第114話 史上稀に見る大決戦

 東京第12レース。

 国際招待競争ロンジン賞。第四十四回ジャパンカップG1。


 天候は晴れ、馬場状態は良。

 天高い秋空から差し込む西日が、二千四百メートルの芝を照らしています。

 競馬場発表では十一万人が見守る正面スタンド前に、世界各地から集いし十八頭の優駿がいよいよ姿を現します。

 それでは返し馬の映像とともに、王道距離の頂点に挑む豪華な顔ぶれを紹介しましょう!


 さあ、大歓声に迎えられて、白馬のアイドルホースが姿を現しました!

 桜、樫の惜敗から、秋の華で見せた執念の同着。

 ファンの声援を抜群の先行力に変え、目指すは曇りなき完全勝利。

 美しさにも磨きをかけた挑戦者。逆襲の舞台はここ東京に整いました。

 1枠1番 スランネージュ 鞍上は——


 ダートから芝へ。転戦四戦目にして頂点にやってきました。

 戦績はたった三勝。重賞二着で賞金を積み続ける戦績を、娘と人は言います。

 ですがもう、三歩後ろに控えるような古風な乙女ではいられない。

 名乗りを上げるは女武者、天下統一の勝鬨を上げられるか。

 1枠2番 アンティックガール 鞍上は——


 地元フランスの声援を背に、パリ大賞典、凱旋門賞二着馬が登場です。

 慣れ親しんだパリロンシャンでは連対を続ける生粋のパリジャン。

 あなたには、戦う者の歌が聞こえるか。

 凱旋門の雪辱をここ東京で晴らし、故郷へ革命歌を届けたい。

 2枠3番 ヴィヴラフランス 鞍上は——

 

 思い起こしてみれば、今年の三歳牝馬世代はやはり強かった!

 古馬相手、さらには三連覇がかかる女王を撃破してのエリザベス女王杯制覇。

 その実力は見せつけた。そして実力を見せつけて、黙らせたい同期がここにいる。

 赤く美しい娘が、母も成し遂げた三歳でのジャパンカップ制覇に挑みます。

 2枠4番 クラースナヤ 鞍上は——

 

 馬体に刻まれた、手裏剣型の刈り込みにご注目ください。

 生まれは伊賀でも甲賀でもなく、アメリカはニューヨーク。

 本国の大レース、ブリーダーズカップではなく東京を選んだ親日派。

 ベルモントパークよりのシノビが、日本総大将の寝首を狙います。

 3枠5番 アイアムニンジャ 鞍上は——


 惜敗の三歳、低迷の四歳。国内では何度も苦い敗戦を喫してきました。

 ですが五歳。海外G1を二勝して、まさに世界を股にかける名牝に成長。

 勝ち切れぬ過去を清算すべく、舞い戻ってきたのは東京の地。

 馬名のマリカとは王女の意。名実ともに戴冠し、玉座に登ることができるか。

 3枠6番 マリカアーティク 鞍上は——


 なんと半年前まで一勝クラスの条件馬。しかし四歳でその才能が花開きました。

 鮮烈な六馬身差の圧勝劇からの戦績は、五戦四勝、二着一回と完全連対。

 今は亡き馬主に、黄金の凱歌を。輝き続ける金細工のように緻密な走りを。

 使い減りしない頑強にして精強な剣士が、得意な府中の芝に切り込みます。

 4枠7番 クリュサーオル 鞍上は——

 

 昨年のダービーでは勝利後に鞍上を振り落とし、ラチに激突。

 今年の宝塚記念もあわや落馬かとヒヤヒヤするシーンがありました。

 そして今。返し馬でもまるで落ち着きは見せませんが、これぞ彼の真骨頂。

 暴走しても大勝してみせる掟破りのダービー馬が東京の地を沸かせます。

 4枠8番 シルヴァグレンツェ 鞍上は——


 その信条は、展開重視。スローペースでのルールメイク。

 自らハナに立って速度制限の法を課す、精密機械のごとき幻惑逃げ。

 最終直線の長い東京の舞台でも、速度制限を徹底することができるのか。

 今回は逃げの名手を鞍上に迎え、日本と世界を迎え撃ちます。

 5枠9番 ルーラーオブマキマ 鞍上は——


 さあ、いよいよ現れました! 一番人気を背負い続け、それに応えてきた信頼の王者。

 これまでG1五連勝中。先月の天皇賞(秋)では連覇を果たした日本国内最強馬。

 彼の目にはもう、史上三頭目になる秋古馬三冠の景色が見えていることでしょう。

 ここが二冠目ジャパンカップ。日本総大将、いざ行かん!

 5枠10番 ディスティンクト 鞍上は——


 そのディスティンクトを迎え撃つのは、ダートの本場アメリカのダービー馬。

 昨年、米国式ダート馬場であるサウジカップでの日本芝馬パンサラッサの勝利が、日本芝と米ダートの互換性を証明しました。

 あちらがダートでも走るなら、こちらも芝で勝負してみせる。

 アメリカ馬産界の矜持と期待を背負って、ゴールへの精密爆撃を仕掛けます。

 6枠11番 プレジションボミング 鞍上は——

 

 そして三歳牡馬、今年のダービー馬の登場です。

 クラシック皆勤での成績は五着、一着、二着。

 牝馬路線と同様に、こちらも激しい戦いが繰り広げられました。

 今日は冠を分け合った同期二頭との誓いを胸に、負けられない戦いに挑みます。

 6枠12番 クーニヒルーナ 鞍上は——


 近代競馬発祥の地、イギリスからの参戦はこちらも三歳のダービー馬。

 馬主はザ・クイーン。競馬の庇護者たる女王亡き後、王立牧場はその規模を縮小しました。

 数々の名馬が各地に散らばる中にあっても牧場に残った彼は、まさに王位継承者。

 主よ、女王を守りたまえ。偉大なる紫の勝負服を誇りに、英王国のプリンスが走ります。

 7枠13番 ケイクオシトロン 鞍上は——


 次いで現れたのは、昨年のジャパンカップ覇者。連覇をかけて名乗りを上げます。

 浮き沈みの激しい競争歴で、昨年からここまでの一年間は四戦ゼロ勝。

 しかしその末脚は衰えるどころか、どんどん切れ味を増しています。

 臥薪嘗胆。その言葉通りに舐め続けた苦汁を、勝利の美酒としたい。

 7枠14番 ヴェルデイルベント 鞍上は——


 さあ、欧州総大将の出番です。芝の感触を確かめるように、ゆっくりと歩みを進めています。

 国内では二番人気。ですが海外のブックメーカーでは単独一番人気。

 凱旋門賞後に出した引退を撤回、このジャパンカップを引退の花道に選んだ欧州最強馬。

 これから始まる史上稀に見る大決戦。その勝負の行方に全世界が注目しています。

 7枠15番 ホリゾンタルレイライン 鞍上は——


 そして豪州、香港からも中長距離戦線に参戦する馬がいます。

 率いて逃げ切る強力無比な先行馬。直近の敗戦はマリカアーティクの二着のみ。

 陣営は語ります。相手関係は強烈だが、負けたままでは終われない。

 さあここで引退、ラストラン。永遠の独裁体制を保って花道を飾れるか。

 8枠16番 エターナルディクテイター 鞍上は——


 エリザベス女王杯から中二週。そんな強行軍も名牝には関係ありません。

 三連覇をクラースナヤに阻止された名牝は、決戦の地を東京に定めました。

 今年の三歳牝馬世代は強力無比。だが小娘には負けていられない。

 なぜならこちらには経験からくる智慧がある。見せつける好機はここにあり。

 8枠17番 グノーシア 鞍上は——


 さあ拍手と声援に迎えられて、史上七頭目の三冠牝馬が姿を現しました!

 スランネージュとの頂上決戦の末に乙女の園を制圧し、向かうは牡馬。そして世界。

 この舞台に来れなかった同期すべての期待を背負って、牡馬に殴り込みをかけます。

 秋空。西日の中でも明るく輝く一番星を、ファンはみんな待っています。

 8枠18番 プレミエトワール 鞍上は——


 ——以上、返し馬の状況をお送りいたしました。

 発走まであと五分に迫った東京競馬場。


 いよいよ開幕を告げるファンファーレです!

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