29話。西暦初心者のためのTOKYO講座
「西暦、2025年……───」
美来の言葉が衝撃的だったのか、イヴは目を見開いて硬直してしまった。
頭の中で情報を整理しているであろうことが一目見て察せられる。
「───……なるほど、わかりました。異文化コミュニケーションというのは、互いに互いの時代の情報を交換しようということですね」
「理解が早くて助かるぜ」
イヴの切り替えの早さに対しても動じず、美来は落ち着いた反応を返した。
流石天才と言うべきか、もう既にイヴの性格のようなものは掴めてきたらしい。
「さて、いきなり知らない人に知ってること説明しろっても難しいだろうし、まずは私たちの住むTOKYOについて教えておこう。
ラリー、よろしく」
「うぇ、俺かよ!?」
「うん。この場で一番上手いのラリーでしょ。
エマにもなんとなくしかなかったし、丁度いいからやっておこうね」
「……ん? え、呼びました?」
「───うん。TOKYOについて復習しようねって話」
「あっはい」
「よろしくお願いします」
「なんか流されてる気がするんだが……まぁいいか。
エマ、疲れてたら無理しないでいいからな」
「いえ、大丈夫です!」
疲労からかぼーっとシャンデリアを見つめていたエマが元気よく返事し、しゃきっと背を伸ばしたのを確認して、ラリーは椅子から立ち上がった。
「さて、まず最初に。俺たちが暮らしているこの街は『閉鎖都市TOKYO』って呼ばれてる。その名の通り、外界とは遮断された閉鎖都市だ。
俺たちは外のことを知らないし、外の奴らも俺らのことは知らない。情報も完全に遮断されてるから、実質的な別世界だな。
……あ、そうだ。何か質問があったらいつでも聞いていいからな?」
「では、この都市が閉鎖されているのには理由があるのですか?」
「あぁ、勿論だ」
教える側の立場として、話に沿った内容の質問ほどやりやすいものはない。
スムーズに進みそうな予感を感じ、口元を緩めながら質問へ回答する。
「少し遠回りするが、この都市では1万年も先の未来から技術を持ってくることができる。それだけ先の技術を研究し利用するわけだから、通常じゃ考えられないほどすごい勢いで技術が発展するんだ。
あまりにも早い技術革新は混乱をもたらす可能性が高い、というより実際に混乱をもたらした。当初はこの都市を解体しようって話もあったらしいが……この都市を解体してしまうと別の問題が発生する。だからせめてもの対策として、この都市をまるごと閉鎖し、外界との関りを断つという判断がされたらしい。
……と、少しばかり歴史の授業になっちまったが、満足のいく回答になったかな?」
「はい。とてもわかりやすい説明、ありがとうございます」
「ほぇ~そうだったんだ……」
「よし。じゃあ話を戻そう。
この都市が開発された理由についてなんだが……今話した、この都市を解体できない理由とも繋がってる話だ。
───お前にはショッキングな話かもしれないが、変に誤魔化すわけにもいかないからな。この都市で暮らす以上は知っておかないといけないことだ」
「……?」
「まぁ、ちょっとだけ身構えとけ。
……まだ時間移動装置が完成したばかりの頃、様々な未来に行けるようになった科学者たちは、とある二つの事実に気付き、頭を抱えることになった。
一つ目が、“時間移動を行えるのは、現在から丁度1万年後の年代、もしくはその年代から現代への帰還のみ”というもの。けどまぁ、これ自体は本題じゃない。
科学者たちが頭を抱えたのは、もう一つの事実だ。
……確認された“全て”の未来で、人類が滅亡していた」
ローレンスが、少しだけ呼吸を整えてから発言する。
イヴがどんな反応をするのか予想ができない以上、彼女が取り乱す可能性も考えていた。とはいえ話さないことはできないため、せめて最大限イヴの様子に注意して話すようにしたのだが───
「……───……なるほど。だからこそ、先ほど美来様は「滅びを逃れたこの出会い」と仰ったのですね」
イヴは淡々と、現状についてを分析した。
悲しむでも驚くでもなくまるで「当然のことだ」とでもいうような態度を見せる彼女に対して他四人は様々な疑問が浮かんだが、それについては後々彼女から話を聞く際に答えが出るだろうと予想し、この場では黙ることにした。
とりあえず彼女が取り乱さなかったことに安堵して、ローレンスは解説を再開する。
「…………まぁ、その通りだな。
全ての未来で人類が滅んでいることを確認した研究者達は、その原因を解明し解決するため、当時の東京を拠点に研究都市を開発した。まぁこの都市はさっき言ったと通りの理由で閉鎖都市になっちゃったんだが……詳しい歴史に関しては今度気になったときに調べてみればいい。今回は概要だけで省略しよう。
……思ったより序盤で話しちまったな。大丈夫か?」
「えぇ、問題ありません」
「ふふふ、私ダメかもです」
まっすぐとローレンスを見据えて話を聞いているイヴはハッキリとした返事を返したが、逆にエマの方は元気がない。
最初こそ背筋を伸ばして聞いていたのが、途中で渡されたハンバーグを食べ終わったぐらいから腕をついて聞くようになり、現在はもう肘を立てて手のひらに顎を乗せた状態になってしまっている。
「まぁ、流石に疲れてきたか。
この後は探検家について語る予定だし、エマにとっては本当にただの復習になりそうだから、最悪寝ててもいいぞ。無理するなよ」
「ですってよ、師匠」
「……まぁいいか、MVPだし。どっちみち疲れてちゃこないもんね。
ただ、話が終わったら起こすよ?」
「あーい……」
美来から許可をもらい、エマはテーブルに突っ伏する。
キャサリンが差し出してくれたクッションを枕に、エマはそのまま夢の世界へ旅立った。
「……それで、話を続けるぞ。独自の文化を築き発展したこのTOKYOだが、この街では主に三種類の人間が生活している。
危険な未来へ赴き、死にながらも技術を持ち帰る『未来探検家』、その持ち帰られた技術を研究・解明する『研究者』、そして『それ以外の仕事をする人々』で分けられる。
まぁ察しの通り、俺とエマ、そして美来なんかは未来探検家だな」
「なるほど。疑問なのですが、「死にながらも」という部分について気になりました。比喩にしては違和感がある表現方法ですが、未来探検家は危険と隣り合わせなのですか?」
「あ~……」
彼女の純粋な、むしろ心配してくるような目を向けられて、ローレンスは気まずそうに顔を背ける。
エマを助けた、美来を心配した、ということからなんとなく予想していたが、どうやら彼女は他人に対して心配のできる性格のようだ。それ自体はとても良いことなのだが、彼女の疑問に答えると、彼女のその優しさに冷や水をかけるような形になってしまう。
とはいえ、説明しないのはそれこそ彼女の優しさを無下にする行為だ。どうせいつか説明するのだから、と言い訳するように考えて、ローレンスはため息交じりに返答した。
「……たしかに、俺たち未来探検家の仕事は危険と隣り合わせだ。ただそこは発展した科学技術を持つTOKYOの住人だ。説明が面倒だから原理については省略するが……とある技術を使用して俺たち探検家は、実質的に不死身になってるんだ」
「……───……えっと、なるほど? ……───」
思考、もしくは演算をしているのだろう。頭の中で上手く処理できずに長引いているのか、イヴの瞳の中で青色の光が回転しているのがローレンスにも確認できた。
(これは悪いことをしたかもな……)と反省しつつも、彼女の処理速度を計算して、彼女の情報演算能力は平常時の美来とそう変わらないのではと考察する。
「まぁ、その……信じられないよな」
「───……もしかしてなのですが、先ほど美来様に対して「大丈夫じゃないけど大丈夫だよ」という形の発言を行っていたのは、それと関係するものですか?」
「え? あ、あぁ。そうだけど……ふむ。じゃあ、なんとなくの仕組みについても想像ついたか?」
「はい。死亡した後に別の場所で蘇る形の技術だと予想しました。原理については私の中に該当するような情報がなく想像できていませんが、おそらく以上のような作用を起こす技術なのでしょう。実際のところはどうでしょうか?」
「───流石だな、あらかた正解だ。しいて言うなら表現が違うぐらいか」
ローレンスは頭の中でイヴの演算能力についての評価を改める。
さきほどまでの演算が遅く感じられたのはおそらく、存在しない情報を参照しようとしているためだ。発想や想像力に関しては流石の鋭さがあり、そちらについては問題なく即座にレスポンスが返ってくる。理論の考察が得意というより、理解が得意というような印象だ。
「……よし、そういうことならもう少し簡略化しても良さそうだな。
俺たち未来探検家は、未来で死んだとしてもTOKYOで復活する。ただこの復活する、というのは厳密には“記憶以外の全てが事前に保存された地点まで巻き戻る”というのが表現としては適切かな」
「なるほど……時間技術の応用でしょうか?」
「まぁ、大体そんな感じだ。その仕組みの関係上、死んだ時は未来で手に入れた遺物は持って帰ってこれない。だからなるべく死なないよう気を付けつつ、同業者と協力したり遺物を奪い合って殺し合ったりしつつ暮らしているんだ」
「殺し合ったり……───……なるほど、死亡しても復活するので、そこまで死が悲観的なものとは扱われていないのですね。ですが、そのようなことをして両者の関係性は大丈夫なのでしょうか?」
「まぁ未来じゃお互いさまってことでな。あと……これはちょっと信じられないかもしれないが、俺たちにとって殺し合いはコミュニケーションの一つなんだ。だから、まぁ、うん。……正直、これはやってみないと想像できなそうだな。後でやってみるか?」
「え? あ、いえ……───……すいません、処理が上手くいってないみたいです。
命令に対して何かが矛盾を起こしているようで、エラーが発生しています」
「ん……?」
イヴの発言に、キャサリンと美来が目を細める。
二人が先ほどまでとは違う反応を返したことに気付いたローレンスは、さりげなく後ろへ下がり、美来に対して目配せした。
イヴの発言の何が引っ掛かったのかはわからないが、そういう時は大人しく専門家に任せた方が良いと彼は知っている。
「……ねぇイヴ、矛盾を起こしている命令ってのは何?」
「現在参照されている命令は[人を傷つけてはならない]というものです」
「あ~? ……いや、起きる?」
「ん~ん~。起きないと思うよ~。オンボロならまだしも、イヴちゃんすごい高性能でしょ~? そうなると、プログラム以外の部分が関わってそうだなぁ~」
「プログラム以外の部分、ですか?」
「うん、そう。その命令は三原則だし、強固だと思うんだよね。だから普通は優先されると思うんだけど、それが矛盾起こしてエラー吐くってことは、相当雑なプログラムでもないとありえないと思う。けどイヴはどう考えても高性能だからね。プログラム以外の何かが高いと思って」
「そうそう」
「………………」
残念ながら、美来とキャサリンが何を言っているのかローレンスにはほとんどわからなかった。「専門外に詳しくないのは仕方がない」と本人も割り切っているので、あえて喋る必要もないだろうと黙って話を聞いている。
とはいえ、何もしないというのは落ち着かない。ということで、会話の中で出た単語から必要になりそうな人物への連絡を始めることにした。
「う~ん……イヴちゃん自身はどうしたいの~?
あ、ってゆーかそもそもどうしたいとかある~?」
「私、ですか? ……───……そうですね、私自身は皆さんと仲良くなりたいと思っています」
「おぉ、うれし───おにゅ? あ、あぁ~!
待って美来ちゃん、思いついたかも仮説! 感情だよ!」
「感情? ……あぁ、そういう!」
何か思いついたのか、二人は早口で議論を行いながら高速でメモを取っていく。
「イヴちゃんのプログラムに対して矛盾を発生させているということは感情はプログラムに影響を与えることができるということじゃない?」「感情は魂が大きいはず」「いや魂と肉体に影響を受けて変化する精神の領分だって論文出てなかった?」「あーメメと
「……ごめんな。あいつら、二人だけの世界に入っちまったみたいだ。
ああなると長いんだが……」
「いえ、会話の内容はわかりますので大丈夫ですよ」
「うぉっマジか? 流石だな」
正直単語を聞き取ることで精一杯な会話だが、それを難なく「内容はわかる」と言ってのけるイヴに対して、改めて処理能力の違いを実感する。
「ですが、そうですか───私のこの思考は感情だったのですね。腑に落ちました」
「どうやらそうらしいな? まぁ俺たちとしてはなるべくその感情を尊重したいところなんだが───」
「イヴちゃん、やってみようよ殺し合い! どうせ死なないんだしさ、感情の力でプログラム超えてみようよ!」
「そうだそうだやってみようぜ」
ウキウキで提案してくる二人の顔は無邪気な子供のようにも邪悪な悪魔のようにも見える。
イヴにとってどう見えているかはわからないが、明らかに好奇心に負けている二人に対してローレンスは大きく溜息を吐いた。
「いや、お前らな……TOKYOについて説明した後は俺たちが『
「最初は人間っぽくない人から慣らしていくとかもアリだしさ!」
「そもそも人判定されるかどうかね!」
「全然話聞いてねぇなコイツら!」
「いえ、……───……わかりました、後は現地で判断します。
少し試してみてもよろしいでしょうか? 私も、興味があります」
二人に迫られたイヴは、極めて穏やかな顔でそう言った。
その発言を聞いた二人は、顔を輝かせてハイタッチする。
「おぉ、マジか。いやアンタがいいならいいんだけどさ」
「そうと決まれば早速行こう! あーそうだな、百蟲ちゃんも呼ばないと」
「……そう来ると思って、ほら。電話でもかけてやんな」
「おぉラリー流石!」
「もう呼び方には突っ込まないからな」
はしゃぐ二人と、先ほどからため息ばかりのローレンスを見て、イヴが小さく微笑む。
そのまま未だ寝ているエマを起こさないよう慎重に抱きかかえ、イヴは二人に手を引かれて特異点登録所へ向かった。
未来探検家 〜閉鎖都市TOKYO〜 どこんじょう @dokonjou
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