28話。異時代コミュニケーション

 黒と白の高速点滅。情報を処理する光の組み合わせ。

 人類には認識不可能なレベルでの超高速点滅が1分ほど続いた後、唐突に三人が出現する。

 情報の衝突コリジョンによる情報世界落ちの回避のため3秒ほどの短い演算を経て、タイムマシンの扉が開いた。


「ふー……よーやく帰ってこれたぁ」

 扉が開いたのを確認して、エマがのっそりと立ち上がる。

 そのまま扉を出ていつも通りに歩いて行こうとするエマとそれについて行こうとするイヴを、ローレンスが呼び止めた。


「エマ、待て。疲れてるのはわかるが、今日は逆だぞ」

「へ? ……あ、そっかイヴさんいるからか!」

 何かを思い出したらしいエマは慌ててイヴの手を引いて引き返し、反対側の部屋へ向かっていく。

 その部屋の名前は『情報遮断室』。帰還した探検家が生きているものの見るも無残な姿になっていたり、逆に肉体は無事だが服がボロボロで半分裸の状態であったり、または何かしらの報告を行いたい場合などに使用される、少し特殊な施設である。


 名前通りここで話した情報は遮断され、外へは決して洩れることはない。例外として報告内容に対する調査が終わった際などは公表されることもあるが、報告がこの部屋で行われるのは真偽不明の情報で混乱を起こさないためであり、必要であれば“誰が報告したか”などの情報は依然秘匿を維持する、ということも行われている。


 勿論、今回の要件は報告だ。

 新しく“神”の存在が確認されたことと、その神が持っていた文明破壊の性質を報告する必要がある。樹木が突然意思を持って動き出したことも話す必要があるだろう。

 しかし、今回報告するべきはそれだけではない。いやむしろ、それ以上に重要な要件が一つ。


───イヴについてだ。


 状況が状況だったのでエマもローレンスも流していたが、彼女はで、人そのものではないものの、である。

 当たり前だが、これまでに前例はない。確認された全ての未来において人類(またはそれに類するような存在)は滅んでいる。


「……そういや、エマ。お前さんの師匠はどうした?」

「え? ん~、あと十分以内には来るかと思いますよ」

「そうか。それならアイツを待ってから報告に行こうか」


 まだTOKYOに来てから日が浅いエマとは違い、この都市のトップとも繋がりが深いローレンスはイヴの存在が何を意味するのかを理解していた。

 人類が全ての世界戦で滅びていることを前提に、その原因を解明するのがこの都市の目的だ。しかしイヴの存在によって、その前提が根本から崩れる可能性がある。

 間違いなくそれ自体は希望だ。とはいえ、前提が崩れればなんにせよ大きな混乱が起きる。現実を現実として捉える彼だからこそ、その結果は予想ではなく予測として考えついていた。


「それにしても、10分か……」

「彼女は30分後に向かうと言っていました。彼女に頼まれた通りエマ様をお連れして逃げましたが、本当に大丈夫なのでしょうか?」

「まぁ大丈夫だろうさ。ところで、アイツは何と戦ってたんだ? あの大量の木どもか?」

「それら樹木の統括を行っていた“神”です」

「はっおいマジか!? ……なるほど、じゃあ大丈夫じゃないけど大丈夫だな」

「それは……───……すいません、よく意味がわかりませんでした」

「まぁ、すぐにわか───」

「───うん、要はこういうことだね」

「うぉっとびっくりした。お前帰ってきて早々に悪戯すんのやめろよ」

 唐突に背後から聞こえた声にローレンスが驚き横へ避けると、その後ろからバツの悪そうな顔で美来が現れた。


「あ、師匠!」

「うん、ただいま。とりあえず無事そうで良かった」

「おかえりなさいませ。具合が悪そうですが、怪我等はありませんか?」

「ないよ、ありがとね」

 笑顔のエマと安心したような表情をしているイヴを前に、美来の声は若干暗い。

 彼女の予告した時間よりも早く、そして無傷で汚れもない綺麗な状態での帰還。

 ローレンスはその理由について察しがついていたが、美来のためにも、あえて言及しないことにした。


「それにしても、どうやって神から逃げたのですか? ここも樹海の浸蝕がないように思えますが、一体どんな技術を───」

「それについてはまた後で教えよう。……美来、彼女は“報告”でいいな?」

「いいよ。むしろお互い質問タイムにした方がよさそうだ」

「そうか、ならもう入っちまおう」

 そう言って、ローレンスが扉を開ける。

 エマと美来に連れられてイヴが扉の向こうへ入っていくのを確認し、彼も中へ入っていった。



♢♦♢♦♢



「はい、いらっしゃ~い。今日はどんな要件~?」

「あれ?、キャサリンじゃん。珍しいね、今日は報告」

 部屋へ入ると、暖炉の火と暖かそうなクッション、そしてクッションの上に寝転がっている桃色の髪をした女性が出迎える。

「なんだ、美来ちゃんじゃーん。エマちゃんもおひさ~。それと……え~っと、やっほー。ローレンスもいるじゃ~ん。

 あ、今日はメメちゃんに急な用事ができちゃったから、代わりに私が此処の担当をしてるよ~」

 キャサリンは露骨にイヴから目を逸らし、ついでに話題も逸らした。

 それに対して、美来が苦笑しながら彼女の認識を訂正する。

「キャサリン、心配しないでも初対面だぜ」

「あ、そ~なの? え、じゃあ初めまして、私はキャサリン。よろしくね~」

「私はイヴと言います。よろしくお願いします、キャサリン様」

「そんなにかしこまらなくていいよ~」

 キャサリンは軽くピースして、フレンドリーな態度を見せる。

 そのままのっそりと起き上がり、少しだけ髪の毛を整えると、先ほどよりもちょっぴり真面目な顔で椅子に座りなおした。


「よ~し。それで、報告ってのは何かな~?」

「とりあえず俺から説明しよう。

 報告したいことはいくつかある。まず一つ目が、『浸蝕樹海ジャングルアース』にて暴走中のロボットや人工の物質を破壊する樹木が出現したこと。具体的な原理は不明だ」

「はいはい。それに関しては管轄外だから後で言っとくね~」

「了解だ。んじゃ二つ目だが、同未来にて“神”が出現したこと。多分さっきのやつとも関係してる。規模が規模だから、場合によっちゃ封鎖区域入りになるかもな」

「わーおぅ。それもガッツリ管轄外だ~。後で伝えとくね~」

「了解。んで、三つ目。正直なところこれが本題だ。

……同未来にて、彼女が発見された。この重要性はわかるな?」

「はいはいはい……はいはい? ん? え? ……え、はい!?」

 親指でイヴを指差しながら、ローレンスが短く告げた。

 その言葉の意味を咀嚼し理解したキャサリンが、PCに入力していた手を止めて大声を上げる。普段ならそんな声は中々上げない彼女だが、今回ばかりは大声に留まらず、少し固まった後すごい勢いで立ち上がり、膝と足の小指と脇腹を机にぶつけ、そのまま流れるように転んで後頭部を強打した。


「▲〇×◇~!」

「大丈夫ですか!?」

「わぁ、いたそう……」

「おぉぅ~あぁ~ぁうおぉ~……どぁ、づぁ、だいじょぶ……おぉうぁあ~~~」

「とりあえず、軽い応急手当だけ行います」

 キャサリンは後頭部と足と脇腹のどこを抑えればいいのかわからず、あたふたと腕を動かしながら悶える。

 そのキャサリンの患部へイヴが手をかざすと、青白い風のようなものが患部へ吹きつき、みるみるうちに痛みが引いていった。

「あぅあぁ…………あ、お? わぁ、痛みが引いた~!

 イブ、イグ? ん、イフ? あ~えっと……」

「“イヴ”」

「あぁ、イヴちゃんね。ありがと~ローレンス。

───って、ちがうよ~! え、それって前提が変わるじゃん! わ~面白~い!」

「わかるよ、だよね」

「はぁ……流石、常識を壊してきたお二方は違いますねぇ。どー考えても大混乱だろうがバカ言ってんじゃねぇ」

 心から楽しそうな表情で前提が崩れることを話す二人に対して、この中では比較的常識人なローレンスが頭痛を抑えて釘をさす。

 しかし、二人が楽しそうなのも当たり前だ。ローレンスの言う通り、美来は常人に不可能な動きと新理論の立証、キャサリンは新たな装置の開発と既存の理論では不可能だった改良を行うなど、二人とも常識を壊してきた張本人である。


「……すいません、現在の状況を把握できていないのですが、私の存在が何かありましたでしょうか?」

「あぁ、ごめんごめん。ちょっと貴女に聞きたいことがあってね。

 そんでもって貴女にも説明しないとだし、ふむ……じゃあ、異文化交流の時間にしよう! 時間もちょうどいいし」

 言うが早いか、美来は部屋の椅子を掴み、ダイニングテーブルへ向かう。

 ちょうど五人分の椅子を用意した彼女は一つだけ議長席のように配置した椅子に座ると、残りの四人へ向かって手招きをした。


「ほら、食べながらお話しよう。イヴちゃんは食べれる?」

「食事は必要ありませんが……必要がないだけで可能です。むしろ精神システムへの好影響があると思われますので、そう考えればなるべく食事は行った方が良いと考えられます」

「おっけ~。じゃあ皆は何食べたい~? 私の発明品に作らせるよ~」

「変なものは……流石に混ぜないか。タガがないだけで常識はあるもんな。

 俺はお茶と軽食で。軽いパンでいいよ」

「ん、私はいつもの」

「じゃあ私はステーキ食べたいです!」

「わぁ、見事にバラバラだぁ。それなら私はパフェにしちゃおうかな~。イヴちゃんは何がいい~?」

「私はどんなものでも大丈夫です。ですので、皆さんと同じものを二つ用意して頂ければと思います」

「は~い。じゃ~三分ぐらい待っててね~」

 思い思いの注文に対して、キャサリンは白衣の袖についたボタンを押すだけで対応する。

 全員が椅子に座ったのを確認して、美来はイヴの方へ体を向けた。


「さぁ、まずは自己紹介から。私は炭川美来。ここ、閉鎖都市TOKYO出身の純人類。西200718

「西暦……───……西暦!?」

「おぉ、驚いたね? そう、ここは貴方の時代よりもずっと過去の世界。1万年前の地球だよ」

 美来はそう言うと、普段の彼女には不相応な、しかし不思議と似合う優しい、とても穏やかな表情でイヴを見つめた。






「───改めて初めまして。10000年前からこんにちは、未来の貴女。

 滅びを逃れたこの出会いに、敬意と感謝を送りましょう───」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

未来探検家 〜閉鎖都市TOKYO〜 どこんじょう @dokonjou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ