オズの筋肉使い

鳥尾巻

第1話

「やってられるか!!」


 ドロシーは瓦礫の下から這い出すと、腹立ち紛れに赤毛を掻きむしった。

 ブーツはどこかに飛んで行ってしまったが、革の簡易的な鎧を身に着けていたのが幸いしたのか目立った外傷はない。

 背が高く少々目尻の吊ったきつい印象の彼女は、むしろ顔立ちは悪くない。鍛え上げられた体躯は柔らかさとは程遠いが、出る所は出て引っ込む所は引っ込み、すらりとして姿勢が良い。

 だがその意志の強そうな翠玉エメラルドの瞳は、今は怒りに燃えていた。


 こうなった原因は全てあの男のせいだ。


 普段は規律を重んじる真面目な彼女が、所属する騎士団の新任の上官に楯突いたのは正義感ゆえ。

 貴族という身分に胡座をかき――実際は家督を継げる訳でもない次男ではあったが――家名とコネだけの実力もないその男は、上にへつらい部下をいびる典型的な卑怯者だった。

 早くに両親を亡くし一時期母の妹である叔母夫婦を頼ったが、独り立ちする為に士官学校に進んだ。こつこつと努力を積み重ね常日頃から周りを大事にし、隊長として部下を率いるまでになった彼女にとって、そんな男に大切な仲間が虐げられるのは度し難い事であった。


 更には諫言かんげんした彼女を厭らしく誘ってきたので思わず殴り飛ばした結果。


 その日を境に嫌がらせを受け続け、ある事ない事吹聴された挙句、上に睨まれ砂漠に近い僻地へ左遷された。

 ある日の夕飯前に宿舎の食堂へ向かおうと部下を引き連れて廊下を歩いていたところ、突然巻起こった竜巻に部下ともども建物ごと吹き飛ばされ、現在に至る。

 まさに踏んだり蹴ったり。男社会の騎士団で揉まれ、多少の事には動じないドロシーではあったが、さすがにこれは困った。

 今現在、自分がどこにいるのか分からない状況に焦りが募る。


「たたた、隊長、こ、ここはどこですか?」


 情けない顔で尋ねる金髪の男は、部下の一人、リオン。鎧がいらないほどの筋肉に覆われ、図体はデカいが小心者である。既に涙目になっている。

 ここぞという時尻込みするし、ドロシーが僻地に飛ばされる際は「隊長がいなければ皆に虐められます!」と、泣きながらついてきた。


「分からん」

「そんな……」

「他の者は無事か?」

「ふぁい、ここにいますよぉ」


 瓦礫の中から顔を出したのは従騎士エクスワイアのクロウ。柔らかな藁色の髪同様、ほわほわとして何かと覚束ない少年だ。

 ぼんやりしすぎて首になりかけていたところを親から彼のことを頼み込まれていたドロシーが拾って一緒に連れてきたのだ。


 その後ろから、銀の甲冑に身を包んだ長身の男がぬっと現れる。普段から寡黙で人前では決して甲冑を脱がないこの男の名はテイン。

 顔と体に酷い火傷痕があるという医師の診断書があるし、本人の希望もあって、顔を隠すのを特例として許されているらしい。

 王都にいた頃から上司のドロシーですら声を聞いたことはほぼないが、何故か自ら志願してついてきたので、慕われてはいるようだ。


「ドロシー様ぁ!」

「トト!無事で良かった!」


 彼女が弟のように可愛がっている従者のトトが駆けてくる。つぶらな黒い瞳の子犬のように可愛らしい少年だが、なかなか気の利く従者なのだ。

 彼が孤児院で虐げられていたのを見つけ、側に召し抱えてからというもの片時も離れず甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。


 この不安しかない面子の中で唯一の癒しとも言える少年の姿に、険しかった彼女の顔もほころぶ。


「さて、これからどうするか……」 

 

 ドロシーはおもむろに腕を組み、周囲をぐるりと見渡した。


 たいそう景色の良い所だ。ドロシー達と一緒に飛んできた建物の瓦礫が散乱しているが、花は咲き乱れ草は青々と茂り、綺麗な水の小川が流れ、珍しい鳥達が舞う。

 しかし先ほどから視線を感じる。木立の間から複数の人間が覗いてひそひそと話し合っているのが聞こえる。

 敵意は感じないのでこちらを害する気はなさそうだと判断したドロシーは声を張った。


「住人の方か?すまん、そちらに被害はなかっただろうか。できれば姿を見せてここがどこか教えていただきたい」


 その途端、歓声が沸き起こる。


「救世主さまです!救世主さまです!」


 叫びながらドロシーの周りに躍り出てきたのは、彼女の背丈の半分もない小さな人間達だった。色鮮やかな服がはち切れそうな程の筋肉質な体で鈴のついたとんがり帽子を被り、彼らが跳ねるたびに軽やかな鈴の音と共にドスンドスンと重そうな音が響く。


「あの邪悪な魔女を成敗してくれたです!」

「ありがたやありがたや」


 何がなんだか分からないが、その中にいた杖を持った屈強なドワーフのような白服の老人に話を聞くと、ドロシー達は邪悪な魔女が支配する国に落ちたようだ。

 建物の残骸の中から、銀のブーツを履いた人間の足が突き出ている。ちょうど真上に落ちたのだ。


「ふむ、まあいいか」

 

 ドロシーはあまり物事を深く考えない性質だった。

 落ちてしまったものは仕方ない。事の真偽は分からないが、悪者を成敗できて喜ばれているのなら良しとする。それにちょうどブーツをなくしたところだったからサイズが合うなら貰って行こうと考える。


「この靴は魔法の靴なので、誰が履いてもピッタリになりますです」

「へえ、魔法とは便利なものだな」

「魔法を知らないのですか?」

「ああ、私の国に魔法はない。あっても御伽話だ。とりあえず王都に報告に帰りたいんだが、ここからどうやって行けばいい?」

「王都は知りませんですが、知ってる人ならいるかもです。碧玉都エメラルドシティの物知りのオズという男を訪ねて御覧なさい。この黄色の煉瓦の道を行けばすぐ着きますです」

「そうか、礼を言う。ありがとう、世話になった」


 そうしてドロシー達は旅立った。

 屈強な老人は道を見失わない為の旅の加護だと言ってドロシーの手にねっとり口づけを落としたが、あまりの気持ち悪さに拳で殴ってしまった。

 

 頑丈そうだったので多分大丈夫だろう。少し変わった容姿だったがいい人達だった。この分ならすぐ王都に辿り着けそうだ。





 そう思っていたドロシー達だったが、その考えは甘かったのだと思い知ることになる。


「きーっ!あの嘘つき爺め!」

「た、隊長~、まだ着かないんですか~?」

「隊長ぉ変な生き物が追ってきますぅ」

「ドロシー様!大変です!クロウさんが川に流されました!!」

「……………」

「寝るなー!寝たら死ぬぞー!食人花の匂いを嗅ぐなー!全員退避ー!」


 森を抜け山を越え谷をくぐり川を渡り黄色い煉瓦の道は果てしなく続く。熊に襲われ食人花に食べられそうになり、やっとの思いで辿り着いた碧玉都でオズという男を探した。行く先々で彼の噂を耳にしたが、誰も彼の姿を見たことがなかったので、捜索は難航を極めた。

 

 やっと探し当てたオズの屋敷は豪壮な構えで、中には筋肉隆々のむくつけき大男が一人黙々と体を鍛えていた。強行軍で疲れ切っていたドロシー達はすぐに王都への道を尋ねた。

 男は勿体ぶって王都への道を教えようとしないばかりか、教えて欲しくば他にもいる邪悪な魔女を退治して来いと無理難題を突き付けた。


 悪い魔女は一人だけではなく、仲間を殺された恨みか次から次へとドロシー達に刺客を送ってくる。狼や殺人蜂。大鴉の群れに襲われた。


「きー!あんなにムキムキなら自分で行けばいいのに!」

「た、隊長、怖いっすー!!うえええええええええん」

「ドロシー様に何しやがるーーー!!!」

「でゅふふ……隊長可愛い……」


 道中、テインの火傷は嘘で本当はドロシーのストーカーだったと判明したり、あまりの恐怖に切れたリオンが大暴れしたり、翼の生えたサルの大群に襲われた時は、トトが覚醒して大型の犬の獣人に変身したり、色々ありつつ無事に魔女を倒せたが、クロウは最後の最後までぼーっとしていた。


「ドロシー隊長ぉ。ここ楽しいからオレ残ってもいいすかぁ?友達も出来たんで、親には適当に言っといてくださ~い」

「はあ!?」


 倒した魔女のアイテムをちゃっかり使って翼のサルを手なづけたクロウには呆れたが、ドロシーは深く物事を考えない性質であった。


「まあ、いいだろう」

「あざーっす」


 サル王国の王になったクロウの手下に送ってもらってサクッとオズの元へ向かった。


「魔女をってきたぞ。さあ、帰る道を教えろ」

「なに!?ちょ、ちょっと待て、今思い出すから」

「思い出す時間は山ほどあっただろうが、おっさん」

「ま、待て!話し合えば分かる!あああああああ!」


 旅の間に何かに目覚めてしまったらしいリオンはすっかり柄が悪くなっていた。接近禁止命令を受けながらもドロシー命のテインと獣の本能に目覚めたトトと3人で寄ってたかってボコボコにしていると、広間に悲痛な声が響いた。


「待って!パパに酷い事しないで!」

「パパ!?」

「ええ、私たちも外の世界から来たの!本当は帰り道なんて知らない!パパは私を守るために強いオズのイメージを作り上げたの!」


 興奮して叫ぶ少女は可憐であった。腰まで伸びた美しい銀の髪、透き通るような白い肌と宝石のような潤んだ紫の瞳。


「かわいい……」

「……………」

「かわいいな」

「可愛いお嬢さん、では私達は故郷に戻れないということかな」


 ドロシーは少女に向かって安心させるように微笑んだ。凛々しいドロシーの笑顔に少女は白い頬を染めた。


「私の名前はオズマ………あなたは?」

「ドロシーだ」

「ドロシーおねえさま………」

「オズマ、あなたと一緒ならここにずっといてもいい」

「嬉しい」

「オズマ…」

「ドロシーおねえさま…」


 うっとり見つめ合う2人に周りがざわつくが、知ったことではないとばかりに手を取り合う。ふと、オズマがドロシーの足元に目を留めた。


「おねえさまのブーツ、キラキラして素敵」

「ああ、邪悪な魔女からの贈り物だ」


 本当は死体から分捕ってきたのだが、今そんな事はどうでもいい。ドロシーは目の前の美しい少女に夢中になっていた。


「待って、魔女のブーツ?ああ、それがあればどこにでも好きな場所に行ける!!」

「なんだって!!?」


 では最初からここに来る必要はなかったのだ。だが、ここに来なければオズマに出会うこともなかった。

 あの老人は知らなかったのかわざととぼけていたのかは知らないが、後で少しお礼をしておかねばなるまいとドロシーは心の中で固く拳を握った。

 ドロシーはオズマの華奢な肩を抱き寄せた。


「では、王都に行こう。一緒に来てくれるね?」

「嬉しい、おねえさま」

「わあ、隊長!俺を置いて行かないでくださいよー!」

「ドロシー様!僕を忘れないでください!」

「………隊長……隊長が美少女と……はぁはぁ……」

「テイン!お前はここに残れ!オズマの父が回復するまで補佐しろ!後で迎えをやる!」


 ドロシーは何やら興奮し始めたテインを氷の眼差しで睨み、彼の返事を待たずオズマを抱き締め他の部下を肩に掴まらせて魔法のブーツを作動させた。



 こうしてドロシー達は王都に無事帰ることが出来た。


 上官の不正を正して後釜に座り、精神的にも強くなったリオンを副官にし、トトのサポートを受けながら、騎士団内を粛清して回ったのはまた別の話。

 そして一緒に暮らしていたオズマが数年後男だと判明したのはまだ先の話で、父親に似て筋骨逞しい美丈夫になったオズマに追い回され「やってられるか!」と叫んで逃げ回ったのもまた別の話である。


 未だにオズの国に迎えは出していないそうだが、どういう訳かクロウからの楽しそうな近況報告の便りだけは届くのだという。


めでたしめでたし?



◇◇◇◇◇



勢いでイラスト描きました。竜巻で来た→「チャリで来た」のパロディ

https://kakuyomu.jp/users/toriokan/news/16817330649274269331


拙作『ちょっと言ってみたいだけ』

第9話【知る由もない】の追加の物語。

https://kakuyomu.jp/works/16817330649058070885/episodes/16817330649254079422

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