第34話 アイリスとゾフィ(後編)

「どうなされたのですか、王太子殿下?」


 アイリスがしれっと尋ねた。


「どういうつもりだ!」

「なにがでしょう?」

「シュタインバーグやヴェルデックを懲罰房に入れたことだ!」

「シュタイン……? どなたのことでしょうか?」

「そなたが懲罰房に入れた近衛隊士のことだ!」

「ああ、それでしたら王宮の規則にのっとって処理したつもりだったのですが、わたくし、何か間違っていたのでしょうか?」

「もちろんだ!」


「そうでしたか、申し訳ございません。でもどこが間違っているのかよくわかりませんから、王宮内の治安を乱した際の罰則を決められた警務部や法務部やそれから近衛隊の上層部にもう一度教えを請うてよろしいでしょうか? それで間違っていた部分をただちに訂正いたします」


「ぐっ!」


 王太子が絶句した。


「そういう事ではない! わかるだろう! 以心伝心というか……」


「以心伝心、はて、どなたと?」


 この小娘、ロゼラインとは違ってとろくさい物言いなのに同じように神経を逆なでされる。

 忌々しい!よしそれなら……。


 アイリスが自分の望んだとおりの言動をしないことにいら立ったパリスは意趣返しのつもりでこういった。


「そういえば最近弟ゼフィーロに妙な噂が立っているな。死んだロゼラインが奴に付きまとっていると」


 何が言いたいんだ、この王太子?


 ロゼラインをはじめ部屋にいた面々はいぶかった。


 アイリスへの嫌がらせのつもり?


 なに勝手に自分の弟ゼフィーロと自分の元婚約者ロゼラインが何かあるようににおわせているの?

 気持ちワル!

 変なところでねちっこさを発揮するのよね、こいつパリス


「はい、その噂なら私も耳にしたことがあります。ロゼライン様には生前ゼフィーロ様ともども仲良くしていただきました」


 一片の曇りもない表情と声でアイリスは答えた、そしてさらに続けた。


「まあ、亡き方の想いとおっしゃるなら、王太子殿下の周りにおられるのが自然なのことなのに不思議ですねえ。亡くなられてすぐ殿下には見切りをつけられたということでしょうか?」


 他人の気持ちは平気で踏みにじるくせに自分への侮辱や嫌味には敏感なパリスは、アイリスの皮肉に気づいてかっとなった、そして、


「このっ、誰に向かって!」


 彼女に向かって手を挙げた。


 パシッ!


 アイリスの頬にパリスの手が振り下ろされる直前にゾフィが割って入りパリスの腕をつかみ静止させた。


「貴様、侍女の分際でっ!」


 もう片方の自由な手の方で今度はゾフィに殴りかかろうとした。


「おやめください!」


 体術の達人であるゾフィは同じく武術に秀でた王太子に引けを取らず、彼の両腕をつかんだまま動かなかった。


 さすがにこのまま投げ飛ばすのはいくらなんでもまずいと計算しているが、次なる一手を思いつかず二人は膠着状態に陥っていた。


「ギャーッ、王太子殿下がか弱い女性に暴力振るおうとしている!」


 再びクロのスピーカー能力が発動した。


 声が響いたことで廊下がざわざわしだし、王太子は腕を降ろしそれに伴って力を抜いたゾフィの手を手荒く振りほどき出て行った。


 王太子が部屋を出ていってからアイリスが、

「ああ、ドキドキしましたわ。ちょっと言い過ぎたのかしら」

 と、胸をなでおろした。


「いいえ、すっきりしましたよ。むしろ言い足りなかったくらいです」


 ゾフィが断言した。


 クロが無言でうなずいていた。


「大分遠ざかったわね。もう部屋を出ても大丈夫だと思うわ、ロゼライン」


 優れた聴覚で様子をうかがっていたクロが言った。


 ロゼラインは再びゾフィがポケットに保管していた人形ホムンクルスの中に入り「ミカ」の姿になった。そしてクロとともに使用人たちが控える棟に戻っていった。


「あのさ、あたしもちょっと出かけるわね。心配しなくとも分身を飛ばすだけだから」

 ロゼラインの傍らを飛びながらクロは言った。

「どこへ?」

 ロゼラインは尋ねた。

「へへへ、ないしょ! ダメもとで調べてみるだけだから、うまくいったら言うわね」


 クロの霊体からもう一匹別のクロが出て王宮の外に飛び出していった。


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