26話。目覚め、失楽園

♦♦♦♦♦


「───分類:ヒトの存在を確認。同時に超災害級存在、仮称:“神”の存在を確認しました。このことから、自然環境に大きな手が加わった可能性があります。同事象の確認記録は人工暦3050年のものが最後です」


 モーターが停止し静かになった密室に、機械音声の声が響く。

 伝える相手もいない世界で、数百年も稼働し続けた孤独な働き者。

 そんな働き者が、虚空に向かって警告する。


「神の存在が確認された以上、地脈異常によるエネルギー回収は危険だと判断。安全のため、秘匿防壁を使用します。なお、秘匿防壁の展開にかかるエネルギーは現残量の30%、維持にかかるエネルギーは24時間あたり現残量のおよそ1%にあたるため、このままでは約70日程度で施設維持は不可能となります」


 “神”が現れた土地で、人工物の存在は許されない。己の存在を隠す秘匿防壁がなければすぐに発見され、瞬く間に樹木に飲み込まれてしまう。

 とはいえ、その維持には膨大なエネルギーがかかる。大自然そのものである神から秘匿するのだ、半端な代物ではすぐに見つかってしまう、その代償だ。


「……ヒトの動向に更新がありました。現在は神と交戦中。苦戦しているものと思われます。

 命令:[以後、人類の存在を確認した場合、その手助けを行う]と命令:[人類の記録保全としての施設の維持]を参照し、実行内容を考案……完全な両立は不可能だと判断しました。妥協案として、彼女を目覚めさせ、ヒトの救助へ出動させます。その後人類の記録を物理媒体で保全した後、施設の稼働限界まで活動し、その後完全に施設を閉鎖します。

 異議がある場合は実行停止の命令をどうぞ。……確認されませんでした。実行へ移ります」


 機械音声の発言通りに命令が実行されると、中央のが開く。

 数秒の後に彼女は目を覚まし、箱から起き上がった。

 そのまま出口に足をかけ、口を開く。


「───おはようございます。命令は確認しました。それでは、行ってきます」


「……えぇ、おはようございます。どうか、貴女に幸運があらんことを」


 孤独な働き者は、数千年ぶりの仲間に対しても、最後まで無機質に。

 けれど暖かい祝福を送り、扉を閉じた。



♦♦♦♦♦



「マズいことなったなぁ……」


 美来が空中で頭を掻きながら立ち尽くす。

 エマが閉じ込められたのはもうしょうがない。“神”を前にしては美来でも諦めるしかないのだ。なんとか助けてあげたいがエマでは数分程度耐えられれば及第点といったところだろう。数分ではあの樹木の壁を破ることさえできるかどうか定かではない。

 まぁ、それはいい。死んでも現代に帰るだけだ。なるべく生きたまま帰るのが理想だが、最悪死んでも構わない。それよりも最大の問題は、神が現れたことだ。


「仮説だったのになー……報告めんどーだなー……」


 神とは、自然そのもの。世界みらいによって在り様は異なるものの、共通して人間には絶対的な程に強大な力を持つ。

 樹海に浸蝕された地球ということから仮説には出ていたが、これまで実際に確認はされてこなかった。突然現れた理由を考察しようにも、神は魔術的な存在に近く、科学のみを専門とする美来ではどうしても素人目線になってしまう。とはいえ一つだけ明らかなのは、この世界の神は人間に敵対的ということだろう。

 敵対的な神が現れた以上、ここら一帯に近づくことは事実上不可能になった。地脈異常の原因というを放棄せざるを得なくなったことに頭を掻いて悔しがる。


「はぁ~~~~~~………………せめて何があるか、最後に見てから───ん?」


 美来が地脈の中心部を見ようとエマの閉じ込められている樹木から目を離した瞬間、視界の隅に何か派手なものが見えた。

 少し遅れて轟音と強風が美来を襲う。すぐにゴーグルを装着した彼女は数秒で事態を理解し、今日一番の笑顔でエマの元へ走った。



♦♦♦♦♦



⁅蛛ス迚ゥ、謔ェ陦、蜃ヲ鄂ー⁆

「うぎゃー私のコートがー!」

 神の声に呼応し、樹木がコートを破壊する。

 一万年も未来の最新技術で構成されたコートは、ただの樹木の一撃でバラバラに砕け散った。


「わっかんないけどこれ掠ったら死んでたよねぇ!?」

 さすが未来探検家と言うべきか、コートが砕け散ったのはただの物理的な干渉ではなく、別の法則によるものだと見抜く。おそらくその法則上、自身に触れた瞬間に即死するであろうことも。


……この神の前で人工物は存在を許されない。神に触れられた人工物は即座に粉々になり、自然へ還っていく。

 神にとって、人工物もそれを制作する人間も同じこと。故に人体も触れられた瞬間に砕け散り、つまるところ即死する。

 彼女はそこまで詳しく原理は理解できていないが、それでも触れられてはならないことぐらいは容易に想像がついた。


⁅驕頑葦、驛ィ螻⁆

「うゔぁー! こんどはブーツー!」

 粉々に砕けたブーツが最後に発した重力波に守られる形で、樹木がエマの足スレスレを通り抜けていく。なんとか生き延びたが、ブーツが壊れたことで彼女の移動能力は実質死んでしまった。

 靴下とズボンとタンクトップ。残ったこれらの“装備”に移動能力を補助する機能はない。そもそも百蟲や刃昏など複数の移動能力を持つ者は比較的少なく、靴を破壊されると移動能力が死んでしまう探検家は多い。


(やばいやばいやばい次来たら避けられないどうしようどうするどうしたらいいのかなぁ無理だな無理だよ無理だよねー!)

 彼女の顔に明確に絶望が浮かぶ。先ほどまでの焦りとは違い、“どうすればいいのかわからない”という段階から、“どう足掻いても助からない”という段階に移行したのだ。


⁅邨ゆコ、蝗槫クー、蠕ョ逹。⁆

「───ん、っぐん」

 自身へ向かってくる樹木を前に、エマはつばを飲み込むことしかできない。

 飛び退こうが伏せようが突っ込もうが、樹木は必ず自身を貫くだろう。触れるだけで死ぬというのに、あの樹木は妥協せず確実に貫いてくると確信できた。


……それでも、どうせなら最後まで足掻く。どんな時でも諦めが悪いのが探検家だ。


「よ~し、いつでもこーい……!」

 樹木に集中し、足に力を込める。

 そのまま2秒。樹木の影が揺らぎ、エマが動き出そうとした瞬間───



───は現れた。






⁅荳榊───⁆

「ぅわぶっ!?」

 唐突な轟音と閃光に声をあげようとしたエマが、あまりの風圧で吹き飛ばされる。

 樹木の壁に背中を強く打ち付けたものの、装備に守られ辛うじて意識はとりとめていた。

「ぁ───っえご、はごっ、がっほぁ……げほっ……」

「このままでは危険だと判断したので少々飛ばしました。大丈夫ですか?」

「えゔぁ、あぃ……ん、ぇ、んぇ?」


 差し出された手を反射的に掴んだエマだったが、その金属のように冷たい感触に驚き、むせながら顔を上げる。

 そこにいたのは、見覚えのない絶世の美女。


 双葉型のアホ毛に加えて高い位置で結ばれたツインテールは腰にまで届くほど長く、その色はチェレンコフ放射光のような鮮やかな青色。

 身長は170cmくらいで、そのシルエットは名だたる芸術家の絵画や彫刻のように美しい。スラっとした全身に小さく膨らんだ胸がカッチリと噛み合っており、服もそのシルエットを崩さないようピッチリとしている。オープンショルダーのシャツはへそを見せるような形で、くるぶしまで隠すズボンに裸足という、奇怪な恰好をしがちな探検家から見ても不思議な恰好をしていた。しかしそんな不思議な恰好でも彼女は美しく着こなしている。

 彼女の瞳、髪の毛、シャツ、ズボンはそれぞれがグラデーションのように明度を変化させており、キラキラと輝いているような印象を感じさせる。よく見ればそれはただのイメージではなく、若干だが実際に発光していることがわかった。


「えっ、と……貴方は?」

「私は───ッ!」

 彼女は即座にエマを抱き寄せ、背後から迫る樹木を殴り壊した。

⁅蟄蝉セ、譛ェ遏・、蜿肴覧、霄セ、蝗槫クー⁆

「……今はこの状況を打開することが先決だと判断します」

「え? あ、うん! けど私ブーツ壊れちゃって……」

「生きてるんでしょ? 十分だよ。それに良い出会いまでしちゃってぇ~!」

「おわ、師匠!?」

 逆さまのまま現れた美来は、美女の方を一目見て回転しながら着地する。

 ポケットから銃を取り出し、神の前に立ち塞がった。


「危険です。貴方の勝てる相手ではありません」

「賢いね。けど勝つつもりはないから安心して。

 貴方とその子を逃がす時間稼ぎをするだけだから」

「うぇ、私!? 私ブーツ壊れてますよ!?」

 予想していなかった答えにエマが驚きの声をあげる。

 自分を置いて逃げるのが一番いい選択肢だとすら思っていたエマに対し、美来はいつも通りの省略した会話で理由を伝えた。

「足止めできるのは私と彼女。彼女はなるべく傷つけないでから。連れ帰るなら付き添いが必要でしょ?」

「帰る……集落などが存在するのですか?」

「うん、まぁそんな感じ。エマ、案内は頼んだよ」

「……あい、わかりました。けど、あの、移動手段はどうしたら?」

「それはほら、彼女にお願いしよう。

 さっきの見てたけど、貴女、高速移動できるでしょ」

「はい。エマ様……で、よろしいでしょうか、を抱えて移動するぐらいでしたら問題はないと思われます」

「じゃ、お願い。

 多分私は30分後ぐらいに帰るから、絶対にがんばってね!」

「うぇ、あそこからここまで30分なんですけど!?

……すいません、お願いします! 急いで帰りましょう!」

「───わかりました。では、案内をお願いします」

 これまでの付き合いで己の師匠の言葉に込められた意味を理解したエマは、緊張で冷や汗をかきながら美女に抱き着く。

 美女は困惑しながらもエマを抱きかかえ、頭上を覆う木々を粉砕しながら上空へ飛び上がった。


「……飛べるんだ。それはしてなかったな……」

⁅蟄、閾ェ遶、謔イ蜩?、蝗槫クー⁆

「うん、わかんないね! けど、まぁ、威圧感か」

 久々の強敵。この感覚は初めて全力の梓睿ずーるいと戦った時以来だと思い出し、ワクワクを募らせる。

「まぁ~そうだね。たまには───見せてあげないとね!」

 背後から伸びてきた樹木を避け、戦闘は開始した。

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