アナタのことを

「私は記憶に残っていたいかな。忘れられちゃうなんて悲しいから」


 微妙な空気になっても、彼女は毎度泣きそうな顔で主張をする。


「分かってる⋯でも、これは譲れないんだ!」


 重ならない互いの主張は、少しずつすれ違いを生じさせた。


「はじめまして。ボクは願い叶える課の者です」


 人の気配に目を開ければ、前を向いたまま自己紹介する。


「⋯お互いに我が強いから仕方ないけど⋯やっぱりダメかぁ」


 ゆっくりと起き上がり、紡ぐ言葉には多分に含まれる諦め切れない心情。


「私が死んだらあの人は消すくせに⋯あの人を残すなんて⋯」


 止まらない涙と、嗚咽で恨み節は続かない。


「⋯貴方の願いごとをヒトツ聞かせてください」


 落ち着くまで待つなど、天使族かれらには関係ない為、空気を読まずには放たれる。


「ふふっ、事務仕事に定評のある天使族らしいわ」


 泣いているのが馬鹿らしくなったのか、涙を拭きながら笑う。


「早くしろよって思ってるでしょ?」


 彼女は天使族かれの顔を覗き込む。


「私ならそう思うから⋯泣いて縋っても天使族あなたには関係ないし、私も早くになりたい」


 一度瞼を閉じて、最愛の人の顔を思い出す。


「⋯あの人と結婚した事実を消して」


「かしこまりました」


 予想外の言葉でも無反応を貫く天使族に、彼女から笑みがこぼれる。


「詮索をしないのも、貴方達の美徳?と言うより、興味が無いのよね」


「答えかねます」


 予想通りの言葉に、


「あの人は、以外の人を愛するはないの。それに、私には未来さきがないから。私が居ない事実を受け止めきれないなら、あの人が忘れても私が覚えていればいいだけの事よ」


 清々しく笑う彼女の、最後の強がり。


「⋯そうですか」


 命の灯火が消えかけている人間には、指を鳴らして願いごとを叶えるのではなく、触れなければならない。


「ボクが聞くことになりますが、最期の言葉はありますか」


「アナタのことは私が忘れてあげない。だからちゃんと生きてね、愛してるわ、さようなら」


 ベッドに横になって優しい笑みを浮かべた後、彼女はゆっくりと息を吐き出す。


「貴方の願いごとを叶えましょう」


 そっと肩に触れると、彼女は一瞬目を見開いて嬉しそうに笑い、涙が頬を伝うと同時に息を引き取った。


『俺はキミが大好きだ。だから、キミは俺の事を忘れないで。記憶が無くなっても、俺はキミ以外を愛せないから。ありがとう、またね』


 が息を引き取る直前に見たのは、最愛の人の笑顔と言葉。


 そして、が記憶を書き換えられる直前に見たものも、最愛の人の笑顔と言葉だった。


 終わり

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願いごとをヒトツ 蝶 季那琥 @cyo_k

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