第37話 これからもあなたと

「それよりさ、特別強く君に執着する相手が一緒にいれば、君の厄介な運命も多少は改善する。占い師のお婆さんによると、そうだよね」

「ええ、まあ」


 あ、何かを企んでいる感じがする。


「その相手は、やっぱり僕が務めたいんだけどどう?」

「ええと、前も言ったけど、それは務めるとか務めないとかいうものじゃないと思うの」

「そうか……じゃあ、僕がどれだけ君を想っているか証明すればいいか」


 …………ん?

 久しぶりに私の経験から来る勘が何かを察知した!


「いえ、あなたの気持ちはよくわかってるから大丈夫です!」

「でも一度ちゃんと証明したほうが、君も安心して僕のそばにいやすいよね」


 笑顔で押し切ろうとしている感じだけど、なんかこれは押し切られたらだめな気がする……!

 仕方ない。言うしかない。


「大丈夫よ。だって……あなたの存在が私を助けたことはもう証明されてるもの」


 そう。予言は当たってた。


「ミリアに捕まっていたのを助けてくれたのは、あなただったわ。あなたがいなかったら、私だけじゃミリアの元から逃げられなかった」

「占い師のお婆さんの言葉が当たったってことか」

「ええ、そうなるわね……」


 渋々という感じで私は認めた。

 私を最優先に探してくれる彼がいたから、私は助かったと言える。

 だけど占い師のお婆さんの言葉を思い出すと……。


『一際闇が深くて濃い狂気を自分に向けてくる者を見つける。毒をもって毒を制す』


 この占い通りなら、私はさすがにとんでもなさすぎる相手を受け入れようとしてない?

 そう感じて、ここ数日、正面から認められずに実は悶々としていた。だって認めれば、何か恐ろしい深みに足を踏み入れてしまう気がして。


 もちろんアンリを拒否する気なんかないけど……。浅瀬であがけるうちはあがいていたいっていうか……。


「じゃあ、僕も君の演奏旅行に同行していいよね」

「……え?」

「いい考えだろう? 君は危険から守られるし、僕も君の傍にいられる」

「そ、それは……!」


 彼が企んでいたのは、この提案ね!?


「けど、あなたに学園をやめさせることになるし……」


 歯切れ悪く私は答えた。

 私はもともと短期間でやめる予定だったからいい。もともと勉強は叔母にならったり、領地では家庭教師に教わったりしていたし。これからも一人で学んでいくつもり。

 でもそうじゃなかった相手の予定を変えてしまうのは、さすがにいいのかなって気がする。

 私がもう少し学園に留まるとかのほうが、現実的なんじゃないかな。

 もちろん、旅行に出てもアンリと一緒にいられるなら嬉しいけれど!


「ふむ……。じゃあさ、リサ。もし演奏旅行に出ることになったとき、その曲の作曲家が同行したいって言ったらどうする?」


 アンリが私の手元にある楽譜を示した。

 私はきょとんとして聞き返す。


「この曲の作曲家?」

「そう。一緒に行けば、きっともっと曲の完成度を高められるだろうし、君のための新曲だって、作ってもらえるだろう」

「でもこれ、作ったのあなたでしょう?」


 今度はアンリが、きょとんとした。


「どうしてそう思った……?」

「同じ人の作品らしい手書きの楽譜をこんなに渡されたら、本人なのかなって思うわ」

「いや、僕は」

「それから、私がこの鐘塔に落ちているのを見つけた楽譜も、あなたの曲よね。同じ筆跡だもの」


 アンリと初めてここで出会ったときに、私が歌っていた曲。

 途中までしかなくて、続きの楽譜がないもの。本当はずっとあの続きが知りたかったのだと、お願いしてもいいだろうか。


「筆跡なんて似てるだけかもしれないのに……」

「あら。でもさっき自分で言ったじゃない。初めて会ったときに私が歌った曲の、“足された言葉”も素敵だったって。もともと楽譜にどんな歌詞が書かれていたかを知らない限り、何が“足された”かはわからないわ」


 彼が隠したいなら黙っているつもりだった。でも旅行に同行するというなら、正体を明かすつもりなんだろう。

 そう思って指摘したんだけど、アンリはふらふらと椅子代わりの木箱に腰を下ろして項垂れる。


「ど、どうしたの?」

「その……気付かれていたと思わなくて」


 口元に手を当てるアンリは……もしかして照れてる!?


「で、でも今、正体を明かそうとしていたじゃない」

「そうだよ。そうだけど。でもまさか知らない間に気付かれていて、その上で歌われていたとは思わなかったから……」


 自分で明かすのと、いつの間にか気付かれていたのとでは違うってこと?


「君に、僕の作った曲を褒められるのは嬉しかった。君が歌ってくれると、僕にも自分でも知らなかった感情が眠っていたみたいに思えて、それで余計に好きだったんだ」


 照れながらもまっすぐに想いを伝えられる。なんだか私まで頬が熱くなってきた。


「だから君と一緒に行きたい。いいかな」

「……うん」


 作曲家と歌手が一緒に演奏旅行に行く。

 うん、何もおかしなことはない。

 私達の特殊で厄介な運命とは関係ない。いたって『普通』のことだ。

 だけど、そんな『普通』の理由で誰かと一緒にいようってなれるなんて、想像したことあっただろうか。


「ねえ。来て――」


 アンリが片手を伸ばしてくる。私はその手を取って隣に座った。彼は逃さないとでもいうように私の手を握ったままだ。

 流れる空気が、なんだか変わったのを感じていた。

 うまく言えないんだけど……黙っているのに互いが互いを意識しているのがすごくわかるというか、落ち着かないんだけど二人きりのこの時間はそのまま続いてほしい感じっていうか……。


 私達はどちらからともなく視線を合わせる。

 気づいたら、空いているほうのアンリの手がそっと私の頬に触れ、優しく誘導されていた。私もそれを拒まなくて――。


「――――」


 ちょっとだけ長い時間、唇が触れ合ってから離れる。

 間近で見る彼の顔はあまりに整いすぎていて、耐えきれずに最初に視線を逸らしたのは私だ。……恥ずかしくなったともいう。


 うう、我に返ったら、遅れて心臓がどきどきしてきて辛い……。

 ばれないように深呼吸するけど、たぶんばれている。


「リサ」


 名前を呼ばれただけなのに、こちらを向いてって意味なのがなぜかわかる。

 観念して彼を見れば、悔しいことにアンリは余裕そうに見守っていた。

 うううっ、何か言いたいけど何を言えば……!


「あ……あなたとは」

「……?」

「あなたとはいずれは演奏旅行に行くけど、今すぐ学校をやめてもらいたいとかとは、べ、別問題だから!」


 待って! 私、何を言っているの!?

 焦ったのと悔しいのとで、急に現実的なことを言ってしまった!

 私は慌てて弁解する。


「いえ、違うの。今のはただ混乱して言っちゃっただけ。嘘じゃないけど、今言うことじゃなくて」

「ふうん、じゃあ、場合によってはしばらく離れることもあり得るってこと? 旅行に出る君と、学園に残る僕と」

「そ、そういうこともあるかもね。もちろん、私ももうしばらく学園にいようかなとは思ってるんだけど――」

「だめだよ。君をここに閉じ込めたくなるようなこと、言わないで」


 ……………………ん?


「閉じ込める?」


 アンリの言葉で、頭のどこかがすっと冷え、冷静さを取り戻すのを感じた。これまでの経験の賜物というやつだ。


「だけどこの塔じゃ不便だよね」

「えーと、まあそうね……」

「じゃあ特別寮室がいい?」


 優しく確認される。本心なのか冗談なのかは読めない。

 ただ、えも知れぬ圧みたいなので押し切られそうな感じが……。いえ、だめだ。

 ここでの対応が大事な気がする!


「い……いやいやいや。その場合は逃げるから!」


 前にもここで彼に言った。

 逃がさないでいてほしいといっても、さすがに限度や好みというものがありますからね!


「じゃあさ、君専用の屋敷を一つ用意すると言ったら? そこなら庭にも自由に出られるし、この塔や特別寮室より自由に動き回れるよ。君が望むものはなんでも用意させる。楽器だってなんでも」

「いえ、結構です」


 この場で思いついた風なわりに妙にすらすらと提案内容が出てきたな。

 アンリは「ふふ」と意味ありげに微笑む。何? その笑みは!


「そう。なら無理か」

「うん、無理ね」


 なんとなくだけど、彼は自分が本気になれば閉じ込められるのだと考えている気がする……。

 でもね。


「私の厄介な運命のことは知っているでしょ? 妙な状況には強いんだから。……変なことは考えないで」


 そう。本気の本気で嫌だと思ったら絶対に逃げる。

 逃げたあとで、改めて彼とうまくやる方法を考えよう。


「大体、一緒に演奏旅行に行くんでしょ。屋敷に閉じ込めたらできないじゃない」

「……確かにね」


 はあ、と彼はため息をつく。


「君との演奏旅行は魅力的だ。でも君が僕だけを見て暮らす日々もくればいいのにって思うこともあるよ」

「さらっと怖いこと言わないでくれる……?」

「君も本当に厄介な相手に好かれたね」

「でも私もかなり厄介な相手よ。よくトラブルに巻き込まれるもの」

「僕にとっては何の問題にもならない。君を守りたいって思うだけだ」

「そ、そう。ありがと……」


 本当に当然のように言っちゃうから、私一人が恥ずかしくなって照れてしまう。

 というか怖い話題になったと思っていたのに、いつの間にか空気が変わってる。


「あ、あなただって、自分で厄介な相手だなんて言うけど、私は……」

「うん」


 わかってるよ、って言うように見つめられる。


「そろそろ、再開しようか。演奏の続き」


 頷いて、私たちは立ち上がった。


「今度はこの曲を。楽譜のここは、実際の演奏ではここでリピートせずにこっちに繋げるといいと思う」

「じゃあここは?」

「そっちは……」


 楽譜を見ながらいくつか確認をしてから、私たちは体勢を整える。


「じゃあ、始めようか」

「ええ」


 彼のヴァイオリンが音を奏で始めた。

 私はすっと息を吸い、彼の作曲したメロディーに自分で作った詞をのせて歌い始める――。


 この時間がこれからも続けられるんだ。

 ふと、そう思って少し泣きそうになったけど……どこか切ない響きの歌のせいにしてごまかしたのだった。







――――――――――――――――

本編はここで終わりです。

近いうちに短い番外編(リサとアンリの小エピソード)を上げる予定です。

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