第5話 可憐な花に伸びる魔手
弔いの日から数週間が過ぎた。
王侯貴族の婚姻は様々な利害が絡まる中、両家の密なる話し合いの元決められる。衆人環視の中どちらかが一方的に解消を「宣言」したからと言って、すぐにそれがなされるわけではない。
しかしその問題に関しても、婚約者のロゼラインが死亡したことによってすんなり解決し、新たな婚約者としてサルビア・クーデン嬢が選ばれた。元婚約者ロゼラインの王宮内での私室はサルビアに与えられ、調度品などが入れ替えられ部屋の様子はすっかり様変わりしていた。
ロゼラインの存在だけを残して王宮は日常を取り戻そうとしていた。
「あー、それしてもどうすればいいんだか!」
王宮内を少し上空から見守ってきたロゼラインが大声で喚いた。誰にも聞こえることはないが…。
北山美華の人格が融合したので言葉遣いが少しぞんざいになったようである。
好きで王宮をいまだにさまよっているわけではないが、他への行き方がロゼラインにわからなかった。
地縛霊とはこういう風になるものだろうか?
庭園の一角で途方に暮れているロゼラインの魂の横をヨハネス・クライレーベンが顔をニヤつかせながら横切った。その顔があまりにも邪悪に見えたのでロゼラインは後をつけることにした。
「ごきげんよう、アイリス様、相変わらずお美しい」
少し前を歩いていたアイリスに追いついて、大げさなほど慇懃な態度であいさつをした。
「ごきげんよう……」
アイリスは躊躇していた。
「王宮の花が一つ枯れてしまいましたが、紫の可憐な花は相変わらず美しい」
歯が浮くような誉め言葉を口にしながらアイリスの手を取りひざまずいて口づけた。
この世界では貴婦人に対して普通に行われる騎士のあいさつだが、日本人の意識が混じってしまったロゼラインにとってはちょっと引いてしまうものとなってしまっていた。
近衛隊士は容貌の整ったものが選ばれる。
薄紫のドレスを着た愛らしい娘の前にひざまずく近衛隊士、見た目だけは物語の挿絵のように美しい。だが、アイリスと何の接点もないヨハネスがそれをするのは少し異様であった。
「ありがとうございます……、では、これにて……」
アイリスも引き気味だった。
「お待ちください、アイリス様。お慕いしておりました、どうか」
ヨハネスがつかんでいたアイリスの手をひっぱり彼女を抱き寄せた。
「やめてください!」
アイリスは身をよじらせ逃れようとするが男がアイリスをつかんで離さない。
なにしてるんじゃ!強制わいせつだろが!
ロゼラインはヨハネスの後頭部に上空からケリを入れてやった。
そのあと頭をつかんで髪の毛をひっぱってやった。
効果はあったようだ。
姿は見えぬが何者かの攻撃で痛みを感じたヨハネスはアイリスを抱えていた手を緩め頭をおさえた。その隙にアイリスは彼を突き飛ばして走って逃げた、屈辱と恐怖で泣きじゃくりながら。
逃げたアイリスの後姿を眺めながらチッと吐き捨て何事もなかったようにヨハネスは立ち上がった。
なんか、とんでもないものを目撃したような気がする……。
ヨハネスがアイリスに懸想するなんて!
パリス王太子の傍にいるのを何度も目にしたがそんな様子はみじんも感じられなかった。
むしろサルビアに対して好意的なものを感じていたのだが?
いったいどういうことかとヨハネスの後をつけたロゼラインは、さらにゲスなたくらみを目にすることとなってしまった。
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