第116話 ジャパンカップの頂

 二分半、世界一を決する戦いの幕が上がります!

 優駿十八頭、ヒーローヒロイン揃い踏み! 二千四百メートル、栄光の彼方へ!

 第四十四回G1ジャパンカップ!!!


 いま一斉にスタート! 正面スタンド前の直線に十八頭が飛び出した!


 さすがは優駿、全頭出遅れはありません。

 三番人気18番プレミエトワールはやはりスロースタート。

 先行勢の多い内枠の空いた馬場へ、7番クリュサーオルとともに殿への位置取りです。

 さあ中長距離の頂上決戦! 誰が行くのか、誰が行くのか!

 一番人気10番ディスティンクトは前へ!

 1番スランネージュ、6番マリカアーティクも前方!


 だが、ハナを譲る気はありません!

 ルールは俺が決めるとばかりに9番ルーラーオブマキマ、一気に先頭に踊り出た!

 その内にはこちらも逃げ馬、5番アイアムニンジャが不気味に追走!

 逃げ馬二頭に引っ張られ、西日差す一コーナーに入っていきます!


 先頭から見ていきましょう。

 一、二コーナー中間付近を快調に飛ばしているのは忍ばないシノビのアイアムニンジャ!

 行った行ったのアメリカ競馬を見事に決めて、向正面流しに入ろうかというところ!

 その外にピッタリついていくのはルーラーオブマキマですが、鞍上必死になだめている!

 普段の逃げのスタイルではありません。これはどうやらかかってしまっているか!?

 そこから三馬身ほど空けて馬群を引っ張るのはやはりディスティンクト!

 逃げ馬二頭を追うことはありません。

 雄大な馬体は信頼の王者、自身のペースで駆けていきます!

 その後方、団子になった内側にはスランネージュ、その外にはマリカアーティク。

 半馬身ほど後方に2番アンティックガール、4番クラースナヤ。

 内枠につけた牝馬がディスティンクトに続いていく格好です!

 そして故郷フランスの誇りを胸に、3番ヴィヴラフランス!

 その外に香港馬16番エターナルディクテイター、紫の勝負服13番ケイクオシトロン!

 眺めるような格好で、二頭のダービー馬の共演!

 内側は昨年のダービー馬8番シルヴァグレンツェ、外に今年のダービー馬12番クーニヒルーナ!

 得意な東京二千四百、虎視眈々と王者の首を狙っている!

 だがそうはさせない! 昨年のジャパンカップ覇者14番ヴェルデイルベントはその後方!

 そしてここにいました二番人気! 後方からの競馬は欧州最強馬!

 ここまで無敗、戦績に傷は許されない! 凱旋門賞馬15番ホリゾンタルレイライン!

 パリロンシャンでの鮮やかな後方差し切りは、ここ東京でも再現するのか!

 その後方にはもう一頭のアメリカ馬、11番プレジションボミング!

 二千四百メートル向こうのゴールへ、精密爆撃はプラン通りか!?

 その外ピンクの帽子はエリザベス女王杯連覇の17番グノーシア。

 そこから一馬身離れてクリュサーオル、殿はプレミエトワールで向正面入っていきます!

 

 さあ、向正面! ディスティンクトは十五頭を引き連れて現在三番手!

 逃げ馬二頭とは八馬身ほど離れているが、ペースが速いと読み切っている格好!

 一方、先頭アイアムニンジャが千メートル標識を通過、58秒前半の速いペース!

 ルーラーオブマキマ、ここでようやく落ち着いた! 落として坂を登っていきます!

 そしてディスティンクトが千メートル標識を通過、タイムは60秒と平均よりやや速いペース!

 縦長の馬群が十八頭、秋深し府中の芝を切り裂いて、静寂の中を突き進んでいます!


 そして場内の静寂を破って、後方勢が上がってきます!

 やはり彼女は止まらない! 三冠牝馬プレミエトワール!

 じわりじわりと順位を上げる! クリュサーオルもそれに続く!

 殿グノーシアも前との差を詰めていく!

 さらにホリゾンタルレイラインもダービー馬二頭の間を縫うように先行!

 目指す頂までは千メートル!


 ジャパンカップに挑んだ凱旋門賞馬は八頭いました!

 あのエルコンドルパサーを下したモンジュー、オルフェーブルを下したソレミア!

 それでもスペシャルウィークには! ジェンティルドンナには届かなかった!

 それがこの極東の超高速馬場! 欧州馬を跳ね除け続ける緑芝の魔物!

 極東の魔物と日本総大将に阻まれて、未だ凱旋門賞馬の勝ちはありません!

 これは歴史を塗り替える戦い! 目指すところは統一王者!

 ホリゾンタルレイライン、坂をものともせず一気に好位へ!

 クラースナヤの背後につけて三コーナーにかかっていく!


 そして大欅を回って残りは八百メートルを切った!

 先頭はアイアムニンジャ! アイアムニンジャ!

 秋風を切り裂いて、シノビ装束のごとき黒鹿毛が駆けていく!

 その後方、ルーラーオブマキマ! だが背後に王者が迫っている!

 ディスティンクト! ディスティンクトが難なく二番手!

 その後方、内からスランネージュ、マリカアーティク!

 アンティックガールは後退! クラースナヤが外に回っていく!

 そしてうまく外目に持ち出してホリゾンタルレイライン!

 欧州最強馬が日本総大将をその射程に捉えている!

 そして後方! 内枠から前を詰めていくのがプレジションボミング!

 後方勢が一気に圧縮されている! クリュサーオルは内側を選択!

 プレミエトワールは外を回されているが、彼女に迷いはありません!

 クラシック三冠、すべて大外からの後方一気!

 彼女を止める馬が出てくるのか!!!


 最終四コーナー抜けた! 残り五百メートルの長ーいホームストレッチ!

 大歓声に迎えられてアイアムニンジャ先頭だ! アイアムニンジャ先頭だ!

 その後方四馬身差! 横並び! まごうことなき優駿達の共演だ!


 最初に抜け出したのはやはり王者! ディスティンクト鞍上ようやく鞭を入れる!

 ここまでほとんど追っていない! 手綱は持ったまんま、余力は充分残っている!

 それについていく、スランネージュ! マリカアーティク!

 しかし後方、馬場の三分どころを突いてホリゾンタルレイラインやはり来た!

 貯めていた足を解き放って! 歴史に新しい一行を書きたさんと上がっていく!

 その後方、シルヴァグレンツェだが差は縮まらない!

 そして外回ってプレジションボミング! 爆撃地点はもう定まった!

 末脚爆発! 一気に上がってくるが——なんと内からクリュサーオルが猛追だ!

 内からクリュサーオル、すごい脚で上がっている!

 前方のスランネージュ、マリカアーティクを捉えようというところ!

 そして大外からはやはり一番星! プレジションボミングを上回るとんでもない末脚だ!


 残り四百メートルを切って先頭ディスティンクト! アイアムニンジャここまでか!

 スランネージュ、マリカアーティクも追走するが差は縮まらない!

 ここにクリュサーオル並んだ! すんごい末脚! だが隣にはホリゾンタルレイライン!

 しかし外からプレミエトワールが伸びてくる! 残り二百メートル! 坂を登る!


 先頭ディスティンクト!!! 先頭ディスティンクト!!!

 半馬身空けてクリュサーオルとホリゾンタルレイライン並ぶ!!!

 だが大外プレミエトワール!!! 一気に二頭に並びかける!!!

 史上まれにみる二番手以下の大接戦!!!

 欧州最強か!!! 三冠牝馬か!!! それとも黄金が輝くのか!!!


 だが、先頭は譲らない! やはり王者は強かった!

 優駿十七頭を捩じ伏せて、最強は俺だ!!!

 ディスティンクトだーッ!!!


 国際招待競争ジャパンカップ!!! 日本総大将の重責!!!

 そんなもの関係はありません!!!

 まさに横綱相撲、G1破竹の六連勝!

 史上三頭目の秋古馬三冠に視界良し!

 

 惜しくも敗れた二着は三冠牝馬、プレミエトワール!

 そしてなんと半年前まで一勝馬、クリュサーオルが三着入線!!!

 四着は凱旋門賞馬ホリゾンタルレイライン! 五着スランネージュ!

 そこからほとんど八着まで差がない大接戦!

 大接戦を制したのはディスティンクトでした!


 *


『完敗だなァ……』


 ゴール板を駆け抜けたクリュサーオルは、一コーナーを惰性で回っていた。

 順位をつけるのは人間だが、自身が負けてしまったことはクリュサーオルにも理解できた。

 敗因を挙げるとするならば、妙に走りやすい芝のせいだ。これまで三度東京の舞台で勝ち切ってきたが、いずれも足を取られるぬかるんだ稍重から重の馬場。今回のような良馬場は、自身以外の他馬もまた走りやすい。

 ただ、そんな言い訳など必要がないくらいの完敗だ。必死に追っても届かなかったのだ。


『楽しかったわね』


 そんなクリュサーオルの元に、志穂のお気に入りことプレミエトワールが駆け寄ってくる。

 クリュサーオル同様に息を切らしているようだが、まだ余裕があるように見えた。やはりレース前から気を吐いている怪物の一頭。クリュサーオルは自身の観察眼のよさを呪わずにはいられない。


『テメエも惜しかったな。メスガキも応援してたぞ』

『貴方にも聞こえたのね。高い場所にいたみたいだけれど』

『そりゃそうだろ、あんなヒラヒラした服、目障りで嫌でも目につくからな! ゲハハハッ!』


 志穂はいつもの観客スタンドにはいなかった。いたところで見つけられないと考えたのか、志穂がいたのは馬主席のある七階ビュースタンド。バルコニーの手すりから必死で身を乗り出して手を振って声を枯らしていたのだ。


『メスガキも現金だな。全員応援するとか言いながら、結局三頭しか見てなかったみてェだ』

『私とユキナと貴方ね。ユキナは残念だったけど』

『あのバケモノについてってこれなら充分でしょ……。一着至上主義なのかキミは……』


 そこへスランネージュが息を切らして歩み寄ってくる。

 逃げ馬二頭がペースを握れなかったジャパンカップは、終始ディスティンクトのペースで決着した。抜群のスタミナで前を走り続ける彼についていった先行馬ではスランネージュが最先着。その後にマリカアーティクとクラースナヤ。蓋を開けてみれば、自分以外の先行馬をすり潰して自身だけ前残るというまさに王者の横綱相撲だ。

 そんな王者ディスティンクトはやはり無口なまま、威厳たっぷりにウイニングランを始めていた。その様子を横目に、クリュサーオルは志穂のいる七階席に耳をそばだてる。


『ゲハッ! おい、聞こえるか? あのメスガキ号泣してんぞ!』

『うっわーマジだ。シホちゃんウケる〜⭐︎』

『やっぱり変な子ね』


 『キミには言われたくないと思う』とスランネージュが指摘したところで、鞍上から引き返す指示を出された。

 全十八頭が、決戦の舞台を思い思いの足取りで戻って行く。

 負けて文句を言うもの、終わってやっと落ち着いたもの。競った相手は皆それぞれの反応を見せていたが、クリュサーオルは違っていた。


『……やれるこたァやった』

 

 敗戦の悔しさを、そのひと言で黙らせる。

 全力を出し切って、国内最強の王者に肉薄した。ついでにロンシャンからの刺客と勝ち負けを演じることができたのだ。

 ならば、今はそれ以上は望むまい。

 現状を受け止めて、今後も調教に励むまでだ。


『今度こそ、テメエに目にモノ見せてやるよ。目玉見開いて耳そばだてて待っとけ』


 クリュサーオルは、高い秋空を見上げた。

 その彼方にいるであろう生牧草の女を想い、決戦の舞台を後にした。

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