番外編:甘いのか危険なのか、わかりません(2)

「一応言っておくと、見たのは叔母様とデザイナーと着替えを手伝ってくれた助手の人くらい。店で試着しただけで、どこかに出かけたわけでもないからね?」

「それでも見た者が羨ましいね。次はそのデザイナーにドレスを頼もう」

「あっ、それは難しいかも……。彼女、恋人を監禁した事件で捕まってしまったから」

「恋人を監禁……」

「彼女が作った服を着た恋人を、誰にも見せたくなかったんですって。相手の言葉を無視した問答無用なやり方をして、色々とトラブルが起こってしまったの」

「一番重要なところを怠ったのか。本気なら、もっとうまくやらないと」

「ええ、そ――」


 ……ん?

 何か引っかかって彼を見るけど、にこにこと見返された。

 な……なんか物騒な話になった気がする! 話変えよう!


「あー、ええと……。ともかく、このドレスの方が私は好き!」


 空気を戻すべく宣言すると、アンリは「おや」という風に目をぱちぱちさせた。


「嘘じゃないの。お世辞でもないわ。だって自分でもちょっと調子に乗りそうなくらい似合ってるし、それに……」

「それに?」

「アンリが私のために用意してくれたものだから」


 最後、ちょっと声が小さくなった。だって……本人を前にストレートに伝えるのは照れる。ふたりきりの空間じゃなかったらきっと言えなかった。

 彼に絡むと、こういうことがたまに起こる。さらっと伝えちゃえばいいことなのに、口にしようとするといきなり恥ずかしさを感じたり緊張したり。

 俯いてしまうと、彼が近づいてくるのがわかった。


「用意した甲斐があったよ」

「うん、ありがとう。本当に嬉しいの」

「わかってる」

「それから……」


 もうひとつ言っておきたいことがある。本当は部屋に入ったときから思ってたんだけど、言うタイミングが掴めなかったこと。


「なに?」

「あ……あなたの正装も素敵よね。かっこよくてその……」


 最後まで言えずに、私はくるりと体の向きを変える。そのまま部屋の扉の方へと進んだ。

 おかしいな。服が似合ってるだなんてどこも変な内容じゃないのに、ぎこちなくなってしまったし、顔も熱くなってしまった。


「ほ、ほら、早くパーティーの行われる庭へ行きましょう――」


 私はドアノブに手を伸ばす。でも内側に扉を少し開けたところで、背後からすっと彼の腕が伸びてきた。その手は、ちょうど私の顔の近くあたりで、まるで押さえつけるようにして扉を押し返す。

 ぱたん、と開きかけていた扉が閉まった。


 んん……!?

 私の勘が何かを告げた。

 彼の手のひらは扉に押しつけられたままだ。このままでは開けることができない。


 そろそろと振り向けば、至近距離にアンリがいる。扉と彼に挟まれてしまった状態。

 彼は優しく微笑んでいるけど、なぜか私は妙な危機感を覚えた……。

 

「ど、どうかした?」

「君が可愛いから、どうしようかと思って」

「かっ!? はあっ!?」


 言葉を失くしていると、アンリはちょっとだけ目を細めて私を見た。


「このまま庭に出るか、君をここに引き留めておくべきか、すごく悩ましいね」

「……“引き留める”」


 どういうこと――いや、言葉のまんまかな!? この部屋から出さずにおくとかそういう……。


「でもパーティーが」

「よく考えれば、こんなに綺麗な君を皆に見せるなんてどうかしていた。誰かが君によからぬ感情を向けては困るのに」

「えーと……」


 とりあえず、どうかしてはいない。

 あいにく、ひと目で誰かを虜にするような魅力は私は持ち合わせてない。むしろそういう魅力を持つのは目の前のあなたの方です。


 と、心の中だけでつっ込んだ。

 だって私の経験からくる勘が、ここで相手の言葉を否定しても微妙に状況を悪化させるだけだと告げたから……!


「君はどちらがいい? パーティーに出るのと、ここでふたりきりで過ごすのと」


 穏やかな口調なのに、どこか妙な怖さのある質問だった。


「…………」

「…………」


 私達は、また少し黙って見つめ合うけど……。


「それを私に決めさせるのはひどいわ」

「なぜ」

「私はあなたとパーティーに出たいし、ふたりきりでゆっくり過ごしたりもしたい」


 どちらもしたい。それが私の本心だ。

 アンリはしばらく黙ったかと思うと、脱力して「はあ」と大きな息を吐いた。


「そういうことを言われると僕は……いや、今はいいか」


 ひとりで納得した彼が扉から手を離す。そして私をそっと押すようにして移動させ、自らその扉を開けてくれた。


「まずはパーティーへ行こうか。でも早めに部屋に戻ってこよう。そしてふたりの時間も持つ。それでどう?」


 そう言って私に手を差し出してくる。エスコートしてくれるってことだ。


「うん、いいと思う」


 頷いて彼の手を取る。

 もう妙な怖さはない。


「それから。パーティーのあいだは、君を部屋に閉じ込めておきたくなるようなことは言わないでくれ。すぐここに戻りたくなるから」


 訂正。気を抜くには早かった。

 閉じ込めたいとか直球で言いましたね!?

 そんなこと普通に告げられても、どんな顔で答えればいいの? 最高に困惑しながら、とりあえず私は頷いておく。


「ええと、努力する」


 彼にエスコートされながら廊下に出て、庭へと向かう。

 あとで分析しておかなきゃいけないな。さっき何が彼を妙な衝動に駆り立てたのか。彼と仲が深まってからというもの、予想外なことがちょくちょく起きるんだよね。私の経験が活かせてない不測の事態だ。

 というか、私自身が変だ。さっきの服に関する会話もそうだけど、なぜか急に照れて思考が働かなくなるときがあったりする。しかも、それが最近は――。


「難しい顔をしてるけど、気になることでも? ……もしかして、僕が怖い?」

「違うわ! そんなことない。ただ……気になることはあるわ。私が最近少し変だなってことなんだけど」

「君が変?」

「ええ。あなたに言いたいことやしたいことで、急に体が緊張しちゃってうまくできないことがあるのよね。あなたも気づいているんじゃない?」

「ああ、さっきの……」

「最初はそんなことなかったのに。最近特に、頻度が増えてきてると思う」


 ゆっくりとアンリが歩みを止めた。当然、私も一緒に立ち止まることになる。


「あなたを相手にしたときだけなの。照れたり緊張したり」


 普通は逆じゃないの? 距離が縮まるほど遠慮するようになるなんて、おかしくない?

 私は結構真剣に悩みを告白したつもりだった。なのに。


「…………はあ」


 アンリには、なぜか大きなため息をつかれる。そして。


「君は僕を葛藤させるのが好きだな」

「葛藤? 何を――」


 ん……! 待って、また私の勘が――。


「アンリ……」

「大丈夫、心配しなくていい。予定通りパーティーには向かうから」


 なんだ、私が気にし過ぎただけ――。


「だけど部屋に戻ってふたりきりになったら、今の話をもう一度聞かせて。僕の見解を教えてあげる」

「う、うん……」


 ええっとこれは、危機を免れているの? 免れていないの?

 判断がつかぬまま、私は彼とともに庭へと向かったのだった……。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

言いがかりで婚約破棄(まだ婚約してないのに?)されてやさぐれてたら、侯爵家の令息に気に入られて溺愛され始めました 宮崎 @miyazaki_928

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ