第35話 エルフリード・ノルドベルクの日記(前編)

 大陸暦九一七年九月〇日

 今日から午前中は王宮内のアカデミーで勉強し、午後からは省庁で見習い文官として働く。

 配属される省庁はまだ不明。

 はっきりとした希望がなかったので、とりあえず様々な省庁の仕事を経験して適性を見てから進路を決めることとなる。本当は近衛隊への入隊に憧れていたのだけど、武官となって唯一の跡取りである僕にもしものことがあった場合を心配した両親から止められた。

 ノルドベルク家を背負うものとしては仕方がない。

 文官でも宰相まで上りつめた事例もあるし、そこを目指してみようと思う。



 中略


 大陸暦九一八年一月〇日

 王太子殿下からお声がかかり、何名かの近衛隊士ともお近づきになれた。

 殿下とは姉上が婚約者である関係から何度かお会いしたことがあるが、こうやって男同士の集まりに参加できたのは誠に楽しい経験だった。

 殿下はこの国の古臭い体制や習慣にも批判的で、王位についたらそれを刷新させていきたい、そのための力になってくれるのが同年代の君たちだと言ってくださっている。

 そんな殿下に対して婚約者である姉上は少し頭が固いようだ。


(同じ年度なので、ここから先は大陸暦を省略)


 二月〇日

 王太子殿下とのお話で知ったことだが驚いた。


 王族と外戚関係にある家門の人間は宰相に任命されないそうだ。

 これはかつて王妃となった女性の家門が権力を握りすぎ国を傾けたことがある歴史から、そういう不文律が王家には存在するらしい。

 だから現在、三大家門と言われる我がノルドベルク家や第二王子の婚約者がいるウスタライフェン家、そして王太后の生家であるホーエンブルク家などの公爵家当主が宰相ではなく、ドナー侯爵が宰相なのだ。


 しかし王太子殿下はこの古臭い因習も自分が王になったら撤廃するとおっしゃっておられる。

 能力のあるものが家門によってしかるべき地位につけないのはおかしい、宰相が無理ならそれに並ぶ地位を新たに創設すればいい、と。

 だからこそ役に立ち能力を示せ、とも言われた。当然だ。


 ここまで殿下がノルドベルクに期待を寄せておられることを、婚約者である姉上はあるでわかっていないように見える。

 小生意気になった、と、殿下はこぼしておられた。

 賢しらにもさかしらにも殿下に意見することがあるそうだ。


 姉上は何か勘違いをしているようだ。

 王太子の婚約者に選ばれたのはノルドベルクという家門の力であり、姉上自身の手柄ではない。

 にもかかわらず自ら殿下の不興を買いに行っている。


 殿下が愚痴をこぼされるのは、僕が弟として姉上の言動を改めさせることを期待してのことだろう。

 何とかせねば。



 二月〇日

 姉のロゼラインが立場もわきまえず王太子殿下に意見をしていることを母上に相談した。

 母上は言った。

 あの子には可愛げというものがないと。

 夫となる男性の機嫌の一つも取れないなんて救いようのない愚図だと。

 さすが母上のいう事は的確で的を得ている。


 そうなんだ、姉上は確かに器量もいいが、そんな女なら王都にはいて捨てるほどいる。

 要するに、姉上のもつ利点はノルドベルク家の娘であるという事だけ。

 それがわからず増長する愚か者。


 しかしそれは僕が直接言うより、ここは女同士、母上に任せた方がいいだろう。

 そのことは王太子殿下にも報告しよう。


 三月〇日

 母上やその周囲の人間があれほど姉上の性格や態度を矯正しようと意見をしてあげているというのに、姉上が変わる気配は一向にない、困ったものだ。

 これは姉上をほめたたえる年寄り連中にも問題がある。

 いくら年寄り連中に褒められても、結婚する相手は王太子殿下だ。

 その殿下の嫌がる言動を繰り返すなんて姉上のバカさ加減には全くため息がでる。



「ふむふむ、素直なバカってこういうやつのことを言うのかしらね」

 黒猫のクロは、肉球をうまく接着させて紙のページをめくり、中を読みながらつぶやいた。


 クロは今ノルドベルク家のロゼラインの弟エルフリードの私室に忍び込んでいる。


 精霊の助手の経験の長いクロは特殊能力を多く有しており、周りの人間を眠らせたり、大音響を響かせたり、そして、分身の術も使える。


 本体は今ロゼラインの後ろをついて回りながら、分身たちはゼフィーロの後ろをついて回ったり、アイリスの執務室に待機していたり、さらにはノルドベルク邸に忍び込んで証拠を探していたりしているのである。


「さて、続き続き」

 クロはさらにページをめくった。

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