27話。大空の樹海、逃走劇

「うわわわわわ、は、はっやい!?」

「しっかり捕まっていてください。それでは、次は何処に向かえばよろしいでしょうか?」

「あ、えーっと……あ! あっちの方です!」

「わかりました。途中で方向を変える必要があれば、その際は再度指示をお願いします」

「は───ぃわー! はやいー!」

 謎の美女はエマが指を差した方向に高速で直進する。

 よく見れば脚や背中など、体の一部部位からジェットを噴射して空を飛んでいた。


「あ、あ、そうだ! えええっと、貴女の名前はなんていうんですか?」

「私は“イヴ”。タイプo-07224……失礼、訂正します。わかりやすく説明致しますと神に対する戦力兵器と人類守護の役割を任せられた、最後の機械生命体です」

「機械生命体!? ど、どーりで……あ、えっとあっちの方向です!」

「わかりました」

 今度はエマに負担を与えないようゆっくりと方向を変える。

 イヴと名乗った彼女は、青空でも目立つほど鮮やかな青白い光の軌跡を残し、相当な速度まで加速していた。


「これ以上は“音の壁”、続いて“熱の壁”にぶつかります。

 このまま加速してもいいのですが、人体への影響を考え、現在のこの速度を維持しようと思います」

「え、今の速度ってそんなに速いんですか!?」

 たしかに現在高速移動をしているのは向かい風の強さで実感しているが、地上から離れた上空では速度がわかりづらい。しかし、いくら速度がわかりづらいとはいえ普段から高速移動に慣れているエマが驚いたのは、彼女の発言した単語に合った。


イヴは「“音の壁”にぶつかる」と言ったが、この“音の壁”というのは物体が音速マッハまで加速した際に発生する現象・障害であり、速度に特化した探検家であってもこれを突破するには鍛錬と練習とコツとその他諸々が必要である。『天才』、美来ですら音速越えを安定させるのには二週間半もかかった。

 それを彼女は、「このまま加速してもいいが、人体への影響を考えて速度を維持する」と発言した。発言の内容から考えれば、彼女一人で音速を超えるのはさほど苦ではないらしい。


「でも、これなら10分もかからないかも……」

 エマは手袋から浮かび上がるマップに表示された、“現在地”の変化する速度を見て呟く。

 彼女たちのマップは人工衛星を利用しておらず、複数の未来で発見された『現在座標を直に読み取る機構』が利用されている。故にマップ上には常に最新の位置が表示されるはずなのだが、それでもあまりの速度に機械の処理が間に合わず、読み込みが間に合っていない。話には聞いていたが初めて見る現象に、エマも目を輝かせてマップを眺めていた。


「お~……って、ん? なんか来てない?」

「───神の眷属たちです。まさかここまで執念深いとは」

「え、あ、うわわわわ! 木がすっごいことに!?」

 余裕を取り戻したのもつかの間、地上から500mの位置にいた二人を狙うように大量の樹木が成長を始めた。

 常識的に考えてありえない長さまで伸びた木々はそのまま二人を呑み込もうと、背後だけでなく前方や左右からも向かってくる。


「イヴさん、目的地まで最速でも残り7分ぐらいかかりそうなんですけど、これ全部避けれそうですか!?」

「正面のみ気を付けていれば十分に回避可能です。速度ではこちらが勝っていますので、追いつかれることはないと思われます」

「じゃあお願いします! このまま真っすぐ、人工衛星みたいな形をした大きなタワーが目印です!」

「人工衛星のような形状? ……わかりました。では、しっかり掴まってください」

「ん!」

 下手に喋って舌を嚙まないよう、口を閉じたまま返事を返す。

 そして彼女の予想通り返事の直後にイヴは方向を急転換し、樹木と機械による盛大な逃走劇が開始した。



♢♦♢♦♢



「クッソ。ロボット共が急に動かなくなったと思ったら……散々な目に合った」


 樹海より切り離された大きな建物にて、泥だらけの男がため息を吐いて座り込んでいた。

 そう、美来やエマよりも早くこの世界で仕事を任され、一人で二日間も働き続けた探検家───ローレンスである。


「植物、主に樹木が自律的に動き始めて襲い掛かってきた……ってことはつまり、魔術的な介入が行われた可能性が高そうか。肝心の理由が不明だが……とりあえず、帰ったらすぐに報告書を作成しよう」

 ローレンスは美来とは違い、起きたことはそのまま受け取り、原理不明の内容に関しては基本的な理論を基軸に考える性格タイプである。

 誰かが解明するまでは一番可能性が高そうな理論に当てはめて行動し、そこに自分個人の感覚はほとんど含ませない。いわゆる“勘”に一切頼らない方式を取る。


 突然の事態にも動じず行動し、いかなる状況でも理論に即した動きを徹底する。それが彼の戦法であり、決定打には欠けるが、生存力に関しては随一の探検家と評されている。

 全方位を大量の樹木に囲まれてなお、しっかりと五体満足で帰還しているのがその証明だろう。


「こういう事例にはジオちゃんが詳しかったっけな。ま、なんにせよ情報を集めておいた方が良いだろう。

……流石にこういうのは他んとこでも見たことないしな」

 彼が目を向けた先には、地上400mまで高速で伸びていく樹木。

 初めて見る光景に、彼は冷静にヘルメットのカメラを調節した。


「……ん、何かが向かってきてるな」

「───! ─────!」

「オッケー非常事態か!」

 樹木の間を縫って飛んでくる物体が人の姿をしており、更に見慣れた知り合いエマを抱えていることに気付く。

 明らかに樹木に攻撃を受けている様子に、ローレンスは手早い動きで装備を取り出した。今が非常事態である以上、“協力して打開する”というのが探検家の基本的なマナーだ。


(彼女たちはこちらへ向かっている。なんでか飛行してるが、そんなのよりこの樹木に阻まれて建物に入れないのが最悪のパターンだ。意図的に穴を作る必要がある)

「そん、なら───ッ!」

 突撃銃を2秒、拳銃を3発、そしてロケットランチャーを1発撃ち込む。

 2秒の射撃で建物に穴を開け、3発の銃弾で杭を設置し、1発のロケットで杭を起爆した。杭とロケットはお互いに相乗効果を起こし、樹木に直径2m程度の穴を空けた。

「クソッ、小さいか!?」

「あ、これどうだろ間に合う!?」

 距離もあり互いに声は聞こえていないが、エマとローレンスは同じ思考に至る。

 直径2mというのは、樹木を搔い潜りながら入るには少々狭すぎる。その上、成長する樹木によってその穴も徐々にだが縮まろうとしている。

 しかし───




「───大丈夫です。私なら、絶対に間に合います」


 イヴはそう言ってエマを強く抱き寄せると、一瞬で宣言通りに通過した。




「すっげ───ぉおぉっとぉ!」

 強烈な風を発生させながら、穴を抜けたイヴはその場に着地する。

 ローレンスはその風に若干体勢を崩しつつも、建物に開けた方の穴に向かってネット弾を撃ち込んだ。応急措置ではあるが、とりあえず穴を防ぐだけの強度はあったらしく、伸びてくる樹木は足止めを食らわされている。


「到着しました、が、依然として状況は危険であると認識します。避難を優先するべきだと考えますが、入り口はどちらでしょうか?」

「入り口……? なるほど、この建物は知らないか。とりあえずそのエレベーターみたいなやつに入れば万事オーケーだ。色々話したいことはあるが、それは後にする」

「た、たすかりましゅ……」

「わかりました。では早速向かいましょう」

 三人がエレベーター型のタイムマシンに乗り込むと、それは勝手に起動を始める。

 へろへろになったエマが座り込むのとほとんど同じタイミングで、三人は遥か過去げんだいへ転送された。

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