第37話 サルビアの凶行

 それから数日、ロゼラインはつつがなく仕事をこなすことができていた。


 つつがなくというのは、言い換えれば成果がないという事だ。


 意気込んで捜査に参加した手前少々ばつが悪い。


 パリスの誘いに乗って寝物語で相手がぽろっと何かを漏らすのを狙った方が良かったのかな?


 いやいや、それはやっぱりやだ!

 生きている間は、まあ、婚約者なんだしいずれ夫婦になればそういうことをするのだろうという心づもりはあったけど、死んだ今となってはね……。

 この身体ホムンクルスは繁殖能力はないけど閨の相手くらいはできるらしい。

 でも王太子クズの、人として尊重されているわけでもない、ゲスな欲望かなえる形での相手なぞごめんだわ。


 にもかかわらず『窮すれば鈍す』とはよく言ったものだ。

 一瞬でもそんな考えが出た自分にロゼラインはため息が出た。



 そんなこんなと考えていたロゼラインことミカだが、ある日の夕方、使用人の控室にサルビアの使いがミカを訪ねてきた。

 サルビアの部屋まで一緒に来てほしいというのだ。

 突然の呼び出しにミカだけでなく部屋中に緊張が走った。


 先だっての騒ぎを考えれば当然だろう。


 断るという選択肢は与えられてないようなので、ミカはサルビアの使いに連れられて彼女の部屋に向かった。


 全力で警戒してサルビアの部屋に入ったロゼラインだが、サルビアはとろけるような笑顔で「ミカ」を迎え、部屋のソファーに座るよう促した。

 サルビアの部屋はもともとロゼラインの部屋だった。

 調度品が帰られすっかり様変わりをしたサルビアの私室。

 えんじ地に金糸のゴブラン織りのソファにロゼラインは腰を下ろした。


「いきなりで驚いたでしょ。仲直りをしたくてね」


 はちみつのように甘い声で話しかけるサルビア。

 ロゼラインはまだ緊張を解かない。


「急に言われても戸惑うのはわかるわ。でもほんとうにあの時のことはすまなかったと思っているわ。仲直りの印に一緒にレモネードでも飲もうと思ってね、用意させたのよ。さあ、どうぞ」


 侍女にもってこさせたレモネードが入ったグラスをサルビアはミカの前に置いた


 ロゼラインはグラスに入ったレモネードを見つめ息をのんだ。 

 万が一の時のために、食物に入った毒を見抜ける眼を精霊から与えられていたのでわかったことだが、この中にはロゼラインを死に至らしめたものと同様の毒が混入されている。


 そこまでやるのか、と、ロゼラインは思った。


 隙を見てロゼラインをも毒殺しようとしていた女だ。

 王太子の婚約者で公爵令嬢であった彼女に対してもそんな凶行を平気でやろうとしたのだから、使用人の命など何の躊躇もなく奪えるのだろう。


「あら、どうしたの? まさか毒でも入っていると思っているのではないでしょうね。いいわ、それなら、私のと取り換えてあげる」

 サルビアが自分とミカのグラスを取り換え、そして自分からレモネードを飲み始めた。


 ミカもグラスを手に取りレモネードに口をつけ始めたのを見てサルビアはほくそ笑んだ。


 毒はレモネードがつくられた段階で入れており、どちらのグラスにも混入されている。

 サルビア自身は自国領で採れた花の毒に体を慣らしているので死ぬことはないが、慣れてない人間が摂取すれば死に至らしめることができる。今回は少し時間がたってから心臓が止まるように量を調節したのでただの心臓発作にしか見えないはずだ。


(ロベリアが同様の毒を使用してロゼラインを死に至らしめた時は、彼女は毒の成分を知らず、ロゼラインがすでに慣らした毒と同じと勘違いをし大量に混入させたため、ロゼラインはさほど時間をおかずに死んだ)


 レモネードを飲みほした後、ロゼラインはサルビアの部屋を辞し角を曲がったところで走り出した。


 毒が! 毒が! この体の中にあの時と同じ毒が!

 これを身体の外に抽出して分析してもらえば、サルビアが私を殺したのと同じ毒を持っていた決定的な証拠になる!


 ロゼラインはアイリスの部屋に急いだ。

 そしてゼフィーロに連絡を取ってもらい、その足で彼とともに魔法省に向かった。

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