番外編:甘いのか危険なのか、わかりません(1)
「そういえば、リサは学園で行われるパーティーをちゃんと楽しめたことがなかったよね」
夏休みに入って、ようやく事件のごたごたが落ち着いた日の夕食後、ふと思いついたようにアンリが言った。
「君が編入して一か月経ったころのガーデンパーティーではまずいジュースを飲むことになったし、学期終わりのダンスパーティーは言うまでもない」
「アンリが気にすることじゃないわ。意外とあることだから――」
いや、あるのかな?
「まあ……、ほら、普通はそうそう起こらないかもしれないけど、起こるときは起こるものだから」
そんなほいほい起こっては困るものだけど、私の周りじゃわりと起こるよね……。
アンリは「でも」と続ける。
「せっかくこのウィゼンズ学園に来てくれたのに。楽しい思い出を作れずに終わるのは残念だよ」
「あら。学園にはまだもう少しいるんだから、終わりじゃないわ」
「生徒会長としても、生徒会が主催したイベントが事件の記憶として残るのは悲しいね」
あれ? 微妙に会話がすれ違ったような?
私は首を傾げた。
年内いっぱい、私は学園に留まるって話になったはずだ。
だって演奏旅行にアンリと一緒に行くとしても、いきなりというわけにはいかない。彼が実家に説明して了承をもらって、生徒会の仕事だってちゃんと引き継ぎをしてからじゃないと。
アンリの実家に関しては、彼が強く出れば家族は誰も反対できない、らしい。それがいいのか悪いのか、私にはちょっとわからない。彼は笑っていたけど。
ともかく、彼の準備がすぐにできないので、私はもう少し学園にいることにした。
ただ、いても年内までかな。それ以上ここに留まり続けるのはどうしても不安があるし……。アンリだけ、もしかしたら春に学年が変わるときまでいるかもしれない。すべての準備が順調にいくかはわからないから。
学園を出るタイミングが2、3か月だけずれてしまう可能性については、一応今のところアンリも納得している。でもそんなことにならないよう、諸々のやるべきことをすぐに終わらす予定だって彼は断言していた。
とまあ、そこまで色々と話し合ったのに、彼はいきなり何を言い出すのだろう?
憂い顔のアンリを私はじいっと見つめた。
「僕は生徒会長として責任を感じてるんだ」
「秋に行うイベントがあるって言ってたじゃない。それを楽しみにするわ」
「それはそれ。夏に行うイベントは、今しかできないだろう?」
「もしかして、何か企んでる?」
正解、というようにアンリが微笑んだ。
「君に楽しんでもらたいたくてね。寮に残っている生徒達のためにという名目で、ちょっとしたイベントを開くことにした」
「イベント? いつ?」
「明日の夜」
「急すぎない!?」
思い立って今日明日でイベントなんてできるもの!?
よほど小規模なのか、前からある程度は用意していたのか、はたまた学園の神様なんて呼ばれるほど力のあるアンリだからなのか。……すべてかも。
「頼んでいたものが明日届くと連絡が来たんだ。前に一度取り寄せていたものなんだけど、急ぎだったから細かいところまで凝れなかったと言われていてね。結局使わなかったから、送り返して納得する形にしてもらった」
「何を頼んでいたの?」
「明日になればわかるよ」
アンリってば、ちょっとウキウキしてる? そんなに楽しみなものって何だろう。もしかして新しいヴァイオリン……いえ、彼の言い方からすると違うかな。職人が未完成だと感じている楽器を急ぎで取り寄せるってよくわからないもの。
急がせたのは、最初は何かに間に合わせたかったから。でも使わなかった。……なんだろう?
「こ、こ、これは聞いてない!」
次の日の夜。
貴族寮の客室に、大きな箱を持った使用人と一緒に訪れたアンリに、私は戸惑いながら抗議していた。
「リサのために用意したんだ。本当は学期末のパーティー用だったんだよ」
「こんな高価なものを用意するなんて……!」
「気にしなくていいよ。これから演奏旅行に出れば、着飾る機会も増えるだろう? 衣装を用意するのもパトロンの仕事だ。予行練習だと思って」
そう。箱の中には、彼が取り寄せたというパーティードレスが入っていたのだ……!
今夜行うイベントとは、寮に残っている少数の生徒達を招いて、貴族寮の敷地内にある庭でパーティーを行うというものだった。小さな楽団も呼んでいて、ダンスタイムも設けるらしい。
そして、そのパーティーのためにアンリは私にドレスを用意していた。
少し紫がかった青色の生地には同じ色の糸で刺繍が施されており、そこにやはり同じ色のめちゃくちゃ繊細なレースもふんだんにあしらわれ、でも引きで見ると派手過ぎず上品にまとまっているという、なんだかすごい「作品」みたいなドレス。
生地に触れば、その肌触りのよさに絶対高価なものだって誰でも直感するような代物。
「そんな予行練習なんて聞いたことない……。それに衣装なら、実際に旅行に出てから着れば――」
「早く着た姿を見たかったんだ。……リサ」
そんな、綺麗な顔で弱々し気にお願いしないで。……押し負けてしまうから!
「わかった。着てみる……ありがとう……」
「楽しみにしてるよ」
弱々しい表情は一瞬で消え、満足そうにアンリは部屋を出て行く。私は一つため息を吐くと、待機していた使用人に手伝ってもらいながら着替えを始めた……。
「サイズぴったりだわ。どうやったのかしら」
「制服を作られる際に、学園と契約された店で採寸なされたでしょう。デザイナーにそちらと連絡をとるようにと指示されていました」
「なるほど……」
着替えながら浮かんだ疑問には、使用人が答えてくれる。
そして出来上がった自分の姿を鏡で見て、私は再度ため息をつく。アンリの用意してくれたドレスは、控えめに言っても――。
「すごく似合ってる。よかった」
着替え終わって応接室に行けば、待っていたアンリは開口一番、とても嬉しそうにそう言ってくれた。
彼もえん尾服に着替え済みで、知っていたことだけどまるで物語の登場人物みたいに決まっている。
「ありがとう。正直……自分でもそう思う」
「でも元気がないよ。気に入らなかった?」
「ち、違う! そうじゃなくて緊張しているの! このドレスに使われている布とレースって、確か、この地方の北の方の街で作られてる、皇室にも献上されたりする名産品じゃない?」
模様と手触りがそんな感じがする。ハンカチ一枚でもだいぶ高価だったはずだ。
派手さはなく上品。近くに寄れば確実に凝ったドレスだってわかる。
そんなドレスを自分でも驚くくらいうまく着こなしている。ううん、これは私が着こなしているんじゃなくて、ドレスを作ってくれたデザイナーの腕がいいんだ。それが余計に、こんなすごいものを着てしまった、って思いにさせる。
嬉しいけど肩に力が入ってしまう……!
「生地についてやけに詳しいな」
「前に叔母様との旅行でその街を訪ねたの。それで見たことがあったのよ。着たこともね」
「そのときもドレスを?」
「ええ。叔母様の知り合いのデザイナーさんに勧められて、試着させてもらったの」
あのときも結構緊張したなあ。
「そのドレス、気に入った?」
「そりゃあ、似合うものを選んでもらったか――」
はっとして、私はつけ加えた。
「もう誰かの手に渡ったか、引き取り手がいなくて処分されたと思う」
「まだ何も言ってないよ」
「取り寄せようかって言いそうな顔をしていた気がする」
「だって僕は見ていないからね。君がそのドレスを着たところ」
そんな、当然だよね、みたいな顔をされましても。
「少し妬ける」
「えっ、だ、誰に――」
「…………」
「…………」
無言で見つめ合った。
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