第38話 ピオニー王太后

 王太子の婚約者ロゼライン嬢が死去して以来、王宮がずいぶん騒がしい。


 夫の死後、政治の表舞台から退いたピオニー王太后の耳にも心をざわつかせるような出来事の話が耳に届いている。


 今日はその騒ぎの当事者の一人パリス王太子から直々に頼みがあるという事で、ティータイムを共に過ごすこととなっている。


 やってきた王太子はいつもより少し陰鬱な表情をしているように王太后には見えた。その心配はさておき、王太后は孫王子に着席を促しお茶と菓子を勧めた。


 孫王子パリスは躊躇しながらも祖母への懇願を口にした。


「わたくしの実家の力で外国の王族から正妃を迎える手助けをしてほしいですって?」


 王太后はけげんな顔をした。


 王太后の実家のホーエンブルクはロゼラインやアイリスの実家と同じく公爵位を持ち、外交関係に特に力を発揮している家門である。パリスやゼフィーロの母であるアザレア王妃は西隣のフェーブル国の第三王女であり、その婚姻は王太后の実家ホーエンブルク家の奔走でまとめられた。


「はい、新たに婚約者となったサルビアですが妃教育の結果も芳しくなく、使用人たちへの扱いも考えると王妃としてやっていけるかどうかはなはだ疑問で……。しかし、新たな正妃候補と言っても現状では、国内のそれにふさわしい家門と資質を備えた私と同年代の女性は皆結婚しているか婚約者がいる女性がほとんど、それならば外国の王族から妃を迎えれば公爵位の家門から妃を迎えるのと同等の後ろ盾になると……」


「サルビア嬢はどうされるつもりなのですか?」


「別に彼女を捨てると言っているわけではありません。側室として迎え入れることは可能ですし、王太子妃教育に音を上げている状況なので、説き伏せれば納得してくれると思うのです」


 ピオニー王太后はため息をついた。そしてしばらく沈黙をした後言った。


「わたくしはてっきりあなたが王太子の身分を捨ててサルビア嬢と一緒になるのだと思っていましたよ」

「……!」

 パリスは気まずそうな顔をした。

「だってそうでしょう、伝え聞いている話によれば確かにサルビア嬢は王妃の器ではなさそうですね。でも、ならばどうしてロゼライン嬢にあんなまねをしたのか?」

「……」

「あのような場で婚約破棄を宣言してもそれがすぐになされることはないというくらいあなたもわかっていたでしょう。若い当事者同士にどういういきさつがあってそこまでの考えに至ったのかは今更問いませんが、解消を望むにしても密なる場所で十分な話し合いがおこなわれてしかるべきことであり、公衆の面前で令嬢を侮辱し恥をかかせる必要がどこにあったのか?」 


 重い沈黙が流れた。


「……なかったから……」


 王太子は小さい声で王太后に理由を言った。


「なんですか?」


 王太后は問い返した。


「彼女は私に従順ではありませんでした。あのような場で婚約破棄を宣言したのは制裁の意味もあったのです。私と彼女、どちらが上かをちゃんとわからせる必要があったのですよ」


 王太后は唖然呆然とした。

 開いた口が塞がらないとはこういうことを言うのだろう。


「従順でないとは、具体的にどういうことで?」


「私の見解に生意気にも異論をはさむのはもとより、私に近しい近衛隊士も私の意志に反した処分の仕方を……」


 王太后の顔が険しくなった。


「臣下や近親者の異論に傾ける耳も持たないでどうするのですか。近衛隊の件に関してはロゼライン嬢の処分には何ら問題がなかったはずです。そのようなことに『従順でない』という言葉を使うとは、今の見解は亡きロゼライン嬢のみならず、わたくしやあなたの母のアザレア王妃に対する侮辱でもあると心得なさい!」


 誰が見ても明らかに「怒っている」という態度を隠さなくなった王太后の様子にパリスは焦った。


「国王の配偶者が隣でニコニコ笑っているだけのお人形にも務まると認識されているとは! まったく国王陛下あの子もご自分の息子に今までどういう教育をしてきたのやら」


 王太后は立ち上がった。


「具合が悪くなったので、少し早いですが今日のお茶会は終了です。あなたがいずれなる国王という立場をよく考えてみることです。少なくともあなたの言うことを『従順に』受け入れてくれるだけの者を王妃の座に据えて務まるような甘いものではないということを!」


 王太后は踵を返し取り残されたパリスには一瞥もくれずその場を去った。


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