第36話 エルフリード・ノルドベルクの日記(後編)

 四月〇日

 姉上がやらかした。

 これには王太子殿下も不快感という次元を通り越して激怒されている。

 殿下の大切な同士である近衛隊士を姉上が懲罰房に入れてしまった。



「これってやらかしたのは近衛隊士の方よね。なんでこのクサレ弟の頭の中じゃロゼラインが『やらかした』ってことに変換されているの?」

 読みながらクロはつぶやいた。


 そしてさらに読み進めていく。



(日記の続き)

 仲間に対する王太子の顔をつぶした姉上の所業のせいで僕自身も針の筵だ。

 姉上に対する苦情は僕も困っているというそぶりでかわすしかなく、そして、母上が言われた、 

「賢すぎる態度は可愛げがないというもの。夫となる王太子殿下の機嫌一つとれないなんて先が思いやられます」 

 という言葉を彼らにも伝えてやっと皆に留飲を下げてもらった。


 まったくどこまで他人の立場をわかってないんだ。

 たかが木や花を折ったくらいであそこまでするなんて!



「折ったくらいでも、それで生計を失う危険性があった人もいたなんてまるで気づいてない、まったくどこまで他人の立場をわかってないんでしょう!」

 クロは鏡にはね返すように、エルフリードが日記記したセリフをそっくりそのまま言い返した。


 別にだれが聞いているわけではないけど。


 クロは続ける。

「木や花くらいですって! そういうやつが猫や犬も、人間の自分より弱い者に対しても、悪気無く虐げたり苦しめたりするんだわ。周囲の言うことを素直に受け止めているだけなんて解釈で許せるもんじゃないわ! おっと熱くなりすぎたかしら、続き続き」



(再び日記の続き) 

 五月〇日

 最近王太子殿下の機嫌がすこぶる良い。

 サルビア・クーデン嬢のおかげだ。


 サルビア嬢は王太子殿下に従順でしかもほめ上手だ。


 さすがです、知らなかったです、素敵ですね、など、甘い声で言われれば男は相好を崩すというもの。


 姉上にこのようなふるまいができないのが非常に残念だ。

 この調子じゃたとえ王太子妃となっても殿下の寵愛はサルビア嬢のものだろう。

 それも姉上の自業自得と言っていい。

 いくら周りが口酸っぱくいっても本人が気づいて態度を改めなければ意味ないのだから。



「なんか自分の見立てを疑うことなく相手をこき下ろしてしまうあたりかなりのモラハラ体質ね。先天的素質か後天的な要因かわからないけど、いや両方かな?」

 クロは再びつぶやいた。



(再々度日記の続き)

 六月〇日

 姉上の誕生パーティの時に王太子殿下がされたちょっとしたいたずらのせいで国王陛下が激怒された。そのため殿下とサルビア嬢の接触が減り、サルビア嬢は情緒不安定になったのだろう。

 自ら持ち込んだ毒を何らかの方法で姉上に盛ろうとしていたという。

 王太子殿下がいち早く気づきサルビア嬢から取り上げて事なきを得た。

 よっぽど思いつめていたのだろう、と、殿下は語っておられる。


 姉上が国王陛下の覚え愛でたいのはわかっていた。

 しかし、肝心の王太子殿下の心をつかめないのなら話にならない。


 それがわからずそこに胡坐をかいている姉上。

 国王陛下の言葉を無視するわけにはいかず苦慮されている王太子殿下。

 その王太子殿下の気持ちに不安を感じたばかりにとんでもないことをしようとしたサルビア嬢。


 殿下は取り上げた毒の処理を僕に頼んできた。

 これは僕が姉上の弟だからだろう、こんなところでもまたとばっちりだ。

 さてどうしようか、と、考えて、母上に託すことにした。

 母上なら検査に携わる衛兵たちもうまくいなすことができるだろう。

 実際うまくいったようなので安心した。



「キタキタキターッ! ここよ、ここ! ついに見つけたわ、毒を王太子から受け取って母親に渡した記述!」

 クロが歓喜した。


「割と几帳面な性格だって聞いたから、記録の一つも取っているんじゃないかと思ったらビンゴよ。とはいえ、まず別の証拠をもとに侯爵夫人と弟を逮捕したのち、家宅捜索でこれを没収してダメ押しの証拠とするって流れで行かなきゃだめね。やっぱり何らかの物証よ。これはまだしばらくここに置いておきましょう。紛失したことに気づいて警戒されてもまずいからね」


 クロは日記を引き出しに戻した。


 そして、引き出しを閉める前に魔力を込めた自分の肉球をペタッと日記の表紙に押し当てた。


「よし、印もつけたし、これで日記がどこにあってわかるようになってるわ」

 と、言うと鼻歌まじりで窓をすり抜けロゼラインのところまで戻っていった。

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