第10話 恋から愛
「そんな事もあったわね…」
学生時代の夢を見て、レナンはうたた寝から目を覚ます。
あの頃は色々あった。
執務室の机でうっかり寝てしまったのだが、誰も起こしてくれなかったようだ。
寧ろ誰の気配もなく、寝かせてくれていたようだ。
でも毛布は掛けてくれたみたいで優しさが嬉しい。
「あの頃はエリック様に憧れてて、いつもときめいてたのよね、懐かしいわ」
出会った時は手の届かない存在だった。
かっこよくて綺麗で、そして意外と逞しい。
「今は少しは慣れたけど…」
「本当に?」
ふっと耳元で囁く声がした。
思わぬ吐息にぞくりとする。
「エリック様いらしたのですか?」
息を掛けられた耳を押さえ、振り返る。
「ずっといた。起こすのは悪いと気配は殺していたがな」
全く気が付かなかった。
「こんなところで寝てしまう程疲れているとは、心配だな」
ひょいっとレナンの体を抱えてしまう。
「大丈夫です、というか起こしてくださればよかったのに」
「お疲れなところ無理には起こせないだろう。しかし、レナンの寝顔を他の者に見せられないので、皆には退室してもらった。少しは休めたか?」
だから部屋に誰もいなかったのか。
ドアを開けられ、どこかに向かう。
レナンはエリックに抱えられたままだ。
「もう下ろしてください」
すれ違う人に見られて恥ずかしい。
若干またか、という同情と憐みの視線を感じる気がする。
「疲れているのだから、無理はするな。それに」
エリックの目が怪しく光る。
「もう俺に憧れたりときめいたりはしないのか?」
顔が近い。
怒っているようなそぶりも感じられる。
「そんな事はありません、多少はどきどきします」
学生時代よりも色気は増している。
大人になり心の余裕が出来たからか、更にかっこよくはなっている。
「多少か…それは夫として寂しいものだ」
「あの、そろそろ下ろして」
不穏な空気を感じ、身じろぎする。
「それは出来ないな。夫として妻にはもっと夢中になってもらわないと困る」
そう言ってエリックはレナンの額にキスをする。
ここ廊下なのに!他にも人がいるのに!
侍女たちの驚きの声が聞こえ、もう駄目だった。
レナンは恥ずかしさで顔も上げられない。
「昔の俺だけでなく、今の俺も魅力的だと思ってもらわないとな。余所に目がいってもらっては困る」
ときめかないと言った覚えはないのに。
少し慣れたって言っただけなのに。
「充分ときめいてます、ですから下ろしてください」
再度頼むと優しい微笑みを向けられる。
「もう着くよ」
連れてこられたのは夫婦の寝室だ。
何をするのかわかってしまう。
「あの疲れてるから、自分の部屋に戻りたいと思うのですが」
「ここで休めばいい。明日の分まで仕事は振り分けておいたから、事が終わればゆっくり出来るさ」
やはりただでは寝かせてくれないようだ。
「レナンに好かれるように頑張ってるつもりだったが、足りていないようだからな。俺の気持ちをしっかりわからせてやる」
「もう充分わかってますわ、大丈夫です」
無言の笑みで黙殺される。
こんな時のエリックは何を言っても無駄だ。
小さくため息をつき、諦める。
でも愛してくれて、大切にしてくれてるのはわかる。
強引なやり方ではあったが、それだけ求められてたとあれば悪い気はしない。
「エリック……」
ベッドに下ろされる前に自ら手を回し、キスをする。
「愛してます」
初めての呼び捨てと、愛の言葉に動揺してしまう。
「俺も愛してる」
すぐさま気を取り直し、そっとレナンをベッドにおろした。
慈しむように優しくレナンの頬を撫でる。
恋から愛へ。
二人はまたゆっくりと唇を重ね合わせるのだった。
いつの間にかの王太子妃候補。 しろねこ。 @sironeko0704
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