第32話 サルビア激高する
あー、腹立つ!腹立つっ!
ロゼラインは王太子の部屋をとびだし廊下をずしずしと歩いていた。
いまさら何なの、白々しい!
まあ、
しかもあの言い方、毛色の変わった珍獣でも愛でるような感じだったよね。
王族というステイタスを利用して女性に声かけまくっているだけじゃん!
一度心が離れると再び甘い物言いされてもキモく感じるだけとはよく言ったものだ。ここは改めて
とはいえ、気持ちが落ち着くとロゼラインは、掃除用具ほっぽり出して飛び出したのはかなりまずかったではなかろうか、と、気づき青くなって仕事仲間を探して謝った。
実はロゼラインが部屋を飛び出した後、リーダーの女性が、
「申し訳ございません! あの子はまだ入ってきて日が浅く、王太子殿下に声をかけられ動揺したのでしょう」
と、説明して取り繕ってくれていた。
その説明で王太子も納得したのか、それ以上の叱責などはなく事なきを得た。
今後リーダーの女性と仲間には足を向けて寝られないな、と、ロゼラインは思った。
そしてその後の仕事だが、なぜかロゼラインは王太子の部屋の掃除のシフトにやたら入れられるようになった。
あそこまで粗相をやらかしたのだから普通王太子の部屋担当からは外さないか?
決められたものは仕方がない。
ほかのところと同じように王太子の部屋も仕事としてこなす。
そしてなぜか掃除の時に王太子も部屋にいる。
しかも黒髪のミカに声をかけてくる。
やたらベッドに誘おうとするあたり美華のいた現代日本ならセクハラだ。
王太子だからって調子こいてんじゃないよ!
なんてセリフは口が裂けても言えないのが苦しいところ。
「恐れ多いこと……」
「お戯れを……」
「私のような下賤なものが……」
時代劇でも聞いたことあるようなセリフでやんわり拒絶、気分はすっかり悪代官に言い寄られる村娘であるが、相手は懲りない。
あからさまに王太子がそんなことをしているのだから王宮内にうわさが広がるのも時間の問題だった。
ある夜、ロゼラインが厨房の横の使用人たちの休憩室で他の使用人と談笑していると、サルビアが鬼の形相で飛び込んできた。
「ミカ・キタヤマという女はいる?」
嚙みつきそうな剣幕に部屋にいた使用人たちは皆言葉を呑み、誰一人として答えられなかった。
サルビアは使用人たちの答えを待たず部屋の中を見回し、
「もしかしてあんたがミカ・キタヤマ?」
と、黒い髪に黒い瞳のロゼラインに尋ねた。
「はい、おっしゃる通りでございますが……」
ロゼラインが答えるや否やサルビアは彼女の髪をひっつかみ絵にかいたようなビンタをくらわした。
「この泥棒猫!」
サルビアはわめきながら黒髪の女へのせっかんを続けた。
泥棒猫?
あんたが言うか!
と、ロゼラインとしては言いたいところだが、サルビアのされるがままになっていた。
「ぎゃあ! 助けて! 王太子妃が使用人に乱暴してる!」
その場にいた使用人たちは皆恐れおののいて叫び声すら上げられなかったが、なぜか大音響で以上の声が王宮内に響いた。
実は周りの人間には見えないがクロがずっとロゼラインについていた。
クロの能力の一つ「スピーカー」、大音響で声を響かせる。
人間たちは皆出どころはわからないが突然響いた声に注目する。
借りにも王太子の婚約者だからみなサルビアを止められずにいて、王太子が駆け付けた時には、ミカ・キタヤマの姿はひどい有様になっていた。
まとめていた黒髪はざんばらにほどけ、顔や腕など見えるところも殴られたアザやひっかかれた傷、見えないところも含めれば一体どれだけ痛めつけられたのか?
「恐ろしい……」
王太子が思わず口に漏らした。
ほかの者たちもみな思っていたことだが……。
サルビアは王太子になだめられてその場を離れ、ロゼラインことミカはやっと別室で治療をしてもらえることとなった。
実は全然痛くもかゆくもなかったんだけどね。
人造人間には臓器はないらしいが、アザもできるし血も流れ出る、よくできているね。
自室に送られたサルビアは爪を噛みながらミカなる女への怨恨を募らせていた。
部屋まで王太子は送ってくれたが、その態度は明らかに冷ややかでありめんどくさそうでもあった。
あの女、どうしてくれようかしら!
何とか排除しなければやっと手に入れた私の立場も……。
サルビアは何度も部屋の中をうろつきながら考えを巡らせるのであった。
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