逃げ道を探す私。実はこうやって言葉を交わせているだけ、相手は優しかったりする。聖魔法を持ってる人間に、私みたいな闇魔法持ちが見つかったら問答無用で殺されるのが普通だと聞くから。今すぐにでも逃げ出したいけれど、背中を向けた瞬間斬られる未来が想像できてしまって動くに動けなかった。


「……あら? あなた……朝、冒険者組合で会ったわね」


「え?」

 

 言われて思い出す。肩の前に流して結っている黒髪。見覚えがあった。確かに会ってる。そのとき、向こうはローブを着込んでフードを目深に被っていたから、目の前の人物と記憶の中の人物が一致していなかったけど、肩の前に見える黒髪は確かに同じだった。


「朝も名乗ろうとしたんだけど逃げたでしょ、あなた」


 そりゃ、闇魔法なんてモノを持ってる身としては逃げますとも。私だって殺されたくなんてないですし。

 私の住む街は小国とは言え王都で人口も多いけれど、何故か聖魔法持ちが居ないから私みたいなのには住心地が良いんだよね――目の前に外から来た聖魔法持ちが居るわけだけど……絶賛ヤバい状況だけど! というか今日は今朝から色々とありすぎ! 


「……私に自分を殺す相手の名前を覚えとけってことですか?」


 ダメだ……いくら探しても逃げ道がない。隙が無さすぎるよこの人。きっと上位の冒険者じゃないかな? なんでこんな田舎に居るんだろう? 本来は北の大国とかに居るような人じゃないの?


「いや、誰もそんなこと言ってないから」


 そう言いながら身構えるのやめてください! いまこの瞬間にも手に持った剣で切りかかってきそうで怖いんだけど! そっちがその気なら私はやられる前に一撃加えて逃げる!


「っ」


 覚悟を決めて右の手のひらを女の子に向ける。いかにもここから魔法を撃ちますよと。ちなみに剣での攻撃は最初から捨てている。どう考えても私みたいな素人の剣術が通用するとは思えないもん。


「……」


 狙い通り彼女の目が正面からしっかりと私を捉えるのがわかる。ただし焦点は私の手のひらじゃなくて身体全体。流石に掌だけに集中なんてしてくれないよね……。でも、意識がこっちに向いてくれているのなら――。


「せいっ」


 わざとらしく腕を通して掌に魔力を集めると同時に、私の頭上に発生させた火矢を2本撃ち出す。速度に全振りした、遠隔発動で魔力もほぼ込められていないモノ。一応、当たれば弾けてダメージを与えられるはずだけど、見るからに上位冒険者っぽい相手に通用するなんて最初から思っていない。ただ回避か防御するために動いてくれれば、その隙に全力で逃げ出す!


「……はぁ」


 そんな狙いの火矢を、彼女はため息を零しながら回避せずに受けていた。ダメージどころか、服に焦げ目すらついていなかった。その目は変わらず私を捉えたまま。思わず後退ったところに、地面が無かった。慌てて足元を見るとポッカリと穴が空いている。深さは私の膝が埋まるくらい――。


「――きゃぁっ!?」


 受け身を取ることも出来ずにみっともなく落ちる私。運がいいのか頭を打たずに済んだけれど、足、次にモロにお尻を打って悶絶することになった。


「……さてと」


 そんな声と共に見下ろしてくる女の子。そのまま右掌を向けられた。そこに魔力が集まっていくのがわかる。私の火矢がおままごとに感じられるほどの高密度で――。


「っ――」


 咄嗟に立ち上がろうとするも、強打したお尻と足の痛みで叶わない。


「……」


 そんな私を冷めた目で見てくる女の子。


「あ、や、やだ……死にたくない、です」


 懇願しながら見上げることしか出来ない私。だけど、心のどこかで私らしい最期かもしれないと感じてもいた。もしお母さんたちと同じところに行けたら、ちゃんと謝らないと。


「ようやく名乗れるわ。わたしの名前、彩沙あやさよ。よろしく」


 彼女が魔法を発動するのを見ながら、私は今朝から変なことばかり起きていたなと思い返す。現実逃避とも言う。

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