第31話 王太子の部屋
「王太子妃になられるはずだった方が掃除婦だなんて……」
「困ったことがあったら何でも相談しに来てくださいね」
ゾフィは嘆きアイリスは心配した。
しかし、日本人の美華の時に家事全般は身に着けていたし、王宮ともなるとたかが掃除担当でもその制服はなかなか上質の布で仕立て上げられ、垢ぬけたいでたちなのである。
掃除というと役割的に王宮の主だった人物や部署の部屋に出入りでき、推理ものならそこで思いがけない証拠発見、と、なるところ。
あくまで期待であるが……。
仕事は一通り教わった後はつつがなくこなすことができた。
そしてチャンスは巡ってくるもの。
働き始めて一週間後、パリス王太子の部屋を掃除する機会がやってきた。
要人の部屋の清掃は五人一組になって仕事をこなす。
ロゼラインことミカと名乗っている女は、一番新米なので先輩たちの指示に従って部屋のあちこちの拭き掃除をしていた。
机とか戸棚とか拭いている時に、うっかり扉が開いて中の物を見てしまったなんて「アクシデント」が起こってもいいよね、わたし新米だし……。
期待に基づいた想定外の出来事はなかなか起こらないくせに、こうなったらまずいという不安に基づいた想定外の出来事はえてして起こるものである。
まだ掃除の途中だったのに王太子が部屋に帰ってきた。
「申し訳ございません、王太子殿下。すぐに終了させます」
リーダー役の古参の者が王太子にあいさつした。
「そうか」
王太子はそれだけ答えると所在なさげにソファに腰かけた。
やることがないのだろうか?
ロゼラインが命を失う直前は、いつも近衛隊士やサルビアとつるんでいるところしか見たことがなかったので意外であった。
「おい、そこのお前」
ソファーの後ろのチェストを拭いていたロゼラインにパリス王太子が声をかけた。
ロゼラインは心臓が飛び出るかと思った。
「わ、わたくしでございますか?」
挙動が不審だったのかしら、と、びくつきながらロゼラインが振り返った。
「黒い髪に黒い瞳、珍しいな。この国ではあまり見ない」
ロゼラインに近づき、彼女の黒髪を手に取り王太子は言った。
「辺境メランドの血を引いていると聞いております」
掃除リーダーが答えてフォローした。
「ほう、メランドが併合されて数十年、その血をひくものが王宮に仕えるようになるとは。我が国に溶け込んでいる様を見ることができて非常に喜ばしい」
「ありがとうございます!」
リーダーはロゼラインにも頭を下げろと目配せした。
「ありがとうございます!」
ロゼラインも頭を下げた。
とりあえず挙動が怪しまれたわけではなかったようなので良かった。
「名は何という?」
まだ絡んでくるのか、この王太子?
「ミカ……、ミカ・キタヤマ、と……、申します」
ロゼラインは答えた。
王太子はおもむろにミカと名乗った女に近づいてそのほほに手をかけた。
「ふむ、顔もなかなか美形だな、どうだ、今宵私の寝所に来ぬか?」
はあっ!
「お、恐れ多い事でございます!」
かなり動揺したのを抑え、かろうじてロゼラインはそれだけいう事が出来た。
だが、身体の方は『ふざけんな!』と、ばかりにパリス王太子を突き飛ばして部屋から逃げ出してしまっていた。
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