25話。大いなる存在

♦♦♦♦♦



「───現在のエネルギー充填量、25%に到達。

 100%到達まで、残り、約334時間です」


 無機質な機械音声と共に、モニターに表示されている数字がゆっくりと変化していく。

 薄暗かった部屋は流入するエネルギーで真っ白に光り輝いており、数日前までは聞こえていた鳥の小さな鳴き声は、けたたましいモーター音に塗り替えられてしまった。


 この施設は現在、およそ14日かけて300年分の稼働エネルギーを回収しようと地脈異常を引き起こしている。

 わざわざ地脈異常を引き起こしてまでエネルギーを回収しようとしているのは、部屋の中央に鎮座する“彼女”の維持のためだ。

 本来ならば電力を使用した方が効率がいいのだが、発電所なども森に飲み込まれ、あらゆる建物が軒並み廃墟と化してしまった世界では、地脈に干渉することでしかエネルギーを回収できない。


「……エネルギー充填速度に異常を確認。安全と施設の露見阻止のため一時的に機能を停止し、外部環境の確認を行います。外部環境の確認に使用するエネルギー予測量は、現在充填量の0.03%、最終充填量の0.0075%です」

 流入していたエネルギーに大きな揺らぎが発生し、モーターが停止する。

 地脈の流れに変化が生じるには、これまでの計算には存在しない異常イレギュラーが必要である。その場合、その異常を観測し計算に修正を加えるべきだと結論付けたプログラムは、施設周辺への観測を開始した。






 そこで見たのは、太陽のような色をした一人の少女。




───この瞬間。彼女の時間は、もう一度動き出した。






♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



 数分ほど時間はもどり……。



「───ねーむりむりむりおかしいよ! このロボットたち、なんかどんどん元気になってるんだけどー!?」


 暗く狭苦しい森の中で、エマは走る。

 美来に言われた『中心部』とやらを目指しているが、その道のりは恐ろしく険しいものだった。走れば走るほど疲労する自分に対し、ロボット共は段々加速を始めている。彼らはすでに最初の3倍ほどのスピードで稼働しており、エマも紙一重で避けるのがやっとの状況だ。

 対応できているのは彼女ののおかげであり、それがなければとっくに死んでいるだろう。


「ねぇこれ絶対にっ───おかしい! ぜったい、なんか、あるっ!

……んぁーしょうがない! 《双剣ニュートラル》!」


 これ以上は“学習”が追いつかないと踏んだのか、いい加減に対応策を模索することにしたらしいエマは避けるばかりだった行動を止め、双剣を取り出して反撃する。

 攻撃に対するロボットの反応を確かめるつもりで放った一撃だったが───


「───おろっ?」


 双剣の軽さに、強い違和感を感じた。

 双剣はそのままロボットの身体を粉砕し、結果に対しての手ごたえの軽さに再度違和感を感じる。

 どう考えても普段と違う。他人よりも普段の感覚が染みついている彼女はその違和感を強烈に感じ取った。


「んぁ、なんか覚えてるぞ!? なんだっけ、そうだ、エネルギーの過剰流入だ!」


 流石というべきか、双剣が軽く強くなった理由を即座に思い出す。

 彼女はこの現象を一度だけ経験している。武器について学ぶ中で、美来に実演で教えられたのだ。

 この現象はエネルギーが継続的かつ過剰に流入している際、過剰流入によるエネルギーの暴走、ひいてはそれによって発生する故障・爆発などを防ぐための機能が自動的に起動することで発生する。この機能が起動すると武器の出力が上昇し、比例してエネルギー消費量も上昇するのだ。これによってエネルギーの暴走を抑えるのがこの機能の目的であり、武器の軽量化や威力の向上はあくまでも副次的なものに過ぎない。

 たしかに、追い込まれているこの現状で武器が強化されたのはありがたいことこの上ない。しかし、おそらく今重要なのはの方だろう。


(こいつらがだんだん元気になってるのと、突然の双剣に対する過剰流入。たぶんどっちも同じ“なにか”が原因なんだろうけど……それっぽいなにかあったっけ? 思い出せ、思い出せ私~~~!)


 エマは必死に記憶をたどる。きっと、きっとどこかにヒントがあるはずだ。

 今日一日の景色、会話、感触、匂い、味、動き、思考……覚えている限り、順番に辿っていく。


 上空からの森の景色───普段より青白い印象があった。

 特訓中の会話───エネルギー関係の話はしていないはずだ。

 ロボットの発言───理解不能だ。参考にならない。

 この世界に来てからの匂い───錆臭い中に爽やかな匂いがあった。

 今朝の朝食───絶対関係ない。

 仕事内容についての言及───地脈異常で暴走したロボットの鎮圧だったはずだ。


「───あっ、そうか! 地脈異常だ!」


 青白い印象は地脈によって溢れ出したエネルギーの光。錆臭いのはエネルギーの過剰流入で赤熱化したロボットの匂いで、爽やかな匂いはこれまた溢れ出したエネルギーの匂いだ。

 記憶同士が繋がり、結論を導き出す。ロボット達が加速しているのは、今まさに地脈の集まる中心へ向かっているからだ。双剣の故障防止機能が作動したのも同じ理由である可能性が高い。


 つまり───この地脈を断てばロボットの加速は止まる!


「へへーん。実は最近、地脈の性質を学んだばっかりなんだよねー!」

 ゴーグルを装着し、全身の装備を一度に起動する。

 エネルギーの過剰使用によりそれを枯渇させることが狙いなのか、それは否である。いくら勝手に流入してくるとはいえ、大自然より生じる莫大なエネルギーを使い切ることはできない。彼女の装備ではどう頑張っても消費量より流入量が上回る。

 では何故、大量の機能を作動させたのか。答えは単純、である。


「《高速回転はしれ》、《大剣クレイモア》、《噴射ブースト》、《力場圧縮つぶせ》」


 彼女の声に呼応して、装備が駆動し始める。

 速度と質量を最大まで増幅させ、一撃あたりの攻撃力を強化する。

 普段なら使えない、強力な大技。それを彼女は、放った。


「せぇ───のっ!」


 大きく振りかぶった剣が大地へ衝突し、幅10m、深さ20mほどの亀裂を生み出した。

 そのまま彼女は回転を始め、巨大な車輪のように転がっていく。

 大地を砕きながら、ロボットを巻き込んで、木々や鉄骨を粉砕しながら突き進む。

 彼女が進んでいくにつれ、一本の巨大な亀裂の道ができていった。


 地脈のエネルギーを受けて加速したロボットは容易に彼女に追いつくが、回転を続ける彼女には触れることができず、次第に速度を落としていく。

 加速していたはずの彼らは、亀裂の道が延びていくにつれて減速を始めた。地脈からのエネルギー流入が少なくなってきているのだ。




───地脈とは、大地に存在する巨大な道である。その道は洞窟のようになっていたり川のようになっていたりと様々だが、共通してそれらの道にはとなるものが存在する。地脈より生じるエネルギーというのは、この要となるものから湧き出たエネルギーのことを指す。

 地脈より生じるエネルギーは分類としては魔術側にあたる、情報を主体としたものだ。地脈の要とは、この情報が霧散しないように形を与える役割を持つ。地脈にエネルギーが流れる条件とはこの要が存在していることであり、それがなくては地脈は“死んで”しまうのだ。

 逆に言えば、地脈の要を破壊すれば、そのエネルギーは形を持つことなく霧散して消滅し、地脈を殺すことができる。エマが取った方法とはつまり、この性質を利用するものだ。

 彼女は回転しながら、地脈にとって要となる場所を通過し、破壊していく。ゴーグルのおかげで要になっているものが見えているため、進行方向に迷いはない。

 要を破壊されたことで地脈のエネルギーは霧散し、ロボット達の動きが鈍っていく。もうとっくに危機を脱したエマは、ロボットたちが追いつけてないことに気付き、ついに回転を止めた。


「ぐるぐるぐる~っとと。……よし、よし? よしっ! 作戦成功!

 あとはこのまま中心に向かえば───って、うわぁ!?」


 エマが地脈の集まる中心部へ目を向けた途端、大きな地響きと共に足元が隆起する。

 慌てて飛び退いたエマの前に現れたのは、全長3mほどの巨大な樹木。細身の人体のような形状をしており、頭部には鹿の頭骨のようなものがついている。

 所々に鉄条網やパイプのようなものが絡まっているが、その大部分はあくまでも樹木で構成されている。見てわかる通り、機械ではない。そして同時に───


───生物でもない。


「エマ、予定変更! 上がって、すぐに!」

⁅───諷ィ蝌、豈、蟄⁆

 美来が空から叫ぶが、その声は届かない。

 樹木の怪物が腕を動かすと、一瞬にして木々の壁が辺りを包み込む。

 その美しさに見惚れ/強大さに恐れ、身体は咄嗟に動き出せない。

 エマにとって、初めて見る相手。それでも、その怪物の正体を理解するのに時間は必要なかった。普段は回想を経て理解する彼女が、今回ばかりは理解の後に回想する。


「あ───そうだった」

 そう、ここは『浸蝕樹海』。

 文明が樹海に飲み込まれ、地球全土が森と化した世界。






───人が、である。

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