第4話 フィオレンティーナと2つ目の嘘
俺を座らせるとフィオレンティーナは『少し待っていて』と言い残し奥の部屋へと向かって行った。手持無沙汰に部屋を見渡す。質素な部屋だ。装飾といったたぐいのものはない。燭台の存在が、この世界には電気はまだない事がわかる。開かれた窓から入る風が顔を打つ。ぼうっと窓の外を眺めていた。遥かまっで広がる麦畑、人の存在が見えなかった。現代にいた時、こんな光景を見た記憶がない。部屋を出て、街を歩き、そこにはいつも人がいる。疲れた顔をしている。表情は暗かった。俺も暗かった。この世界では夜になれば作られた音はほとんどないのだろうなと思った。
「最近、猪が出るんですよ」
籠を抱え戻ってきたフィオレンティーナが言った。
「今は男の人がこの村にはいませんから大変です」
「どうして」
「今日の貴方は変なことをおっしゃいますね」
彼女は籠からパンを取り出し皿に置く。こい茶色をした表面がひび割れているパンだ。堅そうだなと思った。
「徴兵ですよ。貴方の父、先代の王が亡くなられたのをきっかけにこの国は荒れ始めましたから」
「……すみません」
「どうして貴方が謝る必要が? 徴兵が始まったのは後継者として貴方が連れていかれた前からじゃないですか。本当に今日は変ですね」
言ってフィオレンティーナは笑みを浮かべた。
「でも、そのどこか不思議な感じが貴方がここにいるんだと思い出させてくれます」
グラスに注がれる液体は濃い紫をしている。
「ワインですよ。まだ少し酸っぱいですが。それともヤギのミルクのほうがよかったですか?」
俺は頭を振った。この世界では水は高級品なのだろうなと思えた。
「ですよね。好きでしたもの貴方は。私も好きですよ。そうだ、チーズもありますよ!」
首を縦に振った。
「さて、こんなものしかなくて申し訳ないですが、いただきましょうか」
向かい側に腰かけた彼女は笑みを浮かべ俺を見ていた。パンに手を伸ばす。表面は固い。味はやや酸味がある。食感はボソボソとしていた。うまいか、うまくないかで言えば食べられなくはない。ワインに口を付ける。眉間に皺がよる。
「ふふっすっきりしましたか?」
「……酸っぱい……」
「熟成がまだ足りてませんからね。……そろそろ何があったか話してくれませんか?」
じっと俺を見つめている。真っすぐな視線に目をそらす。
「お……わたくしは……」
言葉が出てこない。マリアライトだと思っている彼女に何を言えばいいのだろう。俺はこの世界の人間じゃない。それを伝えることに意味はあるのだろうか。
「……なんでもありませんわ。里帰りがしたくなりましたの。……フィオにも会いたかったから……」
貼り付けるような笑顔を浮かべる。ブラック企業で学んだ技術が役に立つ。ひとつ。お客様の前では笑顔を絶やすな。
「そうでしたか。それではまずそのお洋服を着替えましょうか」
すっと指をさす。言われてジャージにサンダルだった事を思い出した。
「……ダメ?」
「ダメです。そのようなお姿でいいわけがないでしょう」
フィオレンティーナは俺の手を引く。
「さっ行きましょう」
ブラック企業に勤めていたんだが、部屋ごと異世界に飛ばされて女になっていた。 ハガネガニ玉三郎 @newdayz
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